65。後日談② みちびき
おまたせ
校長室。
重々しい空気が、はち切れんばかりに充満していた。
時は、すでに真宵。
ちょうど先刻、主任会議が閉会したばかりである。
そのときの様子を形容するなら、「途切れない鼻漏(=鼻水)」がよく似合っている。
座席順に、無知、無関心、無知、無知、無関心。
閑話休題ばかりが調子に乗って、本題が回ってこない。
そして時刻が過ぎるとはたりと無駄話が止んで、席を立っていく。
―――お茶会をするために呼んだわけじゃあ、ないのだがねぇ。
ジューデラ―――王立メランジェリア学園の校長は、長らく続いた机仕事で重しがかかった腰を持ち上げた。
もしも愚鈍な校長であれば、この一連の件をむしろ、簡単に対処していたかもしれない。
しかし、ジューデラは頭を振った。
校長である自分までが、愚かであってはならない。
そう、変わるべきは自分たちの先入観であって、一生徒ではないのである。
例えば。
「メルティ・イノセントの存在が災いを起こす」、という意見。
そんな馬鹿な、と思うことなかれ。
今さっき行われた会議で何度も、このような意見が上がったのである。
では、そう判断されたのは、いったいなぜか。
それは、数々の突発的なケースが連続で起きたからだ。
しかし、考え直してみる。
本当にこんなにもタイミングよく、物事は起きるのだろうか。
実は長いこと潜んでいた闇が、掘り返されて見つかっただけなのではなかろうか。
今のシステムの弱みが、これをきっかけに明るみにでただけではなかろうか。
「……やはり、歳かい。―――のう、ノーソリューションよ」
職務机。その反対側に座っていた一人の青年教師。
キツネの恩師、ノーソリューションだ。
ウサギ型の眼鏡。軽やかなパーマ。それから、胡散臭い笑み。
彼は脱力した姿勢で背もたれに体を預け、紅茶をすすっていた。
まだ茶葉が新しいせいか、重厚な匂いが鼻を衝く。
「……校長先生は、メッちゃんをどう思っていますか」
「まったく、質問を質問で返すんじゃあないよ……そうだね、言葉で表すなら、『いい意味でも悪い意味でもこの学園に似合わない』んじゃないかね」
「なるほどー。ちなみに、それは?」
ジューデラはティーポットに手を添えた。
水面をゆりかごにして、果実が揺れている。
「……ここが、王立学園、だからさ。良くも悪くも、様々な子供が集まる。彼女のように訳アリで入学する子も少なくはない。その意味では、彼女は十分に溶け込んでいると言えよう」
一息ついて、「だがね」と短く切った。
「閉鎖的でもある。正直儂もそこのところをなんとかしようと、ここ数十年様々試みてきたのだがねぇ」
「ま、そうじゃなかったら、あんなこと起きませんからね」
――あんなこと。
メルティが実習の前日の夜に、夜襲を受けたことだ。
キツネやルイザにとっては気が気ではなかった事件であったが、教師らの間では実は、そこまで問題視されていなかった。
「狙われるのが悪い」。
そう思っている人が、一定数いるからだ。
「むしろ儂は、そこを問題視したい。のう、ノーソリューションよ。彼女は――メルティ・イノセント嬢は、いったい何者なのかね」
「ずいぶんとまあ、直球ですね」
「疲労が溜まっているからさ」
「彼女は……道しるべですね」
「ほう」
斜め上の回答に、ジューデラは顔を上げた。
「というと?」
「まあボクの見聞に過ぎませんけどね。……メッちゃんは人を救い、そして生きる道を見つけてあげてきました。暗闇のような何も見えない状態が続くから、人は慄き、狂い、そして『生きる道』をはずしてしまうのです」
「……」
「だからこそ、彼女のような―――夜道を行く者を導く、『灯』が必要となるのです」
ノーソリューションは仄かに灯るランプを撫でた。
そして、言葉をつづけた。
「そして、この学園にはそんな存在が今、必要。……ですね?校長先生」
「……やれやれ」
頷くことも、首を振ることもしない。
ジューデラは深呼吸を挟んだ。
「……ツェドリカ・ゾナンブルーマ嬢。かつては魔法の一角すら担っていた家系。その、血が濃厚に流れている末裔。それがどうして……」
「気づいていたんですね。ツェっちゃんのやらかし」
