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メルティ✕ギルティ〜その少女はやがて暗夜をも統べる〜  作者: びば!
3章。学園編〜それは、蝕まれた憧れ・下
70/80

67。メルティとポテチクッキング

おまたせ

「みゃおみゃお花屋」から帰ってきた、その後。

【悪役カード】裏舞台にて。


「さぁさぁ! 今日のクッキングのお時間がやってまいりました。司会は私、キツネと〜?」

「……あ、台詞(セリフ)。メルティです」

「それから、えっと、ルイザはルイザです!! お料理担当です!!」


「……なにこれ」


【リョナたん】こと、「聖護院(しょうごいん)涼南(すずな)」は目の前に並べられた一式の道具を、腕組みしながら怪訝そうに見つめていた。

 何気に三人とも彼女とは初対面だ。

 そして早速、涼南はコックの制服を着せられているのだが……。


 それには、深い理由がある。

【リョナたん】はキツネとメルティの両方に、自分の本名をすでに伝えている。

 しかし彼女らの妹分、ルイザはまだ知らない。

「ルイザに教えてもいいか」の確認もしたいし、せっかくなのでそろそろオフ会でもしない?

 ……というノリに、涼南は嫌々共用の裏舞台へと連れ出されたのだ。


 そこからは、職人とでも呼ぶべき高速着替え。

 目の前が真っ暗になったかと思えば、いつの間にかコックコーデである。

 その流れもあって、今の【リョナたん】はやや不機嫌だ。


 ――とは言え。

 ここまで足を運んだし、見るからに自分のために色々用意しているようなので、文句を言うのはやめにしよう。

 ……涼南の心の声を言葉にするならこうだろうか。


 そういう時、キツネのコミュニケーション能力は大変役に立つ。

 マイク持ちの仕草をすると、女王のように足を組んで座っている【リョナたん】の手を取った。


「ちょっ……何勝手に触ってんのよ」

「さぁ今日はゲストもお招きしております。なんと、あの! 【リョナたん】さんです!!」


 キツネの暴走は、一度始まったら止まらない。


「いやいや、『たん』付けるなら『さん』はいらないんだけど。あと何であたしゲスト枠なのよ」

「あれ、司会、やりたかったです?」

「そーゆーことじゃないんだけど!?」

 ぽんぽん。

 リョナたんの肩をはたくメルティ。

 ちなみに彼女は今、立派なスーツと蝶ネクタイを着飾っている。


「ねぇ、【リョナたん】」

「なによ! 視神経抜くわよ次触れたら」


 猫の威嚇のような顔をする【リョナたん】。

 しかしメルティの目は悟りを開いていた。キツネに長い間振りまわされてきたのだ。さすが、面構えが違う。


「その……ね。キツネがちょっと『モード』に入ったから……………諦めて」

「……お家帰りたいぃぃ」


 と、こんなふうに緩々と始まったクッキングタイムである。


「ではみていきましょう、まずは材料です! さぁコック長のルイザさん、どぞ!」

「えっと、はい!!」

「……今更だけど司会者いらないでしょ、この番組」


 涼南さんよ。

 一度始まってしまっては、止まらぬのだ。


 しかしルイザはわりと意気込んだ顔で、両手を握り締めていた。


「えぇっと、ルイザです! 今日の材料はこれです。お花屋さんで買いました、とある植物の根っこです。まんまるです。後は、油とお塩です」

「ちなみに、この根っこは生では若干辛くて渋いです。生でカットすると涙が止まらなくなるそうなのでコック長さん気をつけてください!!」


 司会のキツネが付け足す。

 そんなワチャワチャの中。

【リョナたん】は「じゃがいももどき」を一つ手に取り、解説を聞きながら思うのであった。


(……タマネギじゃね?)


