28。後日談① 男子って……。
おまたせっす。
後日談っす。
「やあ、お二人共。昨日はぐっすり眠れたかい」
馬車――といっても引っ張っているのは角が生えた馬っぽい何かだが――の中で、前の席に座っているキツネの父ネコラが後ろの二人に話しかけた。
言わずもがな、メルティとキツネである。
どうやら今日は横並びの気分のようで、キツネがメルティの手をぎゅっと握っている。
キツネは今日珍しく長袖のワンピースを着ている。理由は簡単、昨日の戦闘で腕の傷がまだ目立つからだ。
そういうわけで、配色も深めである。
「はい、ちゃんと眠れました」
「……うん」
キツネは言葉の通りしゃっきりしているが、メルティはまだ眠たそうで、さっきから目をこしこし擦っている。
「あはは、起こしちゃったかな。移動中くらいは寝ていていいよ」
「……ふゃい」
「ほら、そんなに擦ったら駄目ですよ、兎になってしまいます」
「……はっ、確かに。わたしは烏……」
「いや、そういうことじゃ……」
と、完全に寝ぼけティである。
本当なら寝る必要すらあまりないメルティだが、どうしてかキツネと一緒になってから、寝ぎたなくなった。
「……オッちゃんは?」
「なんか『おっちゃん』みたいに聞こえるんですけど。……お母さんは今日忙しいので一緒に行けません」
ちなみにキツネの母オーリンに対するオッちゃん呼びは、本人同意の上のものだ(代わりにメルティちゃんは今「メッちゃん」と彼女に呼ばれている)。
発音は、上がって、下がって、だ。
罷り間違っても、下がってから上がったりしてはいけない。
「……これってどこに向かってるの」
「えぇ?……今回の『デジタリアの博愛』の依頼主、ハロケス家のおところですよ。指名依頼となると信頼問題も大きく関わってくるので、依頼達成後対面でお話ししてやりとりすることも増えるのです。……ルイザちゃん、お調子のほうはまだ大丈夫でしょうか」
心配そうな様子のキツネ。
ちょうど街の本通りを出て、小径に入ったところだ。彼女は馬車(と以降呼ぶとする)の窓に頬杖をついて、春先の木の枝を眺めている。
「それは心配いらないよ」
ネコラが会話に入ってきた。
手には何かの帳簿を握っている。
「彼女は今のところ元気さ。僕のほうである程度のことはしていたからね。あと足りなかったのは君たちの薬草というわけさ」
十分か、十五分が経った頃か。
馬車はある小池のある道辺に止まった。
どうやら、ハロケス邸に到着したらしい。
「メルティちゃん、いいですか。相手はお偉いさんなんです。ちゃんとお挨拶をするように、です!」
年下の妹に諭すように、キツネは腰を折って片手を横に掛け、片手は人差し指を立てている。メルティはというと、未だしゃっきりしない感じで、ぼんやりふらふら頷いていた。
「あいさつ」
「そうです。わからないことがあったら私を真似してください。こういうときはどれくらい偉いのーとか聞いちゃだめですからね。爵位とは違う、商家としての格――」
「キツネ、キツネ」
メルティが熱弁するキツネの袖をつかんだ。
「もう、メルティちゃん、いまはお話聞く時間です!」
「もうネコラさん行っちゃったよ」
「わへっ!?」
というわけで、キツネお姉さんのお説教は一旦終わった。
数人のメイドに招かれて、ネコラを先頭に三人は奥へと進んでいく。メルティは左キョロキョロ、右キョロキョロと落ち着かない様子。
時折キツネの袖をつまんで、「キツネ、キツネ。あれなに」「キツネ。あの絵動いてる」と言って目を輝かせている。一方キツネのほうは緊張した面持ちで、メルティが何かしでかさないかハラハラしながら解説してあげていた。
体つきが小さく髪型も子供っぽいから、見た目は完全に遊園地ではしゃぐ子供だ。当人たちはもちろん、周りの大人が微笑ましげに彼女らを眺めていることには気づいていない。
奥の部屋へどうぞ、と案内されて重そうな扉の向こう側に移る。
そこにはすでに親子二人がソファーに腰掛けていた。
スキンヘッドで角ばったツノが生え揃った父親と、二つ結びでなめらかな丸角を生やした華奢な娘。なんとも対照的な二人だ。
彼らは三人が入ってきたのを見ると立ち上がった。
父親らしき方がネコラに歩み寄って握手をする。
「元気そうでよかったよ。……知り合いだけの場は、気が楽だね」とネコラ。
