63。メルティと「しゅうけつ」
集結×終結。
ぺきり。ぱきり。
その満身創痍の心。取り戻すことのできない過去。
食われて形を失ってもなお、役立たぬ悔恨だけはこびりついている。
―――ああ、どうか、我のことをすっかり忘れておくれ。
メルティは、巨人の痩躯を這いまわるナニカの幼体が、肥大化していることに気が付いた。
母体を食らうスピードが格段に上がっている。皮、肉、腸。そして骨にすらもかじりついて、ひたすらに腹を肥やしていた。
「……」
頭が反応するよりも早く、メルティは体を投げ出していた。
風を切る矢のように滑空し、形容できない肉塊へと手を伸ばす―――。
「悪ーっ。悪ーっ」
「【烏】……っ⁉」
先ほど帰還させたはずの【烏】の一匹が、彼女の視界を突如遮った。
花弁のように舞う黒羽根に紛れて、いくつもの手腕が伸びていた。
一歩遅かったら、その暴発に巻き込まれていた。
危険を察知して、【烏】はメルティを守ったのであろう。
しかし彼女の表情は、悶々としていた。色一つ変えない顔に、一筋の不安がよぎった。
人格を完全に失った彼が、いったいどれほどの力を蓄えているのかが把握できていない。
その状態で懐中に潜っては無謀だ。
(でも、このまま待ってはいけない気がする)
誰のため?何のため?
そんな風に聞かれたら困るけれど、とにかく行かなきゃ。
「【烏】、ごめんね」
「悪ーっ⁉」
翼の拘束をほどき、メルティは一枚のカードを引きずり出した。
黒く濁った粘液が、メルティの腕を指先から侵食した。
「……【いちご丸】。……【アーミーナイフ】、用意して」
―――pi・pi・pi。
―――検索中……検索中……一件、一致シマシタ。
「ありがとう。……いいナイフ」
―――pi・pi・pi。
構えるのはラージブレード。
刃渡り数センチの反射光が、空中に弧を描いた。
一閃。
短刀とは思えぬ威力をもって、一片の肉塊が切り落とされた。
ぼとりと草地を転がると、ソレはすぐさま空気に散逸した。
吹き荒れる風の中で、匂いすら残らない。
まるで、最初から生まれてこなかったかのように。
一閃。
既に半数の幼体は消滅していた。
―――そこだ。
目がけるのは、食いかけの巨人の右腕。青白い血管が、いまだに脈打っていた。
大岩に着地し、軸足をばねにして直線に切り込む。
おぎゃあ、おぎゃあ。
ぼこりぼこりと、再び赤子が湧き出していた。泣きわめき、そして巨人の腕まで這い上がってこようとする。
そんな時だった。
―――メルティは、その巨人が薄っすらと笑ったような気がした。
初めて見る表情。
体を毟り取られつつ、彼は確かに腕をメルティへと伸ばしていた。高く、高く―――。
「……わかった」
きっと、二人の間で、何気ない会話が交わされたのだろう。
指先が、触れ合う。
その、刹那。
―――巨人の腕は、彼の身体から離れた。
メルティはその手腕を両手で抱え、まじまじと観察した。
なめらかに切り取られた断面。
その完膚なきまで損壊した肉からは、一滴たりとも鮮血が垂れることがなかった。
(もう、限界だったんだね)
メルティは幾度かその手のひらを撫でて、そしてウサギポーチの口に押し込めた。
けらけら、カラカラ。
操られているかのように、全ての赤子がメルティのほうに顔を向けた。
―――否、正確に言えば、ソレに顔など存在しない。
受胎し、鼓動が始まり、四肢がはっきりしつつある頃。
その状態で母体から引っ張り出し、牙を、爪を取ってつける。
……そんな不釣り合い感が、ソレらにはあった。
どうやら自分たちの「餌」を奪われてしまって、癇癪を起こしているらしい。