「気づいていた、気づいていたとも。儂は彼女の両親、そのさらに両親を――この椅子に座って見てきたからねぇ。……だが、何もできなかった。何も変えることが出来ないまま、送り出してしまった。儂は、とんだ無能だねぇ」
「百年前の戦を『片手で止めた』貴女が言いますか」
「過ぎたことさ」
「今だってできるでしょう」
「もうあんな喧嘩はこりごりだね」
ジューデラは肩を上下させて、呆れた顔をした。
「この学園の下には、もう一つの学園がある」
おもむろに、彼女は人差し指を下に向けた。
「ゾナンブルーマ嬢が憧れているものが敷き詰まった、影の学園さ」
「……や、皮肉なものですね」
「皮肉、その通りさね。あんなにも血のにじむ努力を重ね、異例の入学に至った彼女が、『これは憧れの学園ではない』……と言っているわけだね」
いったい。
一体彼女は、何に絶望したというのか。
その年をして、どれほどの経験をしてきたのか。
そして今、何を経験しているのか。
「ノーソリューションよ。おまえには、何が見える」
詳しく言わずとも、わかること。
ソリュは口を噤んだ。
瞑想すること、約一分。
それから、彼は落ち着いたトーンのまま、答えた。
「……残りかす」
「え」
「残りかすですよ。残渣ですよ。ボクが、彼女の作った【影の学園】から見えたものは」
「……」
脱力したように、校長は椅子に腰を下ろした。
「……すでに、憧れすら捨てていたのか。正常心を捨てていたのか。なんということを」
今回の実習。
そこで起きたトラブルは、間違いなく部外者による者だ。
メルティのおかげで学園側にほとんど被害がなかったため、すぐに「核心」を探り当てることが出来た。
生徒総括であるツェドリカ・ゾナンブルーマ。
彼女こそが、その部外者を導いた存在。
そしてその部外者が、一体どこからの「使者」なのか。
知らぬが仏。言わぬが花。
曰く、この件を調べた教師三名が、その場で昏倒し意識不明に陥ったという。
――「とおときおくに」。
【知らぬ者は知るな。】
【知る者は見るな。】
【見るものは知られるな。】
【知られるものは見られるな】
この周辺の国の人民であれば、一度は親から忠告される言葉だ。
要約すると要は、「関わるな」ということ。
そう。
ツェドリカは既に、「二度と戻ることのできない」道を進んでしまっていたのだ。
――学生たちの、道しるべともあろう者が。
「では、少し聞きたいですね」
「何をだい」
ソリュの提言に、ジューデラは力なく顔を上げた。
「今回の実習、ツェっちゃんはずっと、サメちゃん……第二王女シャルメイ様と一緒でした」
「ああ、そういう話だったね」
「で、王女様曰く、『パニックが起きたとき、ツェドリカが姿を消した』らしく。最初は彼女、やっぱり今回の混乱を生み出したのはツェドリカだ、と断定していたんですよ」
「違うのかい」
「ええ。探したら、いたんですよ。エリア外に」
「エリア外……」
「校長先生や。今回は全学年合同の実習。その人数は、まあ間違いなく千は超えるでしょう?」
「そうだね」
「――なのに、一人として、重傷者が出なかったのです。……あの、パニックの中で」
「……もしかして」
ソリュは、ガラスを反射する一筋のランプの光に向かって、微かにうなずいた。
「ええ。騒動が起きた直後、彼女は魔法で捕えられる生徒を全員、安全な場所に移動させたのです。おかげで、森の中に救助隊を送る必要がなくなりました。……ツェっちゃん、一人で、ですよ」
「……そんな正義感にあふれる子が、どうして」
「逆に考えましょう」
「……?」
「彼女は道を踏み外しました。ボクたち大人でも手助けのできない奥深いところまで、行ってしまいました。――それでも、彼女の中には一筋の光が残っている。あと、必要なのは、彼女を暗闇の中で導いていく存在」
「……」
「簡潔に言いましょう。……メルティ・イノセント――ツェっちゃんを、ツェドリカを救済できるのは、彼女だけです」
お読みいただきありがとうございます。
ついに走り切りました二章!
次は三章、学園編です。どうなることやら。。。
次回の更新は10/31(木)です。お楽しみに。




