71。メルティと虫退治②
「ギニャぁああっ!?……た、大変ニャーッ!!」
「ミャオちゃん!?」
「大丈夫なのだ?」
三人は声の源へと駆けつけた。そこに広がるのは色とりどりのガーデン。所々に木が生えており、蜂の巣を果実のようにぶら下げている。
騒動の中心は、その巣のうちの一つ。絶え間なく火吹く蜂を沸かせながら、上空へと登っていた。(点打つ)
地面にへたりと座りこんでいるシャオミャオ。
涙目のまま、彼女らの方へと顔を向けた。
「終わったにゃぁ……」
「まだ平気なのだ。あの巣を取り戻せばいいのだ?」
鼻水を拭き取ってあげつつ、シャルメイがなだめる。
シャオミャオは嗚咽をもらしながら小さく頷いた。よほどパニックになっていたらしい。
「……ニャ……フレアホーネット(蜂の一種)の巣の点検をしていたら、突然どこからか幼虫がやってきて、そのまま巣を盗まれたニャ……あれ一個なくなると他の蜂たちも逃げちゃうニャ」
空を見上げる。
蜂たちに火責めをされながらも、一体の巨大な虫が空中を悠々と泳いでいた。その背中に生えるは一対の翼。
……羽根ではない。天使の絵に加えるような、あの純白の翼だ。
まるで、似合っていないアンバランスさである。
「それならその幼虫を倒して来ましょう。メルティちゃん、強火で――」
早速行動に移そうとメルティの手首を取るキツネ。
「それは勘弁ニャ!……わがままなのはわかるけど聞いてほしいニャ」
「あっ、聞きます、聞きます。だから落ち着いて話してくださいな」
キツネ(とメルティ)にあやされながら、シャオミャオはひと深呼吸して説明し始めた。
「フレアホーネット」。
この世で唯一、契約を行う蜂種。
もしもこの「フレアホーネット」から蜜や受粉などの利益を得たい場合、家主は彼らの「契約担当」と契約を結ぶ必要がある。
逆に言えば「契約違反」と見なされると、絶交されてしまう可能性があるのだ。
契約内容は単純。
・エリア内全てのフレアホーネットの巣を守る。
・十分な花の量。
・女王を共に守る。
……と、言うのは簡単だが、エリア内全ての巣に対して(点を打つ)契約を守るというのは決して容易なことではない。
多くの個体――「兵士」「門衛」などは毒炎を吹けるので、自衛能力が備わっている。
しかし肝心な「女王」は、卵を生み群をまとめることに専念していて、防御も攻撃もままならないのである。
巣の大半を占めるその体はたった薄皮一枚で包まれており、落下の衝撃だけで破裂してしまう。
そのため仮に猛攻の結果羽虫を潰せたとしても、中におわす「クイーン」がご存命でなければ、さようならである。
その説明を聞いて、三人は唸るほかなかった。
これは、ある意味単純な強敵を倒すよりも難しい。
どの依頼でもそうだが、「重要人物の護衛依頼」というのは概ねリスクが高くランク制限も厳しい。いくら道中で襲いかかるモンスターらを薙ぎ倒せても、もしその護衛対象が死んでしまっていたらアウトだからだ。
当然、その分報酬金はかなりのものになるが。
そしてまさに今回も、同じような感じである。
「うーん、そうなりますと蛮力ではどうしようもないですね……」
キツネは腕組みをした。
空高くかかるフレアホーネットの巣が、闘いに巻き込まれて揺らいでいる。
「うニャ……だから専門的な人を呼びたかったんニャ。あまりにも依頼を受けてくれる人がいなくて困ってたところに、ナノちゃんが来てくれたんニャ」
「じゃんじゃん頼ってくれていいのだ。一応調べておいたのだ。細かいお話はまた後でするけど、簡単に言えばあれを完全に潰すには【聖魔法】が必要なのだ」
聖魔法。
それは、精神や肉体に作用する魔法。
【回復魔法】や、【祓い術】がこれに当たる。
「じゃあ、やってみる」
メルティはポーチに手を当てると、空を仰視した。
「えっ、メルっち【聖魔法】が使えるのだ?」