けらけら、カラカラ。
わらわらと、彼女に這い寄ってくる。
その動作はまるで、糸が絡まった操り人形のよう。
「ほしいの?……だめ、これは、私たちが持っていていいものじゃない」
けらけら、カラカラ。
「そんなに、あの腕が食べたいなら……奪ってみてよ、ほら」
ソレらに、「煽られた、むかつく」という感情があるかはわからない。
しかし確かにメルティの言葉に反応して、激昂していた。
がたりがたり。
萎れた草木が、震えている。
メルティは【烏】を呼んだ。そして口を紡ぎ、聞き耳を立てた。
夏らしからぬ風に紛れて、何かの音が集まってきていた。
四方八方。
「……もしかして」
思い当たるのは、誰もが最悪だと感じるシチュエーション。
そしてそれは、さも当然のように当たってしまった。
各エリアでうごめき、そして生徒らを襲った奇形の肉片。
ソレらは、今、集結しようとしていた。
高所からでもよく見える、放射線状の軌跡。
聞くに堪えない、慟哭の合唱。
まもなくして、ソレは出来上がってしまった。
天を支えるほどの巨躯と、地を生みだせるほどの屈強な魔力。
―――ドラゴン。
無数の屍が互いに食らいあい、そして生まれた雄大な存在の「模造品」。
明白な意識を持たぬニセモノとはいえ、そのふざけた体積は援軍を怯ませるのに十分であった。
しかし、それでも。
―――メルティの口角は微かに吊り上がっていた。
「……いいよ。付き合って、あげる」
急降下。
身体をひねらせ、そして旋風のように腕にスナップをかける。
ゼリーの断面を取る音。
残るのは、一文字の痕。
浅い。
このままでは、アレの効果が出ない。
返ってくるのは、耳朶を震わせるほどの咆哮。
もしも鼓膜があったなら、すでに破裂していたことだろう。
メルティのコートですら、風の爪痕を残した。
落下する。
「【烏】、手伝って」
「悪ーっ」
黒い翼は層を成し、踏み台となる。
足場ができた。
一度着地をしてから、再度跳躍する。
全体重がかかった体のばねが、メルティを持ち上げた。
位置、よし。
体勢、よし。
腰をかがめて、繰り出されるのは乱切り。
関節の邪魔を受けない強かな連撃が、ドラゴンの胸部を抉った。
―――そこだ。
【白の『駒』―――スケイプ王子】。
かの悪意を、纏え。
「―――【氷心】」
たとえ肉体をどれほど肥大化させようとも、これを防ぐことは到底不可能。
芯より身を凍らす、一触の魔法。
青白く鋭利な華は、やがてドラゴンの暴発を抑え―――。
「……っ。これは予想外」
メルティは目を見開き、一歩引きさがった。
―――効いていない。
それなりに体力を消費して、繰り出したというのに。
あの巨人が暴露目的でばらまいた「幼児の核」。
それが異変を起こし、虫に変わった。
そしてそれらが集結して、ドラゴンになったのだから、中心となる核くらいはあるはずだった―――のに。
「……っ、溶けている」
ドラゴンの心臓に縫い付けたはずの氷の刺青。
それが、徐々に蒸気をあげて融解しつつあった。
―――自ら、高温を発したのか。
しかし、どうやって?
その冷めきった寄せ集めの身骨から、どうやって―――。
―――『……我は、鏡だ』―――
「……!鏡。……もしかして、これは……ほかの人の魔法?」
辺りを、見渡してみる。
視界が届く範囲でも、数人の生徒が土にうずくまっていた。
「……それは、だめ……!」
このドラゴンは、【鏡】の巨人の身体を受け継いでいる。―――魔法、心情などを映し出す力でさえも。
……では、その原本となる魔法はどこからもらうのか?
