74。メルティとディナー・イン・花屋
おまちゃ
「依頼お疲れ様ですー!」
「お疲れ様ニャー」
大きな木製テーブルに、チリンと鳴るグラスの乾いた音色。
場所は「みゃおみゃおの花屋」奥のテーブル席―――もとい、シャオミャオの接客室。
フレアホーネットの依頼を終えた夜。
メルティ、キツネそれからシャルメイはシャオミャオに晩餐を誘われた。
礼儀としてもここはオファーを受けることになるだろうが、ルイザを家に置いてけぼりにするのはかわいそうである。
……というわけでシャオミャオからもう一声の提案。
「誘いたい人全員誘っちゃえニャ!」
どうやら蜂の巣が戻ってきて気分絶好調のようである。
とはいったものの結局新たに加わったメンツは、ルイザとパンダちゃん(ペットのシャチ)くらいだ。
「お待たせなのだ」
少し遅れて戻ってきたシャルメイ。すでに料理がいくつか上がっていた。
メルティとシャオミャオの間に座ると早速、幸せそうに肉巻きロールに食らいついて唸った。
こうしていると、不思議なことに全く一国の王女に見えない。
「えっと、えっと……ルイザまでお邪魔してしちゃって良かったのでしょうか」
ルイザはジュースを両手で支えながら、両側のお姉さま二人に目配せをしていた。
仮にも王女という立場の人との会食が、居心地悪いのだろう。
「大丈夫なのだ。みんな友達なのだ」
グラスを差し出すシャルメイ。
爽快な笑みである。
「その通りニャ」
と乗じるのは店長のシャオミャオ。
「テキトーにパーティしてテキトーに楽しむだけニャ」
「楽しんじゃいましょ、ルイザちゃん」
と年長組が乗り気なので、ルイザも意気込んで輪に入った。
「で、ではそうさせてもらいますね!」
「……あの、パンダちゃんはどうすればいいのでしょうか」
キツネが手を挙げる。
「「パンダちゃん??」」
シャルメイとシャオミャオの声が重なる。
「あれ、そういえばシャルちゃんには紹介していませんでしたね」
キツネはパンダちゃんを足元に呼び寄せた。
今では名前を呼ぶだけで寄ってくるようになっている。
パンダちゃんはキツネに向かってヒレをはたつかせると、歯が並んだ大きな口を開けた。
……なおメルティがこの子を見るまで、完全に存在を忘れていたことは内緒である。
「この子が、パンダちゃんです」
鼻先を撫でながら、我が子のように紹介するキツネ。
「「……」」
一方シャルメイとシャオミャオは固まったまま、その「パンダちゃん」とやらをジロジロ見つめていた。
「これ、ネッテヴァンダなのだ? よくペットにできたのだ」
「末恐ろしいニャ……とんでもない家ニャ」
驚愕半分、恐怖半分といったところだろうか。
「お二人共ご存知なんですね」
「知識としてだけなのだ」とシャルメイ。
「母体が山の大きさっていう話もあるニャ。普通家で一緒に暮らそうだなんて思わないニャ」とシャオミャオ。
「山の大きさですかぁ……いまはこんなに可愛いのに」
いつかは別れを告げなければいけないことを思うと、不意にさみしくなってキツネはパンダちゃんを抱き寄せた。
と、そこにメルティの一言。
「大きくなったら山に住めばいい。一緒に」
「そうですねー。いつかはお引越しもしたいですねー」
「えっと、海もいいですが山のマンションもちょっと憧れますー」
ナチュラルにフォローを入れる、「びっくり箱」住み一同。(※「びっくり箱」とはメルティたちが今住んでいる館の名前。45話参照)
「「……」」
一方他の二人は目を点にしていた。
「……お二人ともどうしたのです? そんなお顔をして」
「……いや、メルっちのトンデモ発言を、どう修行したらこんなにさらっと受け流せるかなぁっと、不思議に思ったまでなのだ」
「うニャ。……ここら変人ばっかニャ。接客不足だったニャ」
と、感想を遠慮なく零すシャルメイとシャオミャオ。
どうやらその気苦労はメルティと過ごしているとよくわかるらしく、キツネとルイザが遠くを見つめて肯いた。
「うんうん、まあこういうこともよくあるので」
「えっと、はい、メルティお姉さまはメルティお姉さまですから」
「はい、こういうのは慣れというか」
「……苦労しているニャ」
「ありがとうございます」
「……何か困ったことがあったら我を呼ぶのだ」
「そうさせてもらいます」
「……」
さてはて、言われっぱなしのメルティはと言えば。
彼女はその間惣菜を頬張りながら、コートのなかに潜り込んでくる回遊パンダちゃんと遊んでいた。
(……わたしってそんなに……そんなに、かなぁ??)
