第八部 第9話 boundary(正気と狂気のその間)
「聞こえる?ジクインバウトのパイロット!聞こえてるわよね?返事なさいっ!」
ウソでしょ。さっきのお姉さんじゃないか。赤い糸は切れたんじゃないのかよ?だいたい自分から切ったんじゃないか・・・しかも何だ?僕に話しかけてくるだって?ここは戦場で、僕は敵。オマケにこの乱戦の中だよ?どう考えたって正気じゃない。
「ルアンク!あんだよあの5機!さっきのヤツらだろ。バカみてぇに突っ込んで来やがって・・・全部撃ち落としてやる!」
「まて!ベクっ!!」
と言って止まるベクスターじゃないか。もうミサイル撃ち込んでる。
「リッカ、迎撃っ!漏れたら隊長!よろしくっ!アッチに当てるなよぉ!」
おいおい、回線開きっぱなしかよ、通信駄々洩れじゃないか。って、お姉さんの言ったとおり、ガトリング斉射で撃漏らしたミサイルも、キッチリ野生児が捌いてる。ミサイルを刃物で掻っ捌くMhwなんて考えられる??この部隊、隊としてだけじゃなくて個々にも恐ろしく強い。
「ベクっ!様子がおかしい。後で殴ってもいいから、今は堪えろっ!」
「ルアンクっ!ヤツらはStarGazerだぞっ!?アレは敵なんだよっ!ケビン!構うこたぁねぇ!撃ち込めぇっ!」
ベクの気持ちは理解してる。ベクほどStarGazerを憎んでるヤツは居ないし、その理由も正当なものだ。ベクはStarGazerの攻撃で仲の良かった両親、妹、そして当時の恋人を同時に失ってる。それも目の前でだ。人としてStarGazerを憎んで当たり前だ。だが・・・ベクの大切な人たちを奪ったのは、実はStarGazerじゃない。もっと正しく言うなら、StarGazerは集団の名称であって、ある特定の部隊や個人を指す名前じゃない。今目の前で何かを訴えようとしているヤツらは、ベクの仇じゃないんだ。
「つってもムリだよな!ベクっ!ケビン!・・・隊長命令だっ!!待機しろっ!!オペっ!スマンがベクを抑えてくれ・・・サクヤヒメのパイロット、聞こえている。が、悠長にできる余裕も無い。手短に話せっ!」
ベクスターの言うとおり、彼女たちは敵だ。その敵と、自軍基地直前で話を聞こうとする僕も、普通に考えればどうかしてる部類に入るな。ベクスターがどう出るかは気がかりだけど、幸い、今はオピューリアが上手く気を引いてくれているようだ。ちょっと口論っぽいのは気がかりだが、あとでオピューリアにも謝っとこう。
「分かったわ。時間もないことだし、手短に言うわね。貴方たちにもADaMaSからのメッセージは届いてる?」
「!?・・・ああ、出撃前に確認している。だが、それがどうだと?」
やはりADaMaS製Mhwには敵味方を問わず届いていたのか。正直、正確に理解するには難しい短文だったが、確かにどこか、心に引っかかるモノだった。向こうはどうなのか知らないが、僕たち3人の内では、それぞれに持つ信念が異なっていたのは事実だ。
「率直に言って、私たち5人と直接の上官は、この戦争そのものに不信感を持ってる。もっと正確に言うなら、この戦争で〝闘え〟という軍そのものによ」
「それはそちらの話だろう?それに、不信感と言ってるワリに、現にこうしてこちらの基地を攻撃しているじゃないか」
「そうね、それは否定できない。けれど、今の私に攻撃の意志は無いわ。ただし、こちらからのね。それでこっからが本題よ?基地司令と話をさせて」
ちょっとまて。いきなり何を言い出すんだ、このお姉さんは。そもそも、本題とその前に関連性はあったか?まさかとは思うが・・・
「まさかNoah’s-Arkに寝返るつもりかい?ADaMaS製Mhw5機を手土産にして?」
「それ、ホンキで聞いてるの?」
いよいよベクスターがキレ始めている。そりゃそうだ。僕ですらこの会話の目的が分からない。いや、目的は基地司令へのアポイントなんだろうけど、いったい何のために?
「ルアンクっ!いい加減にしろよっ!?ソイツらの言う事なんか信じられるか!オマエのThekuynbout、さっき頭吹っ飛ばされたばっかだろうがよっ!」
限界かな?隊長命令だとは言ったけど、ソレを無視したとして、僕が2人に何か罰を与えることは無いということを、2人とも解っているはずだ。むしろ、今までよく耐えたと言った方がいいのかもしれないね。
「そちらのお仲間は限界のようね・・・いいわ。投降するつもりじゃないし、亡命するつもりでもない。けれど、コレでどうかしら?」
「なっ・・・正気か?」
目の前でコノハナサクヤのコクピットハッチが開いていくのが見える。その中からパイロット・・・例のお姉さんが姿を現した。いくらNoah’s-Arkの基地に近い場所だからと言って、ここは戦場だぞ?Mhwパイロットが自ら生身を晒すだなんて、狂気としか思えない行為だ。
「私はアイ・タマズサ。ご覧のとおり、コノハナサクヤを操る美人パイロットよ。聞こえてるでしょ?」
いや、確かに美人だよ。けど自分で言うかね。これはもう、ベクがどーのとか言ってる場合じゃないかな。相手は女性で僕は男だ。先に女性に名乗らせた非礼を、男である僕がこれ以上重ねるわけにはいかないね。
「少し待て。ベク、ケビン、周囲の警戒を最大限に維持。ここに友軍機であっても、何も近付けさせるな。僕も外に出る」
我ながら正気とは思えないね。さっきから見てると、あのとんでもない大きさの・・・剣?いや、盾なのか?持ってる機体が流れ弾を全弾(と言っても多くはないが)受け止めているのか。銃弾が見えているなんてコトはないだろうけど、カンにしては全弾が過ぎる。アレも野生児なのかな?
幸いにもここに在るMhwは全てADaMaS製だ。ベクスターとケビン、それにアッチの残り4機の腕前を信じる他ないね。さて、覚悟キメますかね。
「お待たせした。僕がThekuynboutのパイロット、ルアンク・ボティーヌだ。」
「ルアンク!何やってんだよテメー!オマエが出来ねぇなら、オレがやってやるよ!巻き込まれたく無かったら、とっとと中に引っ込みやがれっ!」
これも信念の違いか・・・くそっ、ベクが止まりそうもないな。
「・・・時間がないと言ったっ!!いいからまずは聞けっ!その後でなら、斬るなり撃つなり好きしろっ!」
あ、この迫力は知ってる。ついさっき、あちらの味方さんにだったけど。それにしても、豪胆なヒトだな。敵に向かって好きにしろとか言い放つとはね。お見事と言う他ないよ。実際、ベクスターからは「ぐっ」とか言う声とも音とも分からない何かが聞こえたっきり、静かになったんだからさ。
このお姉さん・・・いや、アイ・タマズサの言動に、何度も「正気か?」と考えたが、それは主観の相違でしかないらしい。もっと言い方を変えるなら、〝正気〟でもって〝狂気なコト〟を実行していたと言えるんじゃないか?そしてそれはもしかしたら、この戦争の至る所で起きているコトなんじゃないだろうか?もちろん、このアイ・タマズサお姉さんとは別のイミで、だ。