33。メルティと引っ越し
※この章は総じて虫が多発するので苦手な人はお気をつけください。
休日が経つのは早いもので、あと一週間弱で学園の授業が開始する。
キツネは基本寮生活なので、これからは王都―――この街からちょっと離れた場所にしばらく居ることになる。
はっきり言おう。
メルティとあまり会えなくなるのだ。
そういうわけで、現実に引きもどされたキツネは朝からメルティにべったりである。
「キツネ、重い……」
「うぅ……メルティちゃんが冷たい……」
「なんかごめん。でもトイレくらい一人で行って」
キツネはしばらくメルティとじゃれてから、渋々用を足しに行った。
朝食時も、キツネはいつもよりメルティの方に椅子を寄せていた。ただ口数は少なく、どちらかと言えば目配せで内心を訴えていた。
朝食を終えた後、ネコラに集められてメルティとキツネは職務室に入った。
珍しく、母オーリンも同席している。
「さて、単刀直入に行こう。実は二人に素晴らしいお知らせがあってね。ただその前に二人の意見を聞きたい―――」
そこまで言ってネコラは一度言葉を止めて、商談をするときの笑顔を浮かべ、両手を組み合って前のめりになった。
「君たち二人だけで住めるような家には―――興味あるかい?」
メルティとキツネは顔を見合せた。
「あの、それってつまり、お母さんお父さんとは―――」
「あ、別に会えなくなるわけじゃないさ。たまに会いに来てくれるなら、二人共大歓迎だよ」
ネコラの言葉に、オーリンがウンウンと頷く。
ネコラは続けた。
「そうそう、家の特徴を言っておこう。まずは、見た目は細長い古風な家。でも中は魔法で空間が広くなっていてかつ綺麗だ。
それから―――家賃ゼロどころか、お金が入ってくる」
「「お金が入ってくる!?」」
さすがにそれは予想しておらず、キツネとメルティの声が重なる。
それに反応して、地面に潜っていたシャチ―――否、ネッテヴァンダが、頭だけ出した。
キツネはそれを片手で撫でながら、恐るおそるもう片手を挙げた。
「それって幽霊物件とかなんじゃ……」
「あはは、幽霊物件を娘たちに紹介をするわけがないじゃないか、僕が。それにそれなら、お金が入ってくる理由にはならない」
「あ、たしかに」
反応、概ね良しと判断して、ネコラが再度切り出す。
「どうかな。この、二人だけで住んでみようイベントは」
「……詳しく教えてください」
「うん、わたしも興味ある」
メルティもどうやらこの話題に惹かれたようだ。
ネコラはオーリンの方を見た。オーリンは柔らかく笑みを浮かべてこくりと頷いて、手をパンパンと叩いた。
「では、詳しいお話をしていきましょうね。ただまずはお茶でもして気分を落ち着かせたほうがいいわね」
話はこうだ。
ネコラを家主とするこの家は、普通の土地を所有していない。しかし、それは「普通の土地」のお話。
この家は古来より、「特殊な土地」の管理を任されてきた。
特殊な土地―――それはかつて、魔王たる伝説的な「闇」の存在が支配していた土地の、「残渣」。
魔王の支配地、別名「ダンジョン」。
こう聞くと禍々しい場所のように思える。
が、「ダンジョン」というものはただの魔力だまりであり、魔物といった魔法で生きる者たちの「都市」と言える場所だ。
―――当然、この説もあくまで一説の範囲を超えないが。
云々。
「なるほど、つまりそのダンジョンをお父さんが所有していて、その上に家が立っていると」
「うん。その家はなんとハロケス家の財産なんだ」
「そこに住めるのはもしかして、お礼とか……?」
「その通り。何かしっかり贈り物がしたいらしくてね」
「で、私達がそこに住むと、ダンジョン管理代がコッチに入って、お家賃を引いても十分お釣りがくると」
「うん」
キツネが顎を撫でる。
考えること三秒ほど。
ぽく。
ぽく。
ぽく。
「いや結局幽霊物件とほぼ同じじゃないですか……!?」
キツネは頭を抱えた。
「いやいや、幽霊物件とは大違いさ。まずは幽霊が出ない」
「でもモンスター湧きますよね!?」
「……」
「えっ、黙られると怖いんですけど……」
「あはは、モンスター類は出ないと思うよ。地中の魔力含有量が少ないからね。それに僕はこの国と、お隣の諸国らへんのダンジョン跡を抱えているけど、一回もそんな話なかったよ」
「ん〜〜〜」
ネコラは今度は、メルティを狙いにした。
「どうだい、メルティ。魅力的なプレゼントだと思わないかい?」
「思う。それにモンスターが出たくらい、大丈夫。美味なのが多い」
「え、うん、そうだね。……うん。ちなみに場所は王都中央の―――」
―――ガタッッ。
「はい!!住みたいです!!」
ガタリと木質な音を立てて椅子がずれる。
少し上擦った声はキツネからだ。
さっきまであんなにうーんうーん悩んでいたのが嘘みたいに、押し売りをするようにメルティちゃんの両手をガシッと掴んだ。
「メルティちゃん!すごいですよこれは!!学園も王都の中央なんです!!これなら毎日メルティちゃんに会えます!」
うんうんと、後ろでネコラ、オーリン夫婦が首肯する。
「それにメルティちゃん、考えてみたください!私たちだけのお家ですよ!これはつまり、シール貼り放題!」
「シール貼り放題……!!」