「……わかんない。でもアテはある」
メルティは息の流れを整えた。
イメージするは、一人の少女。
傷だらけになりながらも、配信を続けた少女。
「……【リョナたん】×【悪意一縮】」
憎悪を煮詰めたようなカードは捻り千切られた。
その隙間からまるでインクのような粘液が噴き出し、たちまち視界を覆う。
ーーー『3。2。1』
ーーー『配信開始イタシマス』
靄を絶えず噴き出すヘッドホン、スクリーン、マイクそして回転椅子。
それらは宙を浮き、メルティに装備されていく。
メルティは自分の髪を撫でた。
黒だったはずの髪が、映える白銀色に染まっていた。
肌を触った感じだと、メイクも自動的にされているらしい。
いつもの自分じゃないみたい。けれど、たしかに自分がそこにいて、マイクもあって、一言放てばそれが遠くへと一気に広がりそうな感覚。
(なるほど……これが配信……)
――『ちょっと待ちなさい、なにあんた勝手に配信してんのよ』
頭の中で響く声。
これは【リョナたん】、こと涼南の声だ。
(ごめん、なんか涼南の悪意を使ったらこうなった。……わたしはよくわかんない)
巨人【ガロミヤ】の悪をまとえば、「鉄壁」を得る。
王子【スケイプ】をまとえば、左腕が【氷魔法】の源泉となる。
守護者【ナナ】であれば、巨大な「命の金槌」を得る。
十人十色だ。込められた気持ちが違えば、魔法だって変わってくる。
それなら、こんな魔法があってもいいのではないのか。
メルティはそっと、ヘッドホンに手を添えた。
この、ちょっと固い触り心地が気に入ったらしい。
――『そういうことじゃないから。いきなり配信始めるとかイミフなんだけど。脳みそ何ccなの?』
ため息が伝わってくる。
(こっちの状況、わかる感じ?)
――『まあある程度ね。なんか戦っているんでしょ」
(うん。虫退治)
――『虫なんてペストサイドで溶かすだけじゃないの』
(なんか、空飛ぶらしい。あと、それだと潰しちゃいけないものまで潰れちゃうから。……
ねぇ、この機械ってもしかして、涼南が使っていたもの?)
――『知らんよ。……どういうやつ?』
(可愛いシールいっぱい貼ってあって……黒いやつで、)
――『……それ以上言ったら殺す』
あ、たぶん当たっていたんだな。
メルティはお口をチャックすると、椅子に乗ったまま空中へと上がって行った。
(これ、飛べるんだね)
――『一応言っておくけれど、あたしが使っていた時は飛行能力なんてなかったからね。どうせなんか、魔法とかでしょ』
なるほど。
そうなるとますます、この【悪意】を使う魔法のシステムがよくわからなくなる。
「……あ、見えた」
目の前に広がるのは、「虫」と「虫」の攻防戦。
炎を吐くフレアホーネットと、構わず蜂の巣を運びながら飛行する幼虫。
空気が揺らぐほどの温度になるのだから、火力が足りない訳ではない。相手の肉壁が厚すぎるのだ。
強い矛と強い盾がぶつかって、拮抗している。
――『あたし虫マジで嫌いだから、早めに終わらせて』
……と涼南は舞台裏からガミガミ言うが、そう簡単には行くはずがない。
なぜなら――。
「わっ」
鋭い火柱が、メルティに向かって一直線で突いて来た。
フレアホーネットに、敵として認識されたらしい。
辛うじて回避するが、火力は劣ることなく数で攻めてくる。
椅子に座っていると、どうしても移動が困難だ。
時折体を掠ると、じゅわりと肉が生焼けしたような匂いが広がった。
メルティは自分の溶けかかった頬に触れた。
ホーネットの炎に触れた部分だけ、ドロリとスライム状に爛れて変質していた。
「んー……まあ、いいか」
自分の指にこびりついた頬肉の欠片を眺めること十数秒、メルティは蜂の巣へと直進した。
すると、涼南の長いため息が聞こえてきた。
――『はぁ…………。え?なに?痛感ない系メルティなの?仲間のせいで熱傷をうけて筋組織破壊されまくっているのに、まあいいか、で終わり??」
