62。メルティと哀哭
おまたせっす。
そろそろ終わりですね。この章も。
「―――【虚】よ、其方だ」
鏡に、映せないもの。それは、どういうものだろう。
光がある限り、像は結ばれる。
光がある限り、彼という【鏡】は万物を模倣することができる。
「我に、過去はない」
わたしは【烏】を回収した。
完全に、彼の話に聞き入っていた。
「我に、家族はない。記憶もない。……その、はずだった。かの傀儡は我が幼子であったころに、我をそのような存在にしてしまった。その、はずだった」
「しかし幸か不幸か、我は不良品であった。得た魔法を、記憶を咀嚼しているうちに、我は記憶を取り戻してしまった」
「ぁあぁ。……我は、一体どう過去と向き合えば良いと言うのか。血濡れた両手も、腐肉に慣れた腸も、取り返しがつかない。気づけば我は、身の丈に合わぬ巨人であった」
未だ、彼の全身には赤子が這いまわっていた。まるで疲れを知らないかのように喚き、歩を進め、そして昏睡していた。
気づいたらこんな体になっていたなんて、確かに嫌な話だ。
「それで、その後はどうしたの」
「我は……とある童の親代わりとなった」
彼は走馬灯を眺めるようにして、巨石に腰を下ろした。
「その名を―――ツェドリカ・ゾナンブルーマ、と言った」
「えっ、ツェドリカ?」
「……素直な子だった。あの親二人からよくもまあ、あのような精巧で陰日なたがない子が育ったものだ、とひと時は感じた。ちょうど、彼女の年が、八を数える頃のことであった」
「ずいぶん、最近のこと」
わたしの驚きには見向きもせず、彼は話を続けた。
「我の醜悪さを嫌気がさすことも、泣き出すこともしない。あれほどの仕打ちを両親から受けてなお、彼女は健気だった。……しかし、我はすぐに気づいてしまった。彼女が曇らぬ訳を。我を怖がらぬ訳を」
「彼女は―――盲目であった」
「ツェドリカが?」
衝撃的な事実だった。
ツェドリカは、目が見えていない。
このことに、どれほどの人が気づいているのだろう。
わたしはどうしても気になったので、「じゃああの子は、目が見えないのに、今までどうやって過ごしてきたの」と聞いてみた。
すると返ってきた答えは案外単純だった。
ツェドリカの家、ゾナンブルーマ男爵家は、かつて「影の申し子」という二つ名があったほど影の魔法の扱いが得意な血筋だ。
そしてその血を濃厚に受け継いだ末裔、ツェドリカは幼少期から【影魔法】の使用に長けていた。
そう、彼女は「影」を魔法で実体化させることで、この世界を認識してきたのだ。
人の往来。
何気ない大通り。
そして、眩い日差し。
「彼女は……【陽】に、憧れていた。……我と会うたびに、彼女は言った。【陽】に会いたいのだと」
……ひ?
ファイアのことかな。
それとも、太陽のことかな。
……あ、そういえばさっき、わたしのことを「【虚】」と呼んでいたし、もしかして【陽】というのも誰かのことを指しているのかな。
彼の独白は続く。
「【陽】に会わせることができるほど、我に力はない。……しかし彼女のためにできることならば、したいと思った」
「彼女は、勉学を続けた。我にできることなど無いに等しかったが、時折我の住む岩窟まで足を運んでくれた。そうして、時間はあっという間に過ぎて行ってしまった」
時は流れ、ツェドリカの努力は実った。
彼女は一流の成績をもって、王立の学園に踏み入れることができた。
そうして、ずっとずっと憧れていた、【陽】に出会えたのであった。
めでたし、めでたし。
「……と、行かぬことが現実というものだ。……うぐっ……」
まるで意識を一瞬だけ手放したように、彼の体勢が崩れた。
そういえばさっきから、彼の声のトーンがおかしい。
「大丈夫?」
「気にせずともよい。……いずれにせよ我は、短命の性。この身も、意識も、もはや我のものではない」
「……それって、その傀儡、っていう人のせい?」
「ぁあぁ、アレを、『人』と呼ぶのか。アレは、決して生き物などではない。……うぐっ……」
「無理やり、話さなくていい」
「いや、話させておくれ。……【影】は……ツェドリカは、其方を憎んでいる。其方が、【陽】を奪ってしまったと、感じているのだ」
「……もしかしてなんだけど、その【陽】って、キツネのことだったりする?」
「ああ」
閃いたものをそのまま口にすると、意外にも予想が当たってしまった。
ええと、話をまとめると。
ツェドリカは、キツネが好きで。
そこでわたしがキツネと仲良くしているから、ツェドリカは嫉妬した……という認識であっているだろうか。
え、もしかしてツェドリカが悪くなったのって―――わたしのせい?
すると彼は弱弱しく頭を振った。
「勘違いを、しないでおくれ。彼女は決して、其方が思っているほど其方を憎んではいない」
「……」
「唆されたのである。彼女は、その悋気を利用され、そして妬みは増幅させられた。彼女は、利用されたのだ―――あの、得体のしれない存在たちにっ……‼」
どっ。
彼は拳を振り下ろした。
岩の角が粉砕した。
ツーと一筋の血膿が、彼の目じりから溢れ出ていた。
「ぁあぁ。哀れな子よ。かわいいそうな子よ。なぜ、こんな世界に生まれてきてしまったのか……っ」
わたしはただ、その様子をじっと眺めていた。
キツネだったらもしかしたら、慌てて救助をしていたかもしれない。しかしわたしは―――治癒の技術を持っていない。
やれることと言えば、彼の話を最後まで聞くことくらいだ。
腹を抱え、呻き声を数回あげてから、彼は言葉を喉の奥から絞り出した。
「どうせ消えゆく運命だ……っ。山奥で錆びゆくくらいならば、ここでひと暴れをして命を終わらせたいのだ」
「でも、そのせいでみんなが迷惑している」
「ああ、ああ、承知の上だとも……」
自嘲するように、彼は地を這ったまま乾いた笑いを漏らした。
「この際、どうだっていい……っ。【虚】よ、知っているか。其方が集めたその核も、あの暴れまわっている化け物等も、この濃霧も、我の肉体も……っ、全て、あの傀儡が……っ、生み出したものだ」
「……」
「ぁあぁ。誰も打ち明けぬのならば、我がやってみせようではないか……っ。あやつ等の悪行を、全て明るみに引きずり出してやれるのならば……っ‼」
「……だから、こんなに暴れたんだ」
「そうだとも、そうだとも……っ。なかなかに、華やかな死ではなかろうか?なぁ、【虚】よ……っ」
言葉が、出てこなかった。
彼の両目はすでに形をなくし、ドロドロになっていた。赤子は一斉に泣き始め、狂ったように彼の四肢を、頭部を、腹部を貪り食っていた。
それなのに―――。
その意志だけは、わたしに強く訴えかけていた。
「なあ、【虚】よ。……鏡に、映らぬ……存在よ」
「……」
「どうか、我が死をもって……あの迷い子を……っ、正しき道まで、導いてくれまいか……?」
「……」
「かつての……っ、幼き……っ日の……まま……」
直後のことだった。
―――咆哮。
鼓膜を破るようなひと吠えが、雨模様の空を貫いた。
次回、バトル。
更新は10/20(日)。お楽しみに。