男は頭を軽く縦に振った。
「……その通りである。今回の件は本当にありがとう。娘の様態がだいぶ良くなった」
それから彼はメルティ、キツネの二人に目を向けた。それから右眼に付けた金縁の片眼鏡を外して一歩近づいた。下唇から覗く鋭利な牙に加え、目付きも剣先のように鋭いため、少々怖い初印象を与える。
三秒ほどの沈黙があってから、男のほうが口をゆっくり開いた。
「……キツネ・フッサ嬢。メルティ・イノセント嬢。……で、間違いなかろうか」
「は、はい! このたびはお招きいただきほんと――」
「そう固くなくとも良い。ここではもう少し温和な雰囲気にしよう。……娘のルイザもいるから」
「そうそう、家族間パーティーだよ、パーティー。大人は大人同士、子供は子供同士仲良くしようの会さ」
ネコラがフォローに入る。
「紹介が遅れた。ハロケス商家の現家主、カイ・ハロケスと申す。呼び名は……ここでは好きにしてもらって構わない。細かい話はソファーでしようと思う。……娘も、今日を楽しみにしていた」
最後の言葉で、少し表情が和らいだカイ。
家庭事情はわからないが、とにかく目の前の人は自分の娘がかわいくてしょうがないのだということは、メルティにも伝わった。
「改めて、紹介しようと思う。わたしはカイ・ハロケス。オーガ族だ。こっちは娘のルイザ」
メルティとキツネをちらちらと見ながら、落ち着きない様子をみせるルイザ。父カイに背中に手を添えられて「ひゃい!?」と跳び上がった。
「ほら、挨拶だ」
「はぇ……。えとっ、えとっ。ハロケス商家長女のっ、ルイザ、ハロケスといいます! 同じく、オーガぞくです! 今回は薬草をっ、とどけてくれて、ありがとうございますっ!」
カチコチである。
「いえいえ。こちらも指名いただきありがとうございます!私のことは知っていると思いますが、キツネ・フッサです。こっちはお父さん、ネコラ・ジャラシィと、メルティ・イノセントちゃんです。――ルイザちゃんともう一度あえて、とても嬉しいです」
キツネもぺこりと頭を下げてから、目を細めて笑った。
「はい!ルイザもずっと、お二人におあいしたかったです!」
「どうですか、お調子は」
「えとっ、えとっ」
カイの方にせわしなく顔を向けつつ、あたふたするルイザ。
カイの方はというと、相変わらずの仏頂面で目をつむっていた。
「……好きに話せばいい」
「良かったら僕、出る?」とネコラが立ち上がろうとする。
「大丈夫ですっ、ルイザできます。……えぇと。調子はだいぶ良くなりました。昨日の夕方に、いただいた薬草でお薬を煎じて飲みましたら、今朝『精霊のいたずら』がほとんど解けていたので」
「えっ、そんなに即効薬なんですか!?」
キツネがネコラを見る。
ネコラは合間で出されたティーカップを鑑賞しつつ、うんうんと頷いた。
「そ。珍しいんだよね、こういうホントに速効性のある薬って。魔法の関連なんだとさ。……失礼。ルイザ君、続けてくれるかな」
「は、はいっ。……ただ……」
「「ただ……?」」
「ちょっと、男の人が苦手になっちゃって……」
ルイザが気まずそうにうちあけて、俯いた。
キツネが「ああ」と声をもらす。
ネコラも納得したようで、カップを下ろして「要は後遺症だね。魔法とは無縁の」と言った。
「では、お父さんもあまり……?」
キツネが手を挙げる。
「そっ、それは大丈夫です!えとっ、いつも横にいてくれますから」
「それはよかったです!……じゃなくて、私の父のほうです。どうでしょうか、この姿でもやっぱり怖いですか」
「どうかな、ルイザ君。正直な感想でいいからね」
現在ネコラは普段生活する時の格好――紳士服を纏った幼い男の子になっている。
ルイザは言いづらそうに口をもごもご動かしてから、恐る恐る肯いた。
「えとっ……ごめんなさい……」
「謝らなくて大丈夫だよ。無理強いはよくないからね。では……しばらくはコッチの姿で行こうかな」
そう言ってネコラはたちまち形を崩しはじめて、うねりながらもう一つ別の肉体へと変わっていった。
【変形】。
ネコラの特異的な体質だ。
ちなみにメルティは最近になってからその事実を知った。
「「「……わぁ」」」
ソファーに腰掛けるのは、人形のような美少女。齢はルイザと同じくらい――すなわち八、九歳ほどだ。
