34。閑話 メルティと七夕
七夕です。
天空の神様の中で最も偉い、天帝には娘がいました。
その娘の名を、織女。
織女は毎日、天の川に向かっては熱心に神様たちの服を織りました。
織女は恋も、遊びも知りませんでした。
そんな彼女を憐れみ、天帝は天の川の向こう側にいる、牛飼いの少年―――牽牛を彼女と引き合わせました。
二人は恋に落ち、いつも一緒に遊ぶようになりました。
しかし。
織女が機を織らなくなったために、神様たちの服は縮れ、ボロボロになってしまいました。
牽牛が牛の世話をしなくなったために、牛たちはやせ細り、病気にかかってしまいました。
怒った天帝は二人を引き剥がし、天の川で二人を会えなくしてしまったのです。
ああ、かわいそうに。
二人は会えない片割れを嘆き、悲しみに暮れてしまいました。
彼女らをかわいそうに思った天帝は、しっかり二人が働く限り一年に一度、会うことを許したのです。
「―――そうして、織女と牽牛の年一度の出会いが叶ったように、七夕の夜になると、願い事を込めるようになったのでした」
そう言って、キツネはそっと目を瞑った。
横でズゾズゾ素麺を啜っていたメルティも、キツネを横目で見て瞼を閉じた。
「おしまい」と微かに、キツネが口を動かす。
吹く夜風は涼しく、静かにブロンドを撫でた。
七夕の夜はゆったりとしていて、曜日の追いかけっこから抜け出せる。
何でもない日だけれど、こうやって理由をつけて手を休ませて重ね合えるのだ。
びば、七夕。
そよかぜの夜。
キツネとメルティは、湖の畔にいた。
水辺から少し離れたところにあるベンチに腰をおろす二人。
その側には、竹が一本結ばれている。
……正確には地球で言う竹、に近いこの世界にある植物だ。
メルティは七夕を知らない。
そもそもこの国にはその概念はない。
だからアイディアはキツネの、かつての先生由来である。どうやらメルティの一言、
「麺がたべたい」
に「ビビッと」来たらしく、晩餐後突然言い出したのだ。
もう一度言う。晩餐後である。
というわけでやってきた湖畔。
キツネの所望があって、到着した頃には簡易な流しそうめんと竹が用意されていた。
「……ねえ、キツネ」
キツネの話を聞いたあと。
念願の麺をたらふく頂いて満足したメルティが、お椀をコトリと端に寄せて口を開いた。
「天帝、甘すぎ」
「へ?あはは……まあ、そうかもですね」
思っていたのと違うベクトルでやってきた感想に、キツネが少し転けつつも肯いた。
「今日のタルトくらい甘い」
「まだ食べ物の話できるのすごいですね……でも、天帝様のお気持ちもわからなくないのですよ」
「というと?」
「ほら、天帝様がどういうお方かは知りませんが、きっとその織女様は大切な愛娘ですから。彼なりに色々悩んできたんだと思います」
メルティはぱちぱちと二、三回瞬きをすると、星空に視線を戻した。
街灯がまだついているとはいえかなり暗いのもあって、それなりの星が見える。
「それに、天帝様は国王様なのですから、神様のお国とはいえ政権やら人民の保護やら、きっとお忙しいのだと思うのです。同じくプリンセスの立場の織女様もそうです」
「……よくわからないけど、キツネらしい。そう考えると、織女はちょっと浮かれすぎ」
「あはは、そうかもしれないですね。立場が立場ですからね」
「……やっぱり天帝甘い。甘々」
「難しいところですねぇ」
話は途切れたり。
そしてまた繋がったり。
まるで、星絵のよう。
「メルティちゃん」
「どうしたの」
キツネは頭をかたむけて、メルティの肩にのせた。
メルティの髪がちょうど影のベールになって、心地がいい。
「……メルティちゃんと私、まるであのお二人みたいですね」
「……そうかな。毎日一緒にいるけど」
「いいえ、そうじゃないんです」
頬を擦りつけるように、キツネは頭を振った。
「天の川くらい離れたところ……ではないにしても、最初は会えるとは思っていなかったはずなんです。ましてやこうして一緒にいるなんて」
「……」
「でも、一緒にいればいるほど、その……私の世界はメルティを中心に回るようになっていくのです。ふとした時に、メルティちゃんが居なかった世界を考えてしまって―――そうなったら、たぶん私、迷子になるんだろうなって」
メルティは目を瞑った。
「じゃあ―――天帝って、誰?」
「ん……どうなんでしょう」
「パピー」
「あはは、お父さんは似合わないですよ。天帝」
「じゃあ、運命」
「運命?」
「うん」
メルティはキツネの髪を、そっと指で撫でた。
「出会えたのは、運命。きっと。……どう、かな」
若干言葉足らずなメルティに、キツネがクスリと笑いを零した。
「……なに」
「ごめんなさい、メルティちゃん、かわいいなって」
「そうかな」
「そうですよ」
「じゃあ、お互いがんばらないと。……運命にこう、ばーってされないうちに」
「ふふ、そうですね。また、一緒に頑張りましょ」
「……デジタリア」
「それは懲り懲りです」
二人の笑い声が、重なる。
伴奏をするように、笹の葉が揺れた。
「メルティちゃん」
「うん」
「一緒に、お願いをしませんか。天の川……はありませんが、この素敵な星空に」
ぎゅっと握られたメルティの両手。
水面が乱反射して、淡く点されるキツネの瞳。
メルティは用意し忘れてきたような、そんな笑顔を浮かべた。
そしてキツネの手を取ると、再びまぶたをとじた。
ほんとに、皆さんと出会えてよかったです。
次回更新は7/11です。お楽しみに。




