31。後日談④ ガロウ・ミヤルーマ
ヘイお待ち!
孤独な巨人【ガロミヤ】さんの過去編ですぜ。
こいつ知らん、って人はぜひ教科書を読み直すようにっ。
キツネが言った通り、徒歩でも「地平線の塔」までそう時間はかからなかった。
上へと続くのは、質素な木の螺旋階段。
二人はやがて階段を登り切ると、塔の頂点についた。
メルティは柵の端まで歩いていくと、両腕で体を支えるようにして前にもたれかかった。キツネは二、三まばたきをしてから、メルティの横へと向かった。
「……どうして、こんな場所に来ようと思ったんですか」
メルティは一心不乱に、塔の外を眺めていた。
キツネも真似して、目を向けてみる。
例えるなら、この世界は小さな器。
夕陽という果物はこの時刻になると弾けて、その溢れんばかりの果汁を器に注ぐ―――。
いつもの街並みのはずが、こうしてみる場所を変えるとどうして、こんなにも違って見えるのだろう。
キツネまでがうっとりして、万華鏡の中のような夕焼けの世界を眺めていると、メルティの方から声がした。
「ガロミヤから―――昔の、話を聞いた」
ボソリと、自分に言い聞かせるような声だった。
「ガロミヤさん……あぁ、巨人族の方ですか」
キツネが顔を向ける。
「うん。……それで、自分が今いる場所を―――ガロミヤと同じ目線で見てみたくて、ここに来た」
そうして、ガロミヤがメルティに伝えた物語を、メルティは淡々と語り始めた。
それは―――憐れむべき、過去であった。
ー。。ー。。ー。。
ガロミヤ。
本名、ガロウ・ミヤルーマ。
かつて、とある大陸のとある山域に棲む、古代の巨人族の末裔であった。
彼は産まれしときより体躯は山に類し、呼気は嵐を呼んだという。
他の生存している巨人族の仲間は彼を憧れ、讃え―――そして妬んだ。
そしてある日、付近の巨人族の中でとある噂が上がる。
―――どうやらあのガロウ・ミヤルーマは、産みの親を殺して食ったらしい、と。
どう考えても、噂話に過ぎないものだったが、彼のために立ち上がって抗議する者も居なかった。
その日から彼が通るたびに浴びたのは、無数の非難、そして岩であった。
彼の中でふつふつと、靄のようなものが登り初めていた。
ただ、産まれただけなのに。
ただ、他の巨人よりも大きいだけなのに。
―――どうして、この自分が―――。
―――どうして―――?
彼は、その生まれの地を離れた。
そして時が経つこと、数十万年。
彼はふと故郷を思い出し、戻って見てみることにした。もう、昔のくよくよした彼ではなかった。
しかし彼を迎えたのは―――ヒトであった。
自分のつま先ほどもない大きさの、生き物たちであった。
―――ほかの、巨人は?
ヒトは答えなかった。ただ、ただ彼を怯えた。
巨人は妙な気持ちを抱いて、久しぶりに山の中へと入っていった。
―――そこに広がっていたのは、惨劇としか言いようがないものであった。
一面に広がる、巨人のものと思われる骨組み。
かすかに、仲間の気配すらする。
しかし、不思議と彼の中で、怒りは湧かなかった。
同胞の屍を目の前にして、彼の表情は何一つ変わらなかった。
彼は山を出ようとした。
そんな時、ヒトの村の方で、騒ぎが起きた。
狼煙に惹かれて、彼は少しだけ村に近づいた。
巨大な猪の群れが、村を呑み込もうとしていたのだ。
彼はなにも言わずに、猪の一頭を掴んで遠くへと投げた。それから次の一頭も投げた。最後に、一回り大きい―――両手でしっかり掴むくらいの巨猪を投げ飛ばした。
彼はやがて、村の人々に救世の山神として崇められるようになった。
毎日食べきれないほどの果実が貢がれ、酔い痺れるほどの酒が贈られた。
彼は次第に、「笑う」ことを知るようになった。
―――ああ、ここが、僕の場所なんだ。
彼は嬉々として思った。
しかし、それは長く続かなかった。
彼にとって短い時でも、ヒトにとっては十世や二十世もある。
やがて記憶は褪せ、救世の神は村から忘れられてしまった。
彼は―――今度もなにも言わずに、森へと消えていった。
そして運命は世界を弄ぶように、その村に降り注いだ。
戦だ。
なにやら隣の村と、戦が始まったらしい。
戦火は空を染め、血と鉄は大地を濡らした。
巨人がかつて守っていた村は―――負けてしまった。
そしてそんな時に限って、人々は都合のいいことを思い出す。
―――あの巨人は決して守護神ではない。災厄だ、と。
彼は、戻るに戻れなかった。
ある日、ヒトの匂いがして彼は目を覚ます。
そこにいたのは戦に勝った方の、村のヒトであった。
後の牛車には山ほどの生きた少女が鎖に繋げられ、檻に閉じ込められていた。
ヒトは言う。