(うん。痛くはないし)
――『ねぇ、一つ聞いていい?』
(いいよ)
ひとテンポ遅れてから涼南が続けた。さっきよりも、二段階くらい音量が小さめだ。
――『相手を助けようとしてさ。……それなのに仇で返されているのって、どういう気持ち?』
メルティは無言で炎の噴射をよけた。
「嵐」の中心に近づくにつれて、攻撃も激しくなった。
(……わかんない)
――『え?わかんない?』
(うん、わかんない)
今、自分がフレアホーネットの巣へと向かっているのは、なぜか。
それは、幼虫を倒すためだ。
今、自分が幼虫を倒すのはなぜか。
それは、依頼を受けたからだ。
今、自分が依頼を素直に受けているのはなぜか。
それは――。
(たぶん、後味が悪いからだと思う。いくら、攻撃されたとしても)
ーーー『そう。……別に困っている人を助けたい、とかそういうのじゃないんだ』
自嘲気味に零す涼南。
(うん。違う……とおもう)
メルティは小さく頷いた。
(だって、わたしはまだ……助けたいなんて気持ち、わからないから。ただ、もしわたしが今やらなかったら……きっとキツネとか、シャルとかがやるんだと思う。……そしたら、きっと怪我する)
ーーー『でも今、あんたが怪我しているんだけど』
(わたしは今……強い)
――『それなんか、前も聞いた気がする』
(うん。でも今、涼南が力を貸してくれて空を飛んでいる)
――『……何が言いたいのよ』
(わたしが言いたいのは……今、力があるから、キツネが受けるかもしれない痛みを引き受けられるってこと。それなら、キツネのためなら……いくらでも、痛みくらい引き受けてあげたいってこと。あと、力があるから、キツネが笑っているところが見られるなら……なんでも頑張れるってこと)
そう言ってメルティは、はにかんだ。
キツネと口にするたびにニヤけが止まらなくて、襟で口元を隠した。
そうするとなんだか、くすぐったいくらいに核が震えて、生きている感じがするのだった。
――『……なによ、ヒーロー気取りのつもり?』
言葉のわりに、笑いをこらえているような口振り。
(違うよ。せっかく涼南と一緒に戦えるんだから、……頑張ろうってことだよ。ねえ涼南)
――『なーによ』
(わたしさ、最近いっぱい友達ができたんだ)
――『自慢?』
(うん。自慢。すごいでしょ。いままで全然できなかったのに)
――『……ほんと調子狂うんだけど。うん。はい、うん。すごいすごい』
(でね。その中のひとりに、親友って。親友って言われた)
――『あの王女でしょ』
(うん)
――『はいはい、よかったね』
(だから、親友になろ)
――『え……?は?』
(一緒に手を取り合って戦う。だから親友。……がんばろ)
……涼南は俯いた。
舞台裏の、あの真っ暗な空間で両膝を抱いた。
伸ばした手は、まだまだスクリーンの向こう側の、あの子には届かない。
けれど――すぐそこにいるような気がした。
涼南は鼻声でため息をついた。
――『……そういうなら、戦友なんだけど』
(え?)
――『まあいいや。なーんでもない』
ちょっとでも、ちょっとでも。
少しでも、少しでも。
光の……力になれるように。
「じゃあ、行こっか」
――『うん。………………………………………ありがと』
マイクが、光った。
スクリーンに、ノイズが走った。
――体が、軽くなった。
星屑のような光線が、ひび割れた黒色の殻から漏れ出る。
それはまるで、夜に輝く一面のタペストリー。
それはまるで、プリズムの小部屋。
メルティはヘッドホンを付けたまま、椅子から飛び出た。
フレアホーネットの炎の渦を優雅にかわし、椅子を踏み台にして巨大な幼虫の背中へと乗った。
烽火が、上がった。
(蜂と烽をかけてみました)
次回更新は11/21(木)です。お楽しみに。