だいぶずれているのに本人だけは何故か気づいていない。
あるあるのお話である。
依頼達成祝い、もとい「思いつきの女子会」が中盤に差し掛かったころ。
話は変わりに変わって、魔法の会談になっていた。
「いやぁ、あっち魔法あんまり得意じゃないから羨ましいのニャ」
「お勉強に時間がかかりますもんね」
「この仕事についてからは全然狩りにも行けてないニャ。同族の戦闘民たちとは大違いニャ。……そういえばメルティちゃん不思議な魔法使っていたニャ。正直何の魔法か全然ピンと来なかったニャ」
メルティがフォークを止めた。
巻かけたパスタがずり落ちる。
「まぁ。うん。わたしもよくわかんない」
「ニャ?」
「……これどこまで話していいのかわかんないんだけど。……んーと。今回のは、シャルが聖魔法使ってって言ったから、何かあったかなーって探して」
「探して??」
再びパスタを巻き始めたメルティ。
しかしまた、するりとフォークから逃げた。
「うん。探す。使える魔法とか把握してないから、いちいち探す。……で、いいのあったら、その人を呼んでー」
「呼んで??」
「?……あ」
パスタ、再び脱走。
「全然巻けていませんが……えっと、やりましょうか、お姉さま?」
「うん。お願い」
何の躊躇もなしに、口を開けてルイザにやってもらおうとするのは、さすがメルティというべきか。
ルイザという妹分がついて以来、とことん甘やかされている。なお忘れてはいけないのが、その妹分とやらが大豪商の娘であることだ。
――まあ考えてみれば、メルティの魔法を上手く伝えられないのは当たり前である。
まともに魔法を知り、まともにまともな魔法を学んできた常識人側(シャルメイ&シャオミャオ)。
対して「びっくり箱」主力陣、メルティとキツネの魔法の学びはかなり特殊である。
魔力が不足しているため、ノーソリューションから特殊な魔法【ソシャゲ】を得たキツネ。
いつからその【悪役カード】を使ってきたのかも分かっていないメルティ。
――魔力を込めて、脳内で元素をイメージして、放出する。
これが普通だ。
魔力を炎に変換して、塊状にして飛ばす。
魔力を体にまとって、身体強化をする。
魔力を祈りに変えて、治癒を行う。
そんな一般人の魔法世界に、「魔法を探す」も「魔法を呼ぶ」もありえないのだ。
メルティは説明を諦めると、口元に運ばれたパスタに集中することにした。
「魔法の話といえば、なんかメルティちゃん、変な人形を連れてなかったニャ?」
シャオミャオが手羽先を摘みながら言った。
おそらく、あのミニサイズの【リョナたん】のことだろう。
「変な人形? あー。……あれは人形じゃない」
そう言って、メルティは【リョナたん】のカードを繰り出した。
一通りの交渉を経て、ようやく応じて渋々姿を現す【リョナたん】。
ファンシーな服に、おふざけに見えない凶器の数々。
そして何よりも……小さい体。
無理やり呼び出された【リョナたん】は明らかに不機嫌そうで、両手いっぱいに抱えたポテトチップスを口に運びながら、メルティの肩に座っていた。
おっと、「投影なのに食べるの?」という質問はナシだ。
『……なによ』
不穏な目線が、若干名から伝わってくる。
【リョナたん】こと涼南は嫌悪感丸出しにして、メルティのうなじの裏に隠れた。
「かわいいニャ……! 妖精か何かニャ!?」
「すごい造形なのだ。ちょっと警戒心が強いのも評価が高いのだ」
「知ってはいましたが、こうしてミニサイズにしてみますとやっぱり可愛らしいですねぇ」
「はい、ルイザも好きです!」
きゃぁきゃぁと、涼南の周囲に群がる面々。
『ちょっと、メルティ、何でなにもしないのよ!! こいつら、しつこいんだけど! あたしの主なんでしょ、なんとかしなさいな』
「……んー、ちょっと無理かも。わたしも手一杯」
『と言いつつスープ啜るのやめてもらえる?』
「我はシャルメイなのだ。名前なんというのだ?」
そう言って、手羽先を摘んでミニ涼南の口元に差し出すシャルメイ。
涼南はその「一撃」を避けると、代わりにそれをメルティの口の中に押しこんだ。
「んむぐっ……あ、手羽先おいしい」
『名前を知ってどうすんの。先に自分が名前を言ったからお前も言えってこと?』
