07:申し子によって変わるもの
帰りの電車で駅に着けば、白花を家まで送って手紙を交互に渡す、というのが日常になっていた。
気づけば手紙を渡し始めてから、一週間になろうとしている。それでも、手紙の内容は良くも悪くも変わらず、一切の距離感が変わらないままだ。
白花と付き合いたい気持ちが無い届からしてみれば、気にする必要が無い話でもある。
手紙で気持ちを書いて、自分をまとめて、楽になる……これの繰り返しなのだから。
届自身、白花とのやり取りは楽しいと思い始めている。それは、相手に深入りされたくない距離感で、白花が接してくれているからかもしれない。
お昼休憩中、届はため息をついた。
「ため息ついてどうしたんだよ……もしかして、恋でもしたか!?」
「……なんでそうなる」
届は普段教室の自分の机で、一人でお昼を食べている。だが、今日に限っては何故か、紡希が目の前に陣取って一緒に食べていた。
一緒に食べたいから、という優しい理由だったので、拒む理由が無いだろう。
「だって届、最近みるみる顔色良くなっているからさ。じゃあ、恋したのかなーって」
「顔色良くなっているか?」
「ああ、なってる。お前を見ている俺が言うんだ、間違いないぜ。恋したやつは変わっていく……男なんてそう言うもんだぞ?」
紡希は傍から見れば容姿が整っており、周囲からお誘いが来てもおかしくないほどだ。ただ、彼女一筋と決めているからこそ、来てもお断りしていると聞いた事がある。
自信満々の人は何を考えているのかは謎だが、その自信に巻き込まないでもらいたい。
以前紡希から『髪型と食事に気を付ければ、お前もイケメンなのにな』と言われたが、モテたいと思っていない届からしてみれば、縁の無い話だ。
前髪で自分を隠し、雰囲気を変えずに裏方に徹する、それが今の届だから。
気にしているイコール恋をしている、という偏見が無い限り、恋をしているはずがないだろう。
紡希の自信満々の発言を聞き流しつつ、届はおにぎりを食べながら、箸でおかずを口に放り込む。
その時、紡希が驚いた顔をしてこちらを見てきていた。
「届が、おかずを食べている、だと……」
「おい、俺を何だと思ってるんだ」
「白米のおにぎりしか食べない忌み子。……忌み子は傍から見た評価だからな?」
「保険掛けたな」
紡希に呆れたように視線を送れば、完全に目を泳がせている。
しかしつい先日まで、白米のおにぎりだけだったのは紛れもない事実だ。
白花と手紙のやり取りをして以降、栄養を偏りなく取る方法と、ある程度は食べた方が良い食材を教えてもらっている。そのため、プラスアルファで別の便箋に食材表等を書いてもらっており、届は申し訳なく思っていた。
白花からすれば『書くことには変わりありませんから』と苦の表情一切見せず、笑顔で言い切られている。
お裾分けの兼叱り、何れあるだろう料理の件含めて、頭が上がらない状態だ。
そのやり取り故に、届のお昼に栄養という至高の表現が追加されている。
「で、お惣菜でも買うようになったのか? 料理は限りなくできないだろ」
「まあ……そんな感じだ」
「親にバレたか?」
紡希は唐揚げを口に運びつつ尋ねてくる。
届が親元を離れて一人暮らしをしていて、料理が出来ないとなれば、親に言われたと行きつくのだろう。
生憎親は電話をしてくることが無ければ、時折勝手に家に来るくらいの自由人だ。それでも、仕事と家庭を両立している姿勢は群を抜いて尊敬できる。
申し子とやり取りしたから、と言っても信憑性は低いだろう。
どちらかと言えば、この場で言う程の度胸が届にあるわけがない。
白花の立ち位置も考えれば控えるべきだろう。
「いや……一筋の希望が舞い降りたからかな」
「へえ、まるで希望の申し子みたいだな」
水を口に含んだ瞬間言われたため、届は危うく吹き出しそうになった。
どうにか飲み込みはしたものの、刺激が思った以上に強くむせるしかなかった。
ふとむせた方に目をやれば、一人で食べている白花が目に映る。
白花がお昼を誘われているのを見た記憶が無いため、不思議に思えてしまう。
申し子を崇めている人でさえ、誘うそぶりを見せないのだから。
「届、大丈夫か?」
「え、ああ……大丈夫だ」
「……ああ、星元さんが気になったのか」
「別にそんなんじゃねえよ」
「落ちつけって。一人で食べている理由は知らんが、誰かが誘うことは無いだろうな」
「それはまたどうしてだ?」
「聞いた話によれば、お前が名づけられている理由と似たような話だ」
紡希の言葉に「そうか」としか言えなかった。
届が『忌み子』と呼ばれ始めたのにも理由があり、似たような話であれば触れるべきではないだろう。彼女本人の口から言われるまでは。
届は白花の方を軽く見た後、お弁当箱を片付け、教科書を手にして席から立ち上がる。
「次の授業は電算室だから、遅れるなよ」
「お、裏方さんやりますね」
「うるせえ」
紡希がニヤリとした視線を向けてきたが、そっぽを向いて教室を後にした。
電算室は世間一般で言う所のパソコン室にあたり、クラスの教室の階とは別にある為、届は普段から三十分以上早めに行動している。
学校内で一時でも一人で居られる時間が欲しいのもあるが、鍵を借りてくる人を待つのがめんどう、という理由が本音だ。
紡希の言っていた裏方は、この行動を知っているからだろう。
クラスの人らは授業前だから開いているのが当たり前、みたいになっており、裏方作業という名の雑務を知る人は居ない。
無理に目立たないが故の、孤独というものだろう。
(ま……忌み子と呼ばれる俺らしいか)
職員室から鍵を借りて電算室前に行けば、ある人物が目に入った。
教室で気になってしまった人物、白花だ。
届は予定外の事に驚きが隠せないまま、足音を立てずにドアの前へと近づいた。
「こんにちは。いつも望月さんが開けていたのですね」
「……ああ、こんにちは」
「私の事はお構いなく」
「そうさせてもらう」
ドアの鍵をいつものように開けているはずが、雰囲気がどこか違うように感じた。
思い出してみれば、白花は申し子と呼ばれていて、学校内全体に名を知れ渡らしている程の美少女だ。
不意に気づいた雰囲気、電算室の階にいる生徒から向けられている視線……殺気というものだろう。
(……いつもこんな視線を浴びてるのか?)
近くに居るだけでもひりひりと伝わる感じは、胃が痛いと思わせてくる。
ましてや、彼女が申し子状態である以上、余計だ。
届はそそくさと鍵を開け、白花と共に電算室へと入った。
「えっと、ごめんなさい……私のせいで――」
「謝んなよ。俺が忌み子だから見られた。それだけだ」
あくまで彼女のせいにする気はない、忌み子である自分のせいにしとくだけだ。
白花が気負う理由は、どこにもないのだから。
鍵を指定位置に置きに行こうとした時、小さな声で感謝を言われた気がした。




