68。メルティとイベントクリア
おまたせ
ある日のこと。
メルティとキツネが授業の空きコマにのんびり過ごそうと思っていた所に、ノーソリューションに呼び出された。
何事かと思って駆けつけてみれば、巨大な壺に頭からはまって転がっている先生がいた。
それを眺めること十幾秒。
キツネはメルティの手を取って部屋を出て行くことにした。
「待って待って待って、キッちゃんひどくなーい? せっかく追加ログインボーナスでもあげようかと思ってたのになぁ」
「……はぁ。なにがどうしたら、壺なんかにはまるんですか」
うんざり感丸出しだが、なんだかんだ言って結局は救出してあげるキツネ。
メルティに腰を支えてもらって、めいいっぱいに引っ張る。
だいぶ長期戦に持ち込んでからようやく先生は壺から抜け出した。
「……あれ、キッちゃん疲れてる?」
「……はぁ……はぁ……どなたのせいですかっ」
「はは、ありがとねー」
手を伸ばして彼女の頭を撫でるソリュ。
メルティもそれに便乗してナデナデタイムが始まった。
ソリュの手首を穴があくほどギリリと睨みながらも、キツネは一心不乱に息を整えた。
……さてはて、茶番を楽しんだところで。
「……や、ごめんね、お騒がせして。実は実験をしていて、壺の中みたいな闇が必要だったんだ。ま、それはいいとして。実は今日二人を呼んだのは、あの夏イベントの報酬についてだ」
あの夏イベント。
言わずもがな、キツネの魔法【ソシャゲ】の成長システムのことだ。
【夏の水着フェア、限定イベント開催中✩
イベント:[闇配信リョナたん]と仲良くなろう!
クリア条件:[闇配信リョナたん]の本名を知る
報酬:経験値、水着、ゲームマスター権限(一部)✩、核】
こんな内容である。
言われてみればそんなものあった、と頭を縦に振る二人。
「確かに【リョナたん】さんの本名、直々に教えていただきましたから、クリアしてましたね」
「うん。報酬もらえる」
「そ。だから早速渡そうとおもうけど――キッちゃん、【人格】の【武器変更】を開ける?」
「これですか。あ、ほんとです。イベントクリア通知と……報酬一覧。経験値と、ゲームマスター権限?と……水着」
水着という文字を読み上げる時だけ、若干トーンが低いキツネ。
「……二人分ってあるんですけど? ですけど?」
「もー、キッちゃん顔怖いよー。水着という名の立派な武器だよ。特に男に効果抜群の。いや、そこはいいとして。何か気になることない?」
目の前の画面を眺める二人。
メルティが手を挙げる。
「……通知来るし、このアカウント?で【アイテム】を受け取れるなら、呼び出す必要はない……気がする」
「確かにです」
「しかもソリュは、キツネのアカウントに書き込みできる。……だからもっと呼び出さなくていい」
「確かにです」
「……」
「先生?」
「あー……うん、それ以外で」
壺の方に顔を逸らすノーソリューション。
「じゃあ……この【ゲームマスター権限】ってなんですか」
「お、いい質問」
我が意を得たりという風に指を鳴らすソリュ。
「簡単に言えば、ゲームマスターの権限だよ」
「……そりゃそうでしょうけど」
「要はね。キッちゃんがこの【ソシャゲ】をどれくらい運営できるかの指標だよ。【イベント開催】、【人格調整】……その全てに、本来は権限が必要なんだ」
ソーシャルゲームには、二チームの人がいる。
プレイヤー、そして運営。
プレイヤーやゲームをコントロールし、時にはモンスターを強くし、時にはスキルを調整し、さらに時にはプレイヤーのアカウントブロックもする。
これが、運営だ。
つまり。
今まで「ゲームを遊ぶ立場」であったのキツネは、【ゲームマスター権限】の獲得によって「ゲームを運営する側」になっていくのだ。
「ちなみに君は今でも権限を持っているよ。他人の人格を停止させる【人格・凍結】、それを解除する【失効】。……それから、他人の人格を消去する【人格・再誕】」
「改めて聞くとえぐいですね」
「うん。だからキッちゃんに渡したんだ。キッちゃん、優しいから安易に人の【人格】を消し去ったりしないと思ってねー」
その言葉は本気なのだろう。
キツネは「信頼が重いですよ……」と口を尖らせた。
「というわけで、夏イベントの完走の報酬に新しい【ゲームマスター権限】をキッちゃんにあげようと思ってね」
「……それって、先生からの譲渡ですか」
「そうだね。元々キッちゃんの魔法【ソシャゲ】はボクのだからね」
キツネは唇を一度結んでから、気まずそうにソリュに目をやった。