今度はメルティの方が目を輝かせた。声のトーンも一段ほど上がっている。
「行く。いきたい」
「はい!!私もです!」
「あれ、……でも、寮は?」
「大丈夫です、お片付けをすればいいのです!!お父さん、解散ですか?今から行ってもいいですか!?」
今にもメルティを引きずって駆け出しそうなキツネ。
ネコラがどうどうと落ち着かせる。
「じゃあ、だいたい決まったようだから、あとは実際に行ってみて様子を確認してくれ。寮の片付けはまとめるところまでで構わないよ。あとは運んでもらえるからさ」
「じゃあ、解散ということですね!……そういえば、お母さんはどうして今日お話に参加しようと思ったんですか?」
「あら、それは簡単よ」
オーリンは娘の質問に笑みを返して、立ち上がると二人のところに向かった。
「もうしばらく可愛い可愛い娘たちと会えなくなるじゃない。これくらいは見送ってあげたいなと思ったの」
「もう、お母さん……」
口を尖らせるキツネ。しかしどこかちょっと、愉しそうだ。
「ほら、こっちへいらっしゃい、キッちゃん。見送りのハグよ」
オーリンはそう言って、両腕を大きく広げた。
「私、もう十二歳ですよ」
「あら、何歳になっても大事な娘よ。……ほら、メッちゃんも」
「わたし、別に娘じゃない」
「そんな細かいことはいいの。ほら、おいで」
「……」
メルティは一歩、また一歩と踏み出して、そしてキツネと同じようにオーリンの胸の中に入った。
(……あったかい)
メルティはオーリンに背中を撫でられながら、鼻を啜って顔を見せないキツネに体を寄せた。
お母さんという存在が、いつも以上に大きく感じた瞬間であった。
「……ぐすっ……。あれ、そういえば見送りって……別に今日出発してしばらく戻らないというわけではありませんよね」
感動の最中、キツネが顔を上げた。目がやや赤くなっている。
「ん?今日だよ」
「「……えっ」」
ネコラの爆弾のごとく一言に、二人が驚愕の顔で振り返る。
「だって思い立ったが吉日というじゃないか。重い荷物は後で送るから大丈夫だよ。……ああ、もう送迎車は下に泊まっているはずだから、支度は早めにね」
とネコラ。
「せっかくの青春よ!くよくよしてないでドカンとやっちゃいなさいな!お母さんも応援してるわ!!」
とオーリン。
「「……」」
あまりにも早すぎる展開に、唖然とするメルティとキツネ。
さすがの百戦錬磨のメルティでも、この家いいね、はいじゃあバイバイ―――となるとは思っていなかったのだ。
―――こうして二人は、今後長いことお世話になる本拠地へと、早速足を運ぶことになったのである。
四頭立ての馬車に揺られながら、メルティとキツネは王都へと向かっていく。
距離はそう離れておらず、彼女らが目的地に到着する頃にはちょうど昼前だった。
さすがに王都の賑わいになると侮れないもので、出店やら買い物客やらで芋洗いのように人で溢れかえっていた。
「ここは……」
「ここが、私が通っている学園の女子寮ですよ。ちなみに男子のは学園から見て真反対にあります」
「家、見るんじゃないの?」
中へ早速入るべく門衛のところへ向かうキツネと、それについていくメルティ。
「せっかくですから、ちょっと色々片付けてからのほうがスムーズかと思って。もう、住むこと自体はほとんど決まっているようなものですし。……あ、この子の分の許可証発行は私が払いますので」
臨時でメルティにも通行許可が出されると、キツネはウキウキ顔でメルティを連れて自分の部屋の前まで案内した。
「全く、お母さんも、お父さんも行動が早すぎますってば」
「うん、わたしも急すぎるとおもう。でもキツネもそう変わらないとも思う」
「私どんなふうに見られているんですか……よし、開きました。これ、魔力察知で鍵が開くので、チョットめんどくさいんですよね……」
きぃ、と音を立ててドアが開いた。
「……あれ」
部屋のなかを興味津津に眺めて、メルティが声を上げた。
スッキリ整頓された部屋に、多少の物が積まれている。本棚にも何冊かの本が置かれていて、生活感がある。
しかし何よりも目に入るのが―――二つのベッド。
「……二人部屋?」
「え、はいです!……まあでも、同じ部屋の子には会ったこともないんですよね。一度も。名前は……なんでしたっけ。……あ、お花が枯れちゃってます!」
キツネはいかにも使われていなさそうな方のベッド―――キツネでない子のベッドの横の窓へ歩み寄った。
そこには一つの、素焼きの植木鉢が置いてあった。
そして横には、毛が薄くなったクマのぬいぐるみが座っていた。
まるで、植木の中の小さな世界を、見守るように。
中の植物はすでに枯れて色褪せ、湿ってカビた土壌にくしゃりと蹲っていた。
「この子、一度も部屋に来たことがないんです。でも、この鉢だけは毎回ちゃんと置かれていて。……こんなにも枯れているのは、初めて見ました。やっぱり、取りに来忘れたのでしょうか」
メルティは答えなかった。
ただ、その植木鉢を手に取ると目を細めるのであった。
―――まるでその黒ずんだ影に、怪異でも見つけたかように。
お読みいただきありがとうございます。
次回は夏トークでもお送りしようかと思います。バランス調整です。
次回更新は7/7日、七夕ですねーふふふー