この、罪人どもを生贄としてどうか我らの村こそ、お救いお守りください、と。
この罪人どもは―――あなたを邪神とした奴らです。
その彼女らの存在こそが、罪なのです。
巨人は、なにも言わなかった。
ただ一人の少女を持ち上げると―――その幼い体を捻り千切った。
彼はすでに、周りの世界が、聞こえていなかった。見えていなかった。
血を吸い、肉を貪り、骨をかじってみる。
―――美味い。
人間ノ肉ガ、コンナニモ美味イナンテ―――。
ああ。
そうだ。
生れたことが、きっと罪なんだ。
僕も、この人達も。
ナラ、僕ガドウシテモ、変ワラナイヨネ。
巨人は、笑った。
肺から空気がもれるように、笑った。
ああ、守るとも。
守るよ。
でも。
―――食料ハ……僕ノダヨネ。
忘れたのが悪いんだ。
僕のことを忘れなければ、きっと僕はイイ子だったんだよ。
妬んだのが悪いんだ。
そのせいで、もう、戻れなくなったんだから。
―――ダッテ、僕ハ……「罪」ニ生マレタノダカラ。
ー。。ー。。ー。。
「……気づけば、どちらの村も潰して、……人食べて。その先は―――あまり覚えてない、らしい」
キツネは、遠くを朧気に見つめたまま、視界を滲ませていた。
「……キツネ、泣いてる?」
「……ちょっとだけ。ガロウさん、可哀想だなって。生まれてきたことは、なにも悪くないのに」
「……うん」
「だからきっと、今のガロウさん、幸せだと思いますよ」
目尻飾る真珠を払って、キツネは春らしい笑顔を浮かべた。
「……あんな暗いところでも?」
「メルティちゃん、会いに行けるでしょう」
「そうだけど」
「その時も、お話を聞いてあげますか」
「うん」
「力を貸していただけて、嬉しいなって思いますか」
「うん。今のところ、一番頼れる防御魔法だし」
「だったら、きっと幸せですよ」
襟で、そっと口元を隠すメルティ。
紫のかかった、なごりの光から目を逸らすようにしてキツネの方を向いた。
「……そうなのかな」
「はい!きっとそうです。だって―――覚えていてくれることって、すっごくすっごく幸せなことですから」
「……」
「朝起きたらおはようって言ってくれて。泣いたらどうしたのって声をかけてくれて。嬉しいことがあったらよかったねって一緒に喜べて―――当たり前ですが、……そんな日常だって、彼はきっと得られて来れなかったんです。
一人ぼっちで。
寂しくて。
やっと守りたいものが出来たのに、忘れられて。
怨まれて。
彼だって……生き物ですから。生き物ならみんな―――わがままがしたい日くらいあるでしょう」
ちょっと、クサイ話しちゃいました、と舌を出して恥ずかしそうに頬を染めるキツネ。
「……のさ」
「メルティちゃん?」
「嫌じゃない?わたしが、……普通じゃなくて。あんな体の造りは、正常じゃないとおもうけど」
長く垂らした服の帯が風に遊ばれて、かすかに舞い上がった。
「そんなこと、考えていたんですか」
「……ガロミヤだって、体が大きくなければ、あんなことにはならなかった。だから―――……わっ」
自分の体を預けるように、キツネはメルティの首に両腕を回した。
二人の影は境がなくなって、次第に溶けあう。
「ガロウさんは―――今、きっと彼の時の中で、いっちばん輝いていると思います。メルティちゃんは……今、幸せですか?」
「……うん、幸せ。キツネと一緒にいれて、……幸せ」
「なら、いいのです。……そんなことで、メルティちゃんを嫌いになってたまるものですか」
「っ……」
メルティは自分の頬に、キツネの唇が触れた気がした。
暖かい感触が、まだ微かに残っている。
「私は決して、メルティちゃんを忘れたりしませんから」
向きを変えて、一歩踏み出すキツネ。
振り返って、彼女は乱れた髪をかきあげた。
「いつまでも、メルティちゃんのままでいてくださいな」
(……キツネ、強くなった。それに、もっと可愛くなった)
出会った時よりも、ずっとずっと。
薄桃色に咲う今のキツネは、まるで暗夜の一番星のようだった。
「メルティちゃん、帰りましょ。ナナちゃんを外に呼ぶ方法も、考えなくちゃです」
いつの間に自分より何歩も前に進んでいたキツネ。
振り返って差し延べるその柔らかで頼もしい手を、メルティはそっと握った。
無性にこみ上がる恥ずかしさに、メルティは一歩キツネに歩み寄った。
「……今日は、一緒に寝てもいい?」
「ふふっ、……はい、勿論ですよ」
お読みいただきありぁしたぁ!
まあ、ガロウさんが投げたイノシシってのは。。。なんかデジャブというか??
あとなんとは言いませんけどキツネちゃん、夢叶いましたね!おめでとう‼
次回でラスト後日談です。更新は6/30(日)、お楽しみに!