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56:忌み子という絶望を知り

 温めたお粥をお茶碗によそった後、届は白花と隣同士で椅子に座っていた。


 普段はダイニングテーブルを挟んだ対面同士であるが、白花が『隣同士で食べたいです

』と言ったため、受け入れて今に至っている。


 お粥を見た白花は、表情に美しい花を咲かせていた。

 隣同士のむず痒さはあるものの、白花という存在を知った今だからこそ、拒む気持ちが無いのだろう。


 腕が当たりそうで当たらない距離感は、もどかしさを感じさせつつも、安心感を覚えさせてくる。

 それでも、空間に差し込む暗い光が、どこか心を突っついてくるようだ。


 お互いに食への感謝をした後、スプーンでゆっくりと掬う。

 ふと隣を見れば、白花は笑みを浮かべ、美味しそうに食べていた。また、艶のある黒い髪が揺れ、動きでも美味しさを表しているようだ。


「……味は大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。私好みで、すごく食べやすい味わいです」

「そうか、なら良かったよ」


 笑みを浮かべて言う白花に、届は安堵の息をこぼす。

 白花はフラットのような物言いになっている。だが、自分の事をしっかりと話していない届は、気づけば胸が詰まるようだった。


 お粥を食べ進めていれば、白花が手を止めていた。

 どこか悪いところでもあったのか、と心配になってしまう。

 白花はこちらの視線に気づいたらしく、ゆっくりと顔を向ける。

 明るいブラウン色の瞳に反射するように、今の届の暗い表情が映りこむ。


「あの、望月君……」

「どうした?」

「引き留めてくれた時、私のことが好き、と言ったのは本当でしょうか?」

「え、ああ」

「それと、誰も失いたくない、という言葉がどうしても気になってしまって」


 白花の言葉に、届は思わず息を呑み込む。

 あの時に言った『好きだから』という発言は、彼女のことが好きである届が近づくためについた愛言葉、真実という名の気持ちだ。


 届として、好きかどうかを追跡されるのは、気に障るような質問では無かった。

 問題は二つ目の質問、誰も失いたくない、という発言をしっかり聞かれていたことだ。


 今、希望を持ってくれた彼女に対して、自分の暗い過去の話をするのは酷だろう。

 届が気にしていないとしても、彼女には他人の過去に怒りを覚えず、笑顔で居て欲しいのだから。


 気づけば、手に持った自分のスプーンが震えていた。

 白花は届のわずかな変化に気づいたのか、手に持っていたスプーンを静かにお茶碗の近くに置く。


「……答えたくなければ、答えなくてもいいですから」


 白花の言葉を聞き、届はお粥を口に運びながら言葉を口にする。


「過去の暗い話だ……今の白花には、重い話かもしれないんだ」

「私も、望月君の――届くんの希望になりたいから、どんな話でもいいです、話してくれませんか?」


 真剣に見つめてくる白花に、届は静かに鼻で笑う。

 届自身にとっては暗い過去の話であっても、彼女、白花のように話せば少しは楽になれるのだろう。


 白花の希望に自分がなれている、と明かされたことに届はむず痒さがあるものの、悪くないと思っている。


「じゃあ、俺が忌み子兼『絶望の忌み子』と呼ばれるようになった理由から話すかな……」


 白花が手を止めて聞こうとしているため「お粥を食べながらでも、適当に聞いてくれ」と届はうながす。

 白花はうなずいた後、静かにお粥を口に運んでいる。


 素直に従ってくれた白花に感謝をしつつ、届もお粥を食べ進めながら言葉を口にした。


「俺には親戚の人――命の恩人が居たんだよ」

「命の恩人ですか?」

「ああ。当時小学生だった俺は、その人にはたくさんの言葉をもらい、たくさん可愛がってもらっていたよ」


 命の恩人の名前は知らないままだが、気づけば鮮明に脳裏が思い出を引っ張ってきていた。

 白花が感心したような表情で聞いてくるため、むず痒いままだ。


「小学生……中学生でもそうなんだけどさ、周りから嫌われていた俺を、その人は否定しなかったんだ。周りからは、友達としての裏切りもざらだったんだけどな」


 届は家の事情や性格もあり、友達が居るはずもなかった。

 過去の話を端折っているものの、いい話とは言いづらいだろう。

 過去が暗かったからこそ、今の届自身、人と深く関わらない関係を保っているのだから。


「で、まあ……命の恩人とは『届なら大切な人を好きになって、お前という希望を届けられるさ。俺が保証する』って話を、夕日を見ながらしたのが最後……の日だったんだ」

「『俺が保証する』ってその人の受け売りだったのですね……届くん?」

「ああ、すまん」

「無理だけはしないでくださいね。させている私が言うのも何ですが」


 白花は言葉が詰まっていたのを心配してか、軽く背中を撫でてきていた。

 白花を心配させる自分はまだまだだな、と思う反面、白花に話してよかったと思い始めている。


 白花が過去と向き合った直後だからこそ、今度は自分の番だ、と踏ん切りがついたからだ。


 過去を気にしていない筈でも、届は不安が積もり始めていた。それは、過去に受けた恐怖が蘇るかもしれない、という不安だ。


「そんなある日、十二月十日、俺の誕生日を境に……忌み子と呼ばれるようになったんだ」