「仲良くなりたいだけなのだ。あと『はいしん』というのが気になったのだ」
『ふぅん。……【涼南】よ。す・ず・な。あたしの配信を見てもどうせ、つまらないと思うけど。てか、あんたどうせ配信が何なのかも知らないでしょ』
さらに差し出されるチョコレートクッキー。
「スズっち、スズっち。覚えたのだ。その『はいしん』はよくわからないけど、あのメルっちと一緒に放っていた聖魔法はすごかったのだ。かっこよかったのだ」
『……フツーの配信に魔法なんてないんだけど?』
もっと反論したそうにする涼南。
しかし、善意百パーセント、好奇心二百パーセントのキラキラ王女には、何も言い出せなかった。
代わりにクッキーを両手で受け取ると、メルティの太ももに着地した。
『これ』
「……? これ、くれるのだ?」
涼南が取り出したのは、一枚の黒茶の「板」。
地球にお住まいの読者であればおなじみの、「板チョコ」である。
なおこの世界にも「チョコレート」なるものは存在するが、このようなカットはされていない。
「なんだか美味しそうなのだ」
『これは食べ物じゃないから。【配信チケット】よ、【配信チケット】。これを持っていればいつでもどこでも、あたしの配信が見れるってやつ。……いらないなら棄てちゃえば?』
「捨てないのだ。嬉しいのだ。大事に保管しておくのだ。国宝にしていいのだ?」
「「『それはやめたほうがいいと思う』」」
何やらこういったカラクリ道具がお好きのようで、シャルメイは興奮気味である。
しかし、王女様よ。
それを国宝保管室に置くのは、どうかとおもうぞ。
そこに言葉を挟んでくるシャオミャオ。
「あっちも欲しいニャ」
「あ、えっと、ルイザにもください!」
『あぁっ、もう、わかった、わかったってば。全員にちゃんと渡すから、整列!!』
……ちなみに。
パンダちゃんも整列したのだが、チケットをもらった直後に口に入れていたので、それがまだご存命かは怪しい。
【配信チケット】を配り終えた後。
今度は【リョナたん】による配信のレクチャーが始まった。
なおタイトルは「豚でもわかる//配信とは〜」だ。
既に「配信」を知っているメルティとキツネは、後ろで彼女らを見守っていた。
「メルティちゃん」
「……むぐ。なに?」
「こういうのって、素敵ですよね」
「?」
キツネの目線の先には、一生懸命な涼南がいた。
がみがみ。
がやがや。
最初は時折イラついた顔も見せていたが、最後は一緒になって腹を抱えて笑っていた。
「これだって、メルティちゃんのお陰なんですよ?」
「……わたしの?」
「はい。メルティちゃんは、涼南ちゃんを暗闇の中から導き出したのです。最初は、一緒にお話すらしてくれなかったのに」
「そういえばカルテ、投げつけられた覚えがある」
「ふふ、懐かしいですね。……きっと、涼南ちゃんは配信が好きなんだと思うんです。好きだから、ずっとずっと、やり続けたんだと思います。……方向性が、みんなと違うだけ。涼南ちゃんは頑張れば、こんなにも輝けるんですよ」
「……」
「そんな涼南ちゃんの手をとったメルティちゃんが、私は大好き」
「……わたしは……」
「メルティちゃんはきっと『悪役』の皆さんにとって、大事な道標なんです。たしかに、いろんな人がいます。でも……」
――暗い、暗い泥道を歩いているときに、優しい街灯が見えたら。
――辛い、辛い過去に、寄り添ってくれる陽があったら。
「みんな、心がぽかぽかすると思います。メルティちゃんは……みんなの光です。憧れです。――涼南ちゃんだってきっと、同じように思っているはずですよ」
メルティは涼南の方を向いた。
説明に困って疲れているらしく、ぐったりしたまま腕組みしている。
メルティと目が合うと、涼南は気恥ずかしげに苦笑いを浮かべた。
そっと手を振ってあげる。
小さく振り返された。
重なるように浮かぶのは、顔を伏せた一人の女生徒。
――ツェドリカ。
実習であの【鏡】を名乗る大男と戦ったときに、彼女のことを知れた。
けれど、それでも、人の心なんか知れたものじゃない。
自分に。
メルティ・イノセントに。
――一体、何ができるのだろう。
次回更新は12/1(日)。お楽しみに。