「さぁさっそく初めて行きましょう。メルティ司会、現場の様子はいかがでしょうか」

「え?わたし?……現場は……今なんか、シャリシャリ皮むいてる。あとなんかポロポロとってる」

「はい、かわいい!!完璧(パーフェクツ)!!」


 そもそも、食に関してのことをメルティ改め「ニブティ」に聞くこと自体が、間違いである。


「今は、切ってる。しゃくって。しゃくってなってる」

「うぅー、涙が止まりません……」

「ねぇ、絶対これタマネギでしょ。大丈夫?オニオンリングとかできたりしない?ねぇ三人とも聞いてる?鼓膜ある?絶対聞いてないよね」


 キツネの促し。

 メルティの謎解説。

 そして、とにかく「じゃがいももどき」を薄くスライスしていく、ルイザコック長。

 ――はて、疲れて台に寄りかかっている【リョナたん】に、役割が回ってくることがあるのだろうか。


「なんか水分とってる。……あ、フライパンにいれたらすごいパチパチしてる。あとは……なんか、いい香りする」


 と、司会のメルティ。


「あっ、ええと、りょ、リョナたんさん」

「もう涼南(すずな)って呼んでいいから」

「は、はい。えっと、スズナさん。せっかくのゲストさんですから、ここでスズナさんに一世一代の大仕事をお願いしたいと思います!」


 ようやく、ルイザが放置ゲームばりに放っておかれていた、涼南を思い出したらしい。


「……ポテチにそんな壮絶な工程なくない?」

「といいつつも、しっかり腕捲りをしてあげたり、お手伝いしたりとフォローを見せる涼南ちゃん。いいですねー」


 合いの手を入れるキツネ。


「(舌打ち)……目覚ましに潰されて死ね」

「と、のことです!」

「……あーもう、はいはい。わかったわよやればいいんでしょやれば!!」

 仕方なくという感じで交代した涼南。

 彼女に手渡されたのは、一つの紙袋。


「あ、えっと、あとはこの袋に入れて、お塩と一緒に振ればいいのです」

「……ゲストとは……」


 ああだこうだ言いつつも、一応様になったポテトチップスづくり。

 出来たてホカホカのチップスを皿いっぱいに盛りつけて、ついに出来上がりだ。

 初めてにしては上出来である。


「……ねぇ、あのさ」


 涼南は試食テーブルにうつ伏せになって、虚空を見つめながら言った。


「なんであたしを呼んでまでして、これやろうと思ったの」


 今まで、この舞台裏はずっとずっと真っ暗だった。

 どういうわけかバーが設置されて、一部酒を嗜む住人たちで賑わいを見せたりしているが、正直言って涼南はまったく興味がなかった。


「なんでって……別に大きい理由などありませんよ。楽しいからに決まっているじゃないですか」

「……ふぅん」

「こうやって集まって、おふざけしながら何かを作るって、なんだか楽しいと思いませんか?」


 キツネは涼南の横にやってくると、同じようにうつ伏せになった。

 涼南は答えない。

 キツネという光源から逃げるように、顔を前に向けて腕に埋めた。


「メルティちゃんからお話は聞きました。……きっと、私が想像できないような苦しい経験をしてきたんだと思います。けれど、そんなことはこれからずっとずーっと、起きませんから」


「未来知ってる訳でもないのに」

「予知魔法は使えませんが、未来は確信していますよ」


 キツネは涼南の両手を包み込むと、自分の胸に添えた。

 鼻息を感じるほどの近距離。

 一歩でも踏み出せば、心の鼓動すら聞こえてしまうほどに。


「ちょっ……! 触んなって言ったでしょ」

「涼南ちゃんとの――楽しい日々がずっと、ずっと、続きますように」

「……っ」


「わたしも祈っとく」

「えっと、ルイザもです!」


 涼南を囲む三人。

「あんたたち、白血球か何かなの?」――ぼそりと呟きながら、彼女は薄い笑いを浮かべた。

 不健康な肌も。

 傷んだ髪も。

 ほとんど乾き切っていた涙腺も。

 まるで、ぬるま湯に浸かったような感覚がした。


「……いいから。いいから、もう。そろそろ作ったの食べよ??……ポテチは出来たてが美味しいんだからさ」

「ふふっ。そうですね」

「……なによ」

「こんなものなんか捨てちゃえ〜とか、言われるかと思ってヒヤヒヤしていました。えへへ」

「あたしどんな風に思われてんのよ」

「厳しい感じでしょうか」

「カルテ投げるやばい人」

「……えっと、怖い……じゃなくて!えっと、その……肉食といいますか」

「ねぇ、心を許しかけた瞬間それは酷くない? ねぇ? ねぇ!?」

「ふふ、ごめんなさい。お詫びに、あーんしてあげますね」

「もう心閉ざし――むぐっ」


「どうです?お味のほどは」

「……」

「涼南ちゃん?」

「……おいしい」

「ふふ、そうですか。よかったです。……この世界で、涼南ちゃんが好きになれそうなものが、見つかって」


 涼南は唇を結んだ。

 長い、長い深呼吸。

 自分にしか聞こえないような細々とした声で、愚痴を零してみる。


「……塩気がしみるんだけど」


 絆創膏と傷跡だらけの手を伸ばす。

 涼南はポテトチップスを二枚取ると、キツネの口に放り込んだ。



次回更新は11/7(木)。お楽しみに。

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