30。後日談③ 親の心なんとやら
やあやあ。おまたせっす。
「さあ、行きますよ!」
「ん」
ひと二人分離れたところから、一気に距離を縮めるキツネ。
半身で隠した木剣に力を込め、鋭くメルティの顎元を払う。メルティはそれを間一髪で躱す。
大きく脚を回して蹴りを入れ、キツネの退路を断つ。
「ここです!」
足の軌道から外れ、突進するように拳を振りかざすキツネ。
――と、急所狙いが成功しそうなのだが。
「残念」
「わっ!?」
メルティに足を引っ掛けられて、キツネは訓練所の床に転がった。
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫?どこか怪我した?」
大の字に寝転がるキツネの顔を、メルティが覗き込む。
「いいえ、大丈夫ですよ、メルティちゃん。……はぁ、はぁ。あぁーっ、もう、メルティちゃんずるいですーっ」
小さい子供が駄々をこねるように、キツネが手足をジタバタさせた。
「ずるい……足引っかけるの、まずかった?」
「あ、いえ、そういうことではありませんよ。ただ、メルティちゃんの『見極め』が凄いなぁって。出る時は出て、引く時は引く。頭ではわかっていても、体がうまく動かないですよ」
キツネは上半身を起こして苦笑いをした。
まだ、肩で息をしている。
さて。
どうして彼女らが訓練所にいるかといえば。
話は簡単で、ルイザに会った翌々日の朝、キツネが突然「このままでは強くなれません!メルティちゃん、特訓です!」と言い出したのだ。
訓練所と言っても、キツネの家の地下にある部屋のことだ。
キツネも、初めて入ったという。
メルティはその時、延々と下へ続いていそうな階段を見て、「キツネの家も実は、かなりの大きさなのではないか」と思った。
「ところでメルティちゃん、木剣は使わないのですか。依頼の時も思いましたが、痛くないのです?素手で攻撃するのって」
メルティはひと休憩と、キツネの横に座って言った。
「んー……「痛い」、がわからない」
「へ、痛みを感じないということですか!でもそれでも、素手素足では、普通攻撃をしても潰れてしまうでしょう」
キツネの疑問は至極当然である。
ぷにぷにの顔。
すべすべの肌。
メルティはどこからどう見ても、武闘派ではない。
【悪意一縮】を知ったキツネは最初、彼女がその闇魔法とでも呼ぶべき術で、体を固めているのかと思った。
が、実際に一緒に依頼をこなして見ると、「違う」と気づく。
彼女は素で殴って蹴っているのだ。
本来、打撃や蹴撃の強さは、その放つ者の重さに起因する。
――しかしその点で見ると、彼女は重い攻撃ができるほどのポテンシャルは無さそうである。
――そう、見た目は。
「あぁー、んー、どう説明すればいいのかな」
メルティが唸る。
自分の中ではわかっているが、相手に解説するとなると難しいものである。
「あ、もし難しいようでしたら、無理に話す必要はありませんからね」
「んー、ちょっと待って、まとめる。この話は、ちゃんとキツネにしておきたいから。その。大事な、なかま?だし」
やや目線を外して、床を指でなぞり始めるメルティ。
頭の中をまとめているらしい。
なおその横で、キツネは心の中で「悶え死」していた。
(ねぇ今聞きましたか奥様!?仲間ですって!私のメルティちゃんが、仲間って言いましたよ!?しかもちょっとツンデレ感のある感じではありませんかやだぁー!ツンデレって、ちょっとつんってしてて、かつ照れている感じでしたっけ。さすがですよね、この言葉を考え出した方!誰ですか全く、けしからんです!ということはですよ、……なかまはなかまでなかま……つまりこれはもう、実質プロポーズなのでは……!?え、ここは野性を解放するシーンではありませんか、奥様??)