髪は薄茶で三つ編みをしており、翡翠のような瞳は宝石のようである。レモン色のカチューシャは少女の子供らしい魅力を引き立てている。
ネコラの変化には、さすがのメルティも感嘆の息をもらした。もはや別人――というかもう、別人だ。
「どうかな、ルイザ君」
「は、はい……すご……えっと、大丈夫です。ご配慮ありがとうございますっ」
「お安い御用だよ」
どういう仕組みなのか声までもが、女の子らしく変わっている。
さて、ルイザの恐怖症も収まって、話は戻された。
――の、はずだが。
その時。一つの声が、上がった。
「未熟だな。……口調も変えるといい。わたしなら見破る」
カイだった。
「へぇ?」
そのひと煽りで、ネコラの中で何かのスイッチが入ったらしい。
眉を上げて腕を組み、重心を前に寄せた。
口論の戦闘態勢である。
「そうかな。君、僕のコレを破ったことあったっけ」
「……二十は数える」
「それは僕がわざとネタばらししているんだ。しょうがないなぁ、カイ君ってば」
『なんか、ネコラさんが興奮している。……珍しい。なんで』
メルティがキツネに耳打ちする。
キツネも不審そうな顔だ。
『わ、私だって知りませんよ。……言われてみればたしかに朝からちょっと絶好調でしたが』
そこへ、こっそりとルイザが加わる。
『えっと。あのお二人、たしか学生時代、同級生だったとおもいます』
『『なるほど』』
一方こちらでは引き続き、ネコラ(幼女ver.)とカイの戦いが繰り広げられていた。
「いーや、あのときは君がロン先生に怒られそうになっていたから、お色気作戦に出た覚えがあるんだけどね。どうだろう」
「……その結果、おまえの分の説教までわたしが負ったのも事実」
「あれはきっと興奮がすごかったんだよ。ロン先生。禿具合が進んでいたし」
「……ならば結局、【変形】が見破られたことにカウントされる」
「それは違うよ、カイ君や。合図を送ったのは僕さ。だから『一回』には入らないよ」
「残念だが――」
「いや――」
「――」
「「「……」」」
もはや、子供達はほったらかしだ。
どう収拾をつければいいのか、と子供組がひそひそ話していると、ネコラとカイが同時に立ち上がった。
「三人は好きに遊んでいていいよ。お菓子も色々あるだろうから、メイドさんに聞いてみるといいよ」
とネコラ。
「ここはウチだ。……すまない、ルイザ。些か大事な会談がこれからある。しばらく自由に過ごしてくれ。……お二人もせっかくなのに悪いが、ルイザの遊びに付き合ってもらえると助かる」
とカイ。
そうして二人は言い残すと、部屋から出て行った。
取り残されるメルティ、キツネ、ルイザのトリオ。
なんとも言えない静寂が続いたあと、最初に口を開いたのはメルティだった。
「……これ、なに」
「さぁ……気分でしょうか。同級生と久しぶりにあえて、よっぽど嬉しいのでしょう。それにしてもまったく、ルイザちゃんを放っておくなんて」
「えっと、えっと、ルイザは、へいきですっ。……ただ、ちょっとビックリしちゃいました」
「そうです、吃驚です。お父さんったら……まったくこういう時にマイペースなんですから。洞穴の話は?モンスターの話は?結局全部思い出話じゃないですか」
「ごめんなさい、なんか、えっと」
「あ、別にルイザちゃんのお父様は悪くなんかありませんよ。悪いのはこういう時に限って、調子に乗るウチのお父さんです」
「というか、【変形】したのってルイザのためだったはず。意味ないよね、出ていったら」
「ただ自分が自慢したかっただけなんでしょうね」
「えっと、多分ウチのおとうさまも、えっと、かなりウキウキしていたと思います。……朝も花瓶を歯ブラシと間違えて噛み潰していましたし」
「「えぇ?」」
「……しかも、ルイザの作品です……。ちゃんと謝ってくれたし、いつも大事に横に置いているのは知っていましたから、別に怒ったりしませんが」
「でもそれは浮かれすぎ」
「ちょっとメルティちゃん言葉づかいです!――でも」
「「……男子ってほんと……」」
なんか翻訳調なのは気の所為っすかね。
お読みいただきありがとうっす。
次回更新は6/20(木)っす。お楽しみにっす。
次はたしかパジャマパーティだったはずっす。




