57:存在証明という愛を誓う
藍色と透き通るようなオレンジ色の空が混ざりだす頃、届は窓に手を付け、外を見ていた。
朱色かかった黄色の光が差し込み、床にうっすらと影を創り出している。
窓に反射して映るのは、過去という名の呪縛から解放された、たった一人の少女に想いを伝えようとする自分の姿だ。
届はそっと息を吐きだし、ソファの方に足を進め、静かに座る。
肝心な彼女――星元白花は夕方になる直前、いったん家に帰りたいとのことで、届の家を後にしていた。
届もお互いに思うことがある、と認識していたため、すんなりと受け入れて今に至っている。
空間に鳴り響く、時計の音。それだけが、今の不安を煽ってくるようだ。
届は今、好きだと伝えて白花に嫌われたらどうしよう、という不安を抱えているのだから。
互いに過去を話した身とはいえ、気持ちがそこにあるかは別だろう。
抱え込むような姿勢で床を見ていれば……ドアノブの下がる音が小さく響く。
(……白花)
ドアの方に目をやれば、白花が凛としたように立っていた。
白花はシンプルな服装、ほんのりフリルの付いた白色のプルオーバーに、水色のフレアスカートを身にまとっている。
こちらが見ていることに気づいてか、彼女は優しく笑みを浮かべた。
「届くん」
「……白花」
白花はこちらの名前を呼び、隣の方へと歩んでくる。
ソファに座っている届が顔を上げて見ていれば、白花は笑みを携えたまま、隣に腰を下ろす。
白花は隣に座ったものの、どこか落ち着かないのか、もじもじとした様子だ。
届に至っても、白花に言いたい事があるため、落ちつかないでいる。
気づけば、ソファに置いていた手を、小さな手が包み込んできていた。
「あのさ、白花に言いたい事があるんだ」
「届くん……私が先にいいですか?」
明るいブラウン色の瞳は、曇りのない輝きをしており、彼女の真剣さを窺える。
届は迷いもなく、白花の言葉にゆっくりとうなずく。
「その、あの日……風花が降る中、故意的でないにしろ、届くんの気を引いて近付こうとしたこと、ごめんなさい」
届は思わず息を呑んだ。
え、と言う言葉すら口から出ず、ただひたすらに驚きを隠せないでいる。
見つけたのはこちらだが、彼女自ら気を引こうとしていた、と聞いたら驚くのも無理はないだろう。
白花は忌み子に興味がない、と思っていたのだから。
「それは……どういうことだ?」
「入学当初から、届くんのことが気になっていて、ずっと関わりたいって思っていたのです。こんな気持ち、初めてだったから……」
小さく呟くように、恥ずかしそうな白花は、ゆっくりと話を続ける。
「最初は警戒されるかもしれない、と思っていて……でも、一緒に居られるようになって嬉しかった」
「申し子、忌み子と対をなす存在として崇められてたからな」
「警戒されなくて、本当によかった」
「警戒する必要が無かったっていうか……むしろ、マフラーを無理やり渡した俺を警戒していると思ってたよ」
「お互い様ですね」
窓から差し込む光は、見ていた白花の表情を輝かせている。
最初に話した頃は、確かに距離を取っていた。しかし、今という名の時間に繋がり、過去を打ち明ける関係になるとは予想できなかっただろう。
(……今度は、俺の番だ)
笑みを浮かべる白花の瞳には、差し込んだ光を反射するかのように、星が宿っているようだった。
届は、息を呑み込んだ。
そしてゆっくりと、右手を白花の横髪に近づけ、そっと髪を避けた。
しっかりと彼女の瞳を見て、言葉を伝えるために。
「俺はさ……自分らしく生きられない奴を見捨てて、一人孤独で生きてきたから、本当は人と関わるのが怖いんだ」
「裏切り――私と似た、過去があるからですよね」
白花の言葉に、届は静かにうなずく。
「だから、手紙で距離を詰めてくれた白花が、とても嬉しかった」
小さな笑みをこぼして言い切れば、白花は苦笑して「言葉が下手ですね」と言ってくる。
辛辣なのに、今では温かな言葉のようだ。
不器用である自分に対して、彼女は対等になって話してくれているのだから。
「嫌いだった誕生日や、プレゼントをされていくうちに、白花のことが気になっていたんだ」
「それは私も同じですよ」
「同じばかりだな」
そう言って、お互いに笑みをこぼす。
笑みをこぼしながらも、届はそっと呼吸を整え、白花の方に腕を伸ばした。そして、自分の方へと手繰り寄せる。
白花の黒いストレートヘアーは、その場でなびくように、ふわりと宙を舞う。
急に抱き寄せられた白花は、驚いたように目を丸くしていた。
驚いていたのに、届の優しさを受け入れてか、心臓の音を聞くように身をゆだねている。
胸元に触れる小さな手は、確かな存在を実感させてきていた。
「最初はさ、申し子であるお前を嫌いだったよ。名前も呼ばれない、悲しい奴を」
「私は、申し子、でしたからね……」
白花は少し暗い声をしたが、棘の無い声だと理解できた。暗い中にも、柔らかな温かい声があったのだから。
ゆっくりと白花の頭を撫で、届は話を続ける。
また、白花はそんな届の姿を、柔らかな上目遣いで見ていた。
「でもさ、関わっていくうちに、本当は誰よりも……努力家で、他人の事を優先して考えて、傷つく白花を知って――守りたい、触れたい、近づきたい、って気づけば思うようになっていたんだ」
白花を抱きしめていた腕を、そっと離した。
白花は不意に離されたのもあり、少し抜けたような表情で、届の顔を見上げる。そして、うっすらと白い頬を赤らめる。
差し込んだ夕日が、届の小さな笑みを照らしていたからだろう。
白花の明るいブラウン色の瞳は輝きながら揺れ、艶のある黒い髪が肩から流れ落ちる。
ほどかれていく時間の中、届は自分の手を見て、もう一度白花を見る。
「俺はまだ、白花ほど優秀じゃないし、努力も足りてない酷い奴だ」
「どうして否定、て、き……」
ちぐはぐとした言葉は、真剣に見つめた届の瞳により、止まっていた。
「だけど、白花の隣に立っても恥ずかしくないように努力する……そして、申し子と忌み子じゃない、自分であるという存在証明をしたいんだ」
届が言い切れば、白花は気後れしたような感情をしていた。
「お前のことが誰よりも好きで、誰よりも幸せにしたいから、付き合ってくれないか。――白花の幸せは、俺が保証する」
「うん、届くん」
彼の名を呼び、白花は力の限り抱きしめた。
届も白花の存在を知り、愛を誓ったからこそ、抱きしめて自分を証明してみせる。
申し子と忌み子という、相対する壁がある中で、二人は存在を認識した。
暖色の陽ざしに包まれる二人は、輝きが衰えることを知らない。