―――生徒等。
―――教師等。
なるほど、これは手の出しようがない。
メルティの相手は、単なるドラゴンにあらず。
生徒たち―――下手すると全校生徒そして教師を、一人で相手取っている可能性すらある。
メルティの能力も無尽蔵ではない。
既に悪意を異常な時間背負っており、瞳に疲弊が映しだされていた。
できれば、短期決戦にしたい。
かといって広範囲の魔法を使えば、気絶している生徒等が害を被ることになる。
そのうえどの魔法を持っているか不明である以上、打ち消されてしまうかもしれない。
―――手詰まり。
メルティはふと、自分がちっぽけに見えた。
そびえ立ち、四方八方に毒炎を散らすドラゴン。
あれ。
いつも、こんなとき。
わたしは―――どうしていたんだっけ。
手を、横に伸ばしてみる。
掴むのは、暖かい虚空。
……ああ、そうか。
あなたが、ずっと、傍にいてくれたんだった。
「……キツネ」
「お手伝いにぃぃーっ、参りましたぁあああっー‼」
果実の芳香とともに。
突風とともに。
キツネが、そこにいた。
「メルティちゃん、いきますよー!」
「……うん。うん……!どんと、こい」
―――【『ヴァルヴァドの実』『レア』×1130に『防御』を付与】―――
見るからに、堅牢な防御膜がメルティを覆った。。
蛍光色の網目模様が、まぶしい。
「精霊様ヨ、我ラニ授ケヨ―――【生命の脈動】……っ!メルティ嬢っ、アレはすでに『体力』を六割五分消費している状態だ!胸部を狙ってくれ!」
この声は、エルフ族の「マージン」。
―――【不動】。
ずしりと重石に潰されるようにして、ドラゴンが地面に叩きつけられた。
これはたぶん、「スキマ」という子の魔法。
「―――メルティぃ!あたしはあんま手伝えないから、相棒に任せるニャ……!『シャオワン二号』、メルティを助けるニャ!」
シャオワンの元気な一声とともに、縞模様のモグラがメルティの懐に飛び込んだ。
モグラはメルティにつぶらな瞳を向けてから、ドラゴンの居座るほうへと潜った。
一刻。
ドラゴンの足元がひび割れ、体がずぶりずぶりと沈んでいった。
「【一文字・聖なる岩窟】……!」
飛来する、一本の長剣。
うめき声をあげるドラゴンの背に、それは深々と刺さった。
瞬時に広がる、光の円陣。
「剣が壊れない限り、聖魔法は続く……!だからもう、周りへの被害なんて気にするな!」
「……マルコー」
「だから、メルティ―――……!」
―――あとは、任せたぞ。
「……」
言葉が、出てこなかった。
ふいに、笑いがこみあげてくる。
―――これは、かなわないや。
メルティは、ドラゴンに歩み寄り、空中で身を翻した。
身も心も、なんだか軽くなったように感じた。
ええと。
あのクサい言葉、なんて言うんだっけ。
……あぁ、思い出した。
【みんなのおかげで、わたしはここに立っている】。
「……だからさ、ドラゴン。あなたも……もう、休もう?」
悪意、解放。
【【古龍・爍爍樂姫】】、【悪意一縮】―――。
黒と赤の円舞、
渦を巻き、風を喰らい、曇天を貫く。
メルティの身体を抱擁し、噴き荒れる一面の火焔。
やがて、その姫の古き記憶が、実像を結ぶ。
―――始祖ノ炎龍。
実体を成さぬ極大の炎が、双翼を広げていた。
これぞ真の、「咆哮」。
圧倒的な巨躯。
寄せ集めの「ガラクタ」を大地に押さえつけるとともに、その巨口を向けた。
至近距離。
一つの息吹。
赤。
白。
音が、消えた。
色が……消えた。
『……ようやく、できましたわね』
(うん。……そうだね)
『今の貴女、とても輝いていますわ。憎いほど、食べちゃいたいほどに、ね』
(大丈夫、もうすでに食べられた)
『ふふ、安心なさいな。すぐに、お体をお返ししますわ』
(どうも)
『……ほんとうに、懐かしいですわ』
(そう)
『ええ、そして愛しい貴女も、とても懐かしい』
(……わたし?)
『ええ。遥か昔のこと。……ねぇ、貴女』
(どうしたの)
『貴女は、いつ……戻ってきますの?』
(……ちょっと、よくわからない)
『……【メルティ・ギルティ】』
(……?違う。わたしは……)
『……ええ、知っていますわ。メルティ・イノセント。……ですわね?』
(うん)
『今は、そう。……ですが、いつか、きっと、貴女は帰ってきますわ』
(どういうことか、ちょっとわからない。……けど)
『……けど?』
……しばらくは、ただの「メルティ・イノセント」で、いたいかな。
『ええ、そうですわね』
……ラッキー。もう、疲れた。
『ふふ……おやすみなさい』
……うん。
おやすみ。
(ニ章本編、完)
ニ章本編終了です!!お疲れ様&お読みいただきありがとうございました!!
自分で書いててあれですけど、メルティちゃんかっこよくないですか⁉
こほん。とにかく読者の皆様のおかげでついにここまで来れました。
まだまだ、続きますよ。
次は三章、ツェドリカちゃん救済(?)編です。「憧れ」が衝突する瞬間をご覧あれ!
なお後日談が二話ほど続きます。
次回更新は10/24(木)。おたのしみに!




