06:綴られゆく証明の始まり
月曜日となり、届は変わらず紡希と一緒に登校していた。
日曜日で何か変化があるわけもなく、白花にタッパーを返して終わったくらいだ。
教室の直前になれば「申し子!」や「希望の申し子様!」と言った言葉が聞こえてくる。
(あいつは、申し子なんかじゃねえよ。ちゃんとした苗字に名前があるだろ)
今まであれば機嫌を悪くしていたかもしれないが、今の届は違った。
何も聞かなかったように教室へと入り、自分の席で荷物を整理する。
その行動がまずかったのか、紡希が不思議そうな顔をしながらこちらに近づいてきていた。
多分、余計な事を言うだろう、という確信を持ててしまう。
「なあ届、申し子に当てられたか?」
「……何でそうなるんだ」
呆れたように紡希を睨みつければ、紡希はヘラりと笑って見せる。
紡希に対しては多少なりとも辛辣であっても大丈夫、とわかっているからこその、牽制に過ぎないだろう。
言動を自由にさせすぎれば、全てボケ倒されてペースを掌握されかねない。
届は机に肘をつき、頬に手を付けながら申し子をチラリと見た後、ため息をつきながら紡希を見る。とはいえ、普段なら申し子に触れている届が触れなかったのが悪いのもあり、謎に込み上げた呆れは行き場を失っていた。
「別に、あいつはあいつ、俺は俺だ」
「おまえ、何気に存在感はあるよな」
「どうゆう意味だよ?」
「俺から見たお前の価値観だ、気にすんな」
謎に持たれている価値観のせいで、周囲からの目が付いていることを認識してほしいものだ。
「届はあれに対して本当に興味ないのか?」
紡希が指さす方を見れば、クラスメイトに囲まれている白花を示していた。
あれ、と言われた時点で察しは付いていたが、届は申し子に対して微塵の興味も沸くはずが無かった。
申し子と忌み子という対をなす関係同士だからではなく、申し子だから興味が無いのだ。
「興味ないな。見ているだけの参考で十分だ」
「と、見せかけてー?」
「二度とチーム組まなくてもいいか?」
「ごめんって、冗談だって」
紡希は苦笑いしつつ、頭を下げてくる。
小さくため息を吐き「そんなつもりはないから」と言えば、嬉しそうに顔を上げる。
紡希とはゲーム仲間でもある為、どこか意思疎通ができるのだろう。
届が司令塔であれば、紡希は情報をまとめて適材適所に配置、みたいな役割を担っている。それは、欠けてはいけない大事な仲間と同じ存在だ。
少数で動きたい派の届から見ても、紡希は信頼における数少ない話し相手兼、相談相手となっている。
自由気ままな感じが無ければ、彼は周囲からの評価がさらに高いだろう。
「そういや、お前の体調よくなったぽいから良かったよ」
「……おかげさまでな」
「よし、帰ったら五時間くらいやろうぜ!」
「お前ふざけんな、マジで怒るぞ」
紡希が「すまんすまん」というが、呆れてため息をつくしかなかった。
(……あいつのおかげか)
ふと白花と目が合い、不意に笑みを向けられた気がしたが、気のせいだろう。
紡希に、どうかしたか、とからかわれたが「何でもない」とだけ返しておいた。
放課後になり、届は駅に着いて紡希と別れた。
帰路に着こうとすれば、ある立ち姿が目に映る。
周囲から申し子と崇められている存在であり、最近になって話すようになった少女――白花だ。
日が落ちかけようとしているにも関わらず、白花は凛とした花のように美しく、枯れることを知らないのだろう。
白花もこちらに気づいたらしく、小さく手を振ってくる。
「……居たのかよ」
「同じ時間の電車ですし、居てもおかしくは無いと思いますよ?」
白花は表情一つ変えず、淡々とした声だ。
制服姿もあってか、凛々しさが余計に際立っている。
「というか、今日も凄かったな……申し子様コール」
「――は? 二度と言わないでくださいって言いましたよね」
背筋は愚か、空気が凍り付くような声に、届は一瞬気後れを起こした。
自分だけは絶対に踏んではいけないと思わせる、地雷とすら言える感覚だ。
白花は細目で圧をかけるような視線で見てきていたが、それは直ぐに解かれた。
張り詰めるような空気は、息の仕方すらも忘れさせていたのか、呼吸を出来たことに感動を覚えてしまう。
白花は知らないと言わんばかりに、カバンの中から一通の紙を取り出した。
「お返事を書きましたので、忘れないうちに渡しておきますね」
「あ、ああ……ありがとう」
平然と渡された手紙を受け取り、届はカバンに丁寧にしまい込む。
それを見ていた白花がクスッと笑ったのを見て、こいつも笑えるんだな、と届は思った。
彼女が自然的な笑みを学校でこぼしたのを見たことが無かったので、つい気になってしまったのかも知れない。
冷えた風は肌を撫でて通り過ぎるとともに、白花の髪を美しくなびかせた。
「心配いらないと思うけど、お前を家まで送るわ」
「……お気遣い、感謝します」
クラスで一番の美女と同じ道を歩いても、変わった感じがしなかった。それは、男心が不足しているせいだろうか。
白花の家前くらいに着く頃には、日はすっかりオレンジ色に染まっていた。
夕日を見ると教室で出会った瞬間を思い出しそうになるため、極力避けたくなってしまう。
興味無いのに気になってしまう、といった変だとすら思える感覚に届は頭を悩ませた。
庭前まで着けば、白花はそこで足を止める。
「送っていただきありがとうございます」
「勝手にやったことだ、気にすんな」
「あ……ご相談の兼は渡した手紙にも書いてありますが、少し考える時間をください」
「こっちの都合に付き合わせるのも悪いし、俺はいつだってかまわないから……お前の好きにしてくれ」
「本当に、親切なお方ですね」
そう言って、白花は小さな笑みを宿した。
明らかに向ける相手が間違っているだろうと思えるほどの、優しい笑みを。
そういう笑顔は、未来で付き合うだろう彼氏に向けて放ってほしいものだ。
(……どうゆう目だよ)
白花は何故か目を細めてこちらを見てきており、何をしたいのかわからないのが事実だ。
「……えっとさ、手紙はまた何か書いて渡すわ」
「あなたとの手紙のやりとりは、どこか温かく楽しいので、こちらからお願いしたいものです」
「そう、か。明日にでもまたな」
「はい。では、さようなら。また明日」
「おう、じゃあな……また明日」
別れの挨拶をかわし、届は白花の家を後にした。
後ろで小さく手を振ってくれている白花に、振り返す手を届は動かせなかった。
手紙という形ある存在証明は、今のこの関係には丁度いい壁なのかもしれない。
白花という優しい存在を、少しは理解できたのだろうか。
その時の届は自分が笑えていたことに、ついぞ気づかなかった。