76。ルイザの日録〜〜光のような、影のような(中)
どうぞ
ツェドリカさんは、無口でした。時折苦し気な顔を見せますが、それだけでした。
……ええと、ルイザはどうすればいいのでしょうか。
ルイザがずっと看病しているわけにはいきません。
どこかにいい施設があれば――。
「きゃっ⁉」
考え事をしていると、ルイザは足を滑らせてしまいました。
きゅう、とパンダちゃんが鳴いて近づいてきますが、遅かったです。
私はそのまま、頭を打ってしまい――。
「……あれ」
頭を打たずに済みました。なぜでしょう。
ルイザは床に触れてみました。
――お花のようなクッションでした。
それも、影一色でつくった、繊細でなめらかな彫刻のようなクッション。
ルイザはまた、影に守られたのです。
……もしかして。
ルイザは寝床に顔を向けました。ツェドリカさんはこっちに背を向けたままです。
ベッドに近づき、手を伸ばします。
「触れなくていい」
「えっと、背中拭きましょうか?」
「いらない」
「さっきの影の魔法……ツェドリカさんのですか?」
「……」
「助けてくれて、ありがとうございます。それに、二度も。……それにしても可愛らしいですね、お花の魔法。暖かくてとても素敵でした」
包まれた一瞬、まるで最高級の羽毛布団に沈むような気分になったんです。影なのに、まるで水のような、まるで綿のような触り心地。
「……これは」
ツェドリカさんは冷笑して言いました。
「これは、僕の魔法なんかじゃない。親のだ」
「ふふ、仲良しなんですね」
「……仲良しだと?」
――あれ?
床から吹き上げる影たち。
ツェドリカさんはルイザの頭を鷲掴みにすると、頭突きをするように顔を近づけてきました。影は蔦を巻くようにルイザに巻き付き、やがて下半身のほとんどを覆われました。
「二度と言うんじゃねぇ――僕は親に捨てられた。だから今あいつらを恨んで仕方がないんだ。わかるか、この気持ちを?まあ、お子ちゃまにはわかるはずもないな」
「……」
……そんな過去が、あったんですね。
私が固まっていると、目を細めて笑われました。
「そんな顔をするくらいなら、助けなきゃあよかったね。どう、今?後悔した?僕を拾ったことを後悔したかな?」
「……っ」
すこしむっとしてしまう言い方です。
ですが、ここはステイクールですね。メルティお姉さまと同じように、顔を平べったくするのです。
どういう訳かはわかりませんが、きっとルイザを煽って怒らせようとしているのでしょう。だからこそ「その手には乗りませんよ」という意志が大事なのです。
ルイザは顔で押し返して返事しました。
「ご安心を。ルイザは、まっっっったく、後悔していませんから!」
「……なぜ?」
怪訝そうな顔ですね。
確かにこのご時世、何があるかもわからない中で知らない人を我が家に招き入れるのは、危ないことなのかもしれません。
もしそれで病気が悪化してこのお家の中で亡くなってしまったら、メルティお姉さまやキツネお姉さまにも迷惑が掛かります。実際にそれで裁判が起きたこともありましたから。
――で、す、が。
「これはルイザが選んだ道なのです。だからなにも悔やむことなんてありません!」
少し語気を強めて言いました。ついでにツェドリカさんをベッドに押し倒して、布団を軽くかぶせてあげました。
すると返ってきたのは、きょとんとした顔。
しばらく考え込んだ様子をみせ、ツェドリカさんは力なく目を細めました。
「……まいったな」
「……っ」
「なぜこっちを見る?」
「……その、えっと――」
うまく言葉にできませんが、ちょっとルイザはちょっと泣きそうになりました。
だって。
「……ツェドリカさんのさっきの笑顔が、……天国にいるおかあさまと、そっくりだったんです」
「……」
それに状況だってそっくり。
おかあさまが蒼白の顔でベッドに横たわっていて、ルイザが横に立っていて。オレンジ色の照明で。……暑苦しい夏で。
だから、と言うのも変ですが、ルイザにはツェドリカさんを放っておくことなんてできません。
「おかあさま、ずっと言っていたんです。……『こんな可愛い娘がいては死ねないや、まいったな』って。ふふ、変でしょう」
「変じゃない。僕も、同じこと言われた。……ああ、今の怪物じゃないよ」
そんな風に零したツェドリカさんの目は、いくらか優し気でした。
今の母親。……なるほど、ツェドリカさんもルイザと同じ状態なんですね。
ルイザには義母はいませんし、おとうさまも優しいですが。
「同じ境遇ですね」
「一緒にすんな」
……あれ、気遣いのつもりで言ったのに跳ねのけられてしまいました。難しいですね。
「こういうことは、気安く『ひとまとめ』で話していいことじゃねぇよ」
「ごめんなさい、ルイザわかりました」
「謝るな。……ルイザが悪いわけじゃない」
含みのある言い方ですが、ルイザに怒っているわけじゃなさそうですね。ただ、言葉には気を付けないと、です。
「ツェドリカさんを助けた理由は、他にもあります」
「……」
「『袖触れあう出会いでも、大切にしてほしい』……おかあさまの言葉です」
「……」
「キツネお姉さまがいたから、メルティお姉さまがいたから、ルイザはここにいます。いつになるかもわかりませんが、ルイザが今日ツェドリカさんと出会えたのも、きっと何かの縁です……未だに『縁』と言う言葉がよくわからないですが、これがルイザの本音です」
大きな世界でルイザの経験した出会いなんて、本当にちっぽけなものでしょう。
ですがルイザという世界の中では、大きな大きな出来事です。
その出会いは、ルイザだけのものですから。
「……」
「……」
さあ、次はどんな質問がくるのでしょうか。
ルイザ、受けて立ちますよ。
……と、少し自分のベストアンサーに得意げになっていると、思いがけない問いが飛んできました。
「ルイザ。メルティは、どれくらい強いの?」
「え?」
次で一回、お休み。
次回更新は12/9(木)。お楽しみに