「ん、まとめ終わった。あれ、なんで服を脱ごうとしているの。暑い?」
「え、別にやましい考えなどありませんが、はい。これは合法ですから」
「ちょっとよくわからない。……いい?話して」
「どうぞです」
「わたしは――普通の『人』じゃないんだと思う」
それに気づいたのは、ほんの数日前。
デジタリアの博愛の最終討伐戦の時。
メルティは久しぶりに、本気を出した。
すると、自分の皮膚が。
自分の四肢が。
自分の五臓六腑が。
ぐにゃり、と形を変えた気がした。
腕が千切れても、まるで水を切っているかのように。
内臓が潰れても、まるで餅を捏ねなおすかのように。
元通りになってしまうのだ。
「だから、わたしのパンチも、実は普通のパンチと違う」
一般の武人が岩を殴ったとする。
岩を割るほどの一突きであったとしても、それは衝撃によるものだろう。
しかし、メルティは違う。
「わたしは、他の人の中に入れるんだ」
拳が触れた瞬間。
メルティの拳は形を崩す。
そして、相手の中に浸透する。
まるで細い長い腕を、体内に伸ばす感じ。
ダメージを受けるのは、表面だけではない。
臓器。
骨。
ひいては魔力――。
メルティに体を占領されたが最後。
待ち受けるのは、砕け散る運命のみ。
どんな仕組みなのかは、メルティ本人にもわからない。
が、そこには圧倒的な「異常さ」が滲み出ていた。
キツネは考え込んでから、言葉を選ぶようにして言った。
「んー、つまりメルティちゃんの皮膚は特殊で、植物の根っこのように相手に入り込めるわけですか」
「やっぱり例えは植物なんだね。まあ、殆ど正しいと思う。ただ」
「ただ?」
「正直、私に皮膚があるかも、怪しい。たぶんこれは、皮膚を真似た何か」
周りの人が、目を持っているから。
周りの人が、二足歩行だから。
周りの人が、食べるから。
ただそれだけ。
メルティの肉体は、そうして色づいている。
キツネは唇を紡いだ。まるで、メルティの瞳の中を垣間見る様にして。
メルティはキツネの手に、自分の手を重ねた。
「大丈夫。わたしは、わたし」
「……はい」
「今日はもう、終わりにする?……お腹空いた」
「ふふ、はい、そうしましょうか。でもまずは体をさっぱりさせてからですよ」
お風呂の中で。
キツネはお返しとばかりに、自分が新たに得た魔法を説明した。
メルティを救出するときに使った、ガントレットと魔法【逆サオ手玉】だ。
メルティはそれを聞いて、なぜか「お手玉」の方に興味が向いたらしく、その後二人でエアお手玉を遊んで無駄に汗をかいたという。
お風呂から上がりお昼を平らげた二人は、今度は街を回ることにした。
当然、キツネの要望である。
どうも、そろそろ学園のほうが始まるらしく、その前にメルティとの時間を出来るだけ作りたかったらしい。
向かうのは常に賑わっている、この街最大の商店街。
冒険者ギルド近くの広場を、ぐるりと一周囲うようにして置かれている店たち。
フリーマーケット。
出店。
或いは、高級そうな服飾店――。
「足りないものは人手だけだ」と、揶揄されるほどの規模である。
「それにしてもあんなトレーニング、意味あるのでしょうか。……剣術の先生に教わったとおり、ここ二日試していますが」
二人揃って、今は蛇肉の串焼きを頬張っている。
「むぐ。……ん、意味はある、はず。最初の日よりも、キツネのフォームが良くなった。たぶん」
「そこは言い切ってくださいよお……。あれ、メルティちゃん。そういえばナナちゃんと遊ぶ約束したとかなんとか、言っていませんでしたか?」
ぴたっと立ち止まって固まるメルティ。
これは完全に、忘れティの顔だ。
無心に一口スパイスの利いた肉をかじって咀嚼し、飲み込んでから「……うまし」とだけ返すと、メルティはまた歩き出した。
「……え、ちょっと大丈夫なんですか、メルティちゃん!」
掴みかかるように横に並ぶキツネ。
「んー」
「ちゃんと答えてください」
メルティは心の中で(あ、これはマジの顔)と分析しながら、「……だいじょばない」と答えた。
「ですよね」
頭を抱えるキツネ。
はっきり言おう。
まずい。
というより、何が起きるかわからない、のほうが正しいのかもしれない。
キツネは先日、メルティがナナ――【童心の底なし沼――ナナ】の「力」を借りられたことを知った。
そのときに、三人で遊ぶ約束をしたことも聞いている。
今までの流れを知っているキツネだからこそ、感じたのだ。
――あの力を貸してもらったら、「お返し」が必要だと。
――あの約束は、決して破ってはならないと。
「どどどどうすればいいんですか。あの子、ソラちゃんと違ってお外に出られませんよね。どうやって三人で遊ぶのですか」
「……わかんない」
「じゃあなんで約束したんですかぁ……私、学校始まったらほとんどこっちに居られないのですよ?……もう……」
「……ごめんなさい」
「許します」
「やった」
メルティの無自覚上目遣い(身長差の問題)には勝てない。
キツネは腰に手を当てて、ため息をついた。
甘い。
甘々だ。
メルティへの慰めのつもりか、細長い果実を摘んで一粒渡した。
メルティはそれを直接口で受け取ると、美味しそうにもぐもぐし始めた。
喉元過ぎれば熱さを忘れる。
彼女にぴったりの言葉である。
それを横目で見て、改めてため息が出るキツネであった。
――親の心、子知らず……である。
夕焼けが、オレンジ色のカーテンを街中にかける頃。
二人は商店街を一通り回って、ちょうど帰路につこうかというところだった。
ふと何かを思い出したように、メルティは顔を上げた。
「どうしたのですか、メルティちゃん」
キツネが声をかける。
二人の手にはいくつもの紙袋が提げられていて、先へと伸びた影が振り子時計のように、左へ右へと揺れている。
「この街で一番高いところって、……どこ」
「それなら『地平線の塔』ですが……登ってみたいのですか?」
「うん」
「そうですね……家からまぁまぁ近いので、荷物を預けたら行ってみましょうか」
「うん……ありがとう」
後編に続くっす。
次回更新は6/27(木)っす。
お楽しみにっす。