「……では先生は、私が持っている【権限】はもう――」
「うん。使えないよ」
先生側の湿度は低めだ。
「なんくるないさー」とでも言い出しそうな先生のあっけらかんとした態度に、キツネは眉をあげてため息をついた。
心配して損という訳ではない。
「もどかしさ」である。
そして、そんなもどかしさを吹き飛ばしてくれるのが、メルティという存在。
「ね。……その【権限】って何個もらえるの?」
「ん、今回壺からすくい上げてくれたお礼も含めて、そうだね――三つ、ゲームマスター権限を渡すよ」
さらっと言うが、とんでもないサービスである。
三つ。
「……そんなに頂いちゃっていいのですか」
「ん、とーぜん。なんなら選ぶ?」
メルティがこくこくと頷く。見るに、追加したい【権限】があるようだ。キツネも渋々お礼を言って頭を下げた。
「あの、無理だけはしないでくださいね」
「や、無理なんてしてない、してない。キッちゃんは、メッちゃんとかとイチャイチャしていればボクは幸せだよ。それで、どんなのがいいのかな、メッちゃん?」
「……メール機能。涼南に、『これは命』って言われた」
「あ、【リョナたん】経由か。なるほど確かに、あの娘は気にするもんね。おっけ。じゃあこれを渡すね。キッちゃんは【アカウント】を確認してみてよ」
――ピコン♪
キツネがいつも通り青い画面を開くと、そこには新しいお知らせが上がっていた。
――【『ゲームマスター権限』が更新されました】
内容を確認してみる。
【所持ゲームマスター権限一覧】
・【人格・凍結】――プレイヤーアカウントの停止を行使する。
・【失効】――逆戻りのできる権限行使を取り消す。
・【人格・再誕】――プレイヤーアカウントの初期化を行使する。逆戻り不可。
・new!!【手紙機能】――ゲームマスターが招待したプレイヤーと遠距離でメールを交わし合える。
「はい、メルティちゃんを招待しました。今から送ってみますね」
「早くない?……あ、なんか来てる。えぇと、『あ、い、し、て、る』?」
「わ、わぁっ!? メルティちゃん、読み上げなくていいんですよ!!」
「わぷっ……ごめんごめん」
早速送られたメールを読み上げるメルティだが、キツネに口を猛スピードで塞がれた。
「や、いいねいいね、こう言うのでいいんだよこう言うので。で、キッちゃんは何かほしい【権限】とかある?」
「そうですねぇ。……先生が前言っていた、『写真』とか『動画』とかって撮れますか」
「お、できるよ」
「ではそれで。やってみたかったんですよー、それ。えへへ」
というわけで、二つ目の【ゲームマスター権限】の譲渡だ。
・new!!【マスターカメラ機能】――ゲームマスター自身及び許可したプレイヤーが視界を撮影できる。『写真』と『動画』の両方が可能だが、容量が大きくなると体力消耗も激しくなる。
「で、最後の一個なんだけど。……ボクが決めてもいいかな」
「はい」
「うん」
二人がしっかり肯いたのを確認して、ノーソリューションは悪戯っぽく笑ってウサギメガネを光らせた。
――ピコン。
「ん、三つ目の【権限】を渡したよ。こんなのはどうかな」
新たに追加された【ゲームマスター権限】を、顔を寄せ合って黙読する二人。
その内容を読み終えた彼女らは、顔を強張らせた。
「……先生、本気で言ってます?」
「ん、当然」
「……ソリュ、ずるくない?」
「ん、ずるくないよ。生きるためなんだから。それに今キッちゃんに渡したから、ボクはもうずるくない」
沈黙すること十秒ほど。
「でも、……もっといっぱい持っているんだよね」
「そ」
「『ちーと』じゃないですか」
「ん、否定できないよ。だからこそ使い方も考えなきゃ。キッちゃんにこれをあげた。そんなキッちゃんはいい方に使えるし、勿論やろうと思えば悪い方にも使える。便利な道具とは諸刃の剣なんだよ」
「それはそうですけど……でもこんなのが出回ったら、この世界が根本的に変わっちゃいますよ」
「え、出回らないよ。だってソレを持っているのはキッちゃんだけなんだから。断定する。それに根本的に世界が変わるのは、必ずしも悪い話ではない。メッちゃんも、キッちゃんも、その手持ちの力でできることを探そうね。やろうと思えば影だって、悪だって、良い方へと向かうかは自分の選択次第だから」
いかにも先生らしいレクチャーに、二人は黙ったまま顔を眺め合うことしかできなかった。
次回更新は11/10(日)です。
お楽しみに。