 白花が何も言わずにうなずくため、誕生日を嫌いになった理由があると理解してくれているのだろう。

 以前、誕生日が嫌い、と言った理由を話す瞬間なのだから。


 気づけば、脳内に電話の着信音が鳴り響いている。

 ふらつく頭を押さえれば、白花が心配した様子で見てきていた。

 これ以上彼女を心配させまいと、届は言葉を振り絞る。


「誕生日の日に、一通の電話がかかってきたんだ。その電話は、命の恩人が帰らぬ人となった、って電話だったらしいんだ」

「命の恩人が……帰らぬ人って……」

「……死因が分からず、手には俺宛ての誕生日プレゼントを大事に持っていたって」


 分からないというよりは、両親が当時の届の事を思い、隠ぺいしたに近いだろう。

 一番欠陥していたとすれば、地域の中では田舎だったのもあり、噂として広まってしまった事だ。


「それもあってか、俺が原因でその人は帰らぬ人となった、っていう根も葉もない噂が広まるくらいにな」


 白花が手に力を入れかけていたことに気づき、届はすぐさま白花の頭を撫でる。

 白花に対し「お前が気にすることじゃない」と言えば、お粥を食べて誤魔化していた。


 多分『忌み子』と呼ばれ始めた理由を理解したのだろう。


 思い出していく暗い過去の記憶に、届は正直泣きたかった。それでも泣かずに居られるのは、支えてくれるように聞いてくれる、白花という存在が居るからだろう。


「それでも折れなかった俺を、両親が一番心配してたけどな。だからこそ、こうしてこの地域に一人で移り住むことになったわけだけど」

「……どうして早く言わなかったのですか」

「高校で白花が申し子って呼ばれ始めた時期に、最初に忌み子って俺の事を言ったやつは……気にしてなかったけど、元は同じ中学の奴だったんだよ。退学したけどな」

「おとなしく聞いていましたが、平然と話せることに驚きですよ……」


 白花は平然としたように届が話していたのもあり、呆れたような、それでいて温かな瞳で見てきている。

 届としては、過去は過去と割り切っているため、平然と話せたに過ぎなかった。


 傍から見れば、気が気ではない、と思われるだろう。

 当初の自分は、命の恩人を失って泣いていた。それでも、由美子や父親の支えもあり、こうして白花と巡り合うことが出来たのだ。


(……見て見ぬフリした過去を話す、これも何かの縁だよな)


 暗い話をしてしまった自分を落ちつけるように、届は最後のお粥をひと掬いし、ゆっくりと口に入れる。

 お粥を食べ終わり、そっとスプーンを置く。


 その時、届は体が横に引き寄せられ、視界が暗くなっていた。

 え、と内心で驚いていれば、確かな柔らかさと温かさが身を包み込んできている。


「……なん、で」

「届くん、無理のしすぎはよくありません」

「無理してない」


 気づけば、白花に抱き寄せられ、届の頭は白花の胸元にあった。

 男心が刺激されるようで、温もりという名の愛情に、言葉を失ってしまいそうだ。


 気恥ずかしくなり離れようとしても、白花は抱きしめた腕を離そうとせず、実りある柔らかさを堪能させてきている。


「……無理していなければ、瞳は嘘をつきませんよ」

「どういうことだよ」

「届くんは気付いていなさそうですが……話している時の届くんの瞳、暗い井戸の底に落ちたような程黒く、無理して寂しくないって誤魔化していましたよ」


 白花の言葉は心の内側を読んでいるかのようで、届はなにも言い返せなかった。というよりも、言い返してはいけないと瞬時に判断したのだろう。


「先ほどの恩、しっかりと返させてください」

「……今の白花からの優しさを受け入れたら、今までの俺らしく、居られないだろ……」

「じゃあ、私と一緒に、自分らしくなっていけばいいじゃないですか」

「それだと、俺がお前に頼りっきりになるだろ」

「……頼ってください。お互いに頼れ、好きであり、信頼できるのであれば……」


 白花がそう言って、優しく頭を撫でてくるため、届は呼吸が苦しくなっていく。


 こちらがやったように、白花に同じことをされ、信頼という温かさに包まれている。

 届は白花のふくらみに埋もれさせられている中、涙腺が限界を迎えていた。


「あのさ、弱音なんだけど……泣いても、いいか」

「勝手にしてください。私は、どんな届くんでも受け止めますから」


 白花の心染み行く言葉に、届は気づけば、涙をこぼしていた。

 彼女のように、嗚咽を漏らすまではいかなくとも、すすり泣く声が口からは出ている。

 白花は何も言わず、届を抱きしめたまま、頭と背中を優しく撫でていた。


 泣いているのに心地よさを感じてしまうのは、白花という存在に包まれているからだろう。



 届は泣き止んだ後も、白花の温度を心地よく、堪能するかのように目をつむり感じていた。


 数分後にゆっくりと離れれば、なぜか白花は満足そうに笑みを浮かべている。

 白花の姿を久しぶりに見た感じのある届は、気まずさが込み上げてきていた。


 白花の胸元で泣いてしまった、という複雑でいて、温かな感情が。


 笑みをこぼしながら、落ちついた届を横目にお粥を食べ進める白花は、特に気にしていないのだろうか。

 彼氏でもない男が、自身の胸元で泣いたのにも関わらず。


「届くん、堪能するかのように甘えていましたね」

「誰のせいだよ」

「ふふ、お互い様ですよ」


 そう言って笑みを宿す白花に、やはり勝てないな、と届は心底思わされる。


 ふと思い出せば、好きであり、という白花の言葉が脳裏をよぎっていく。


 白花がお粥を食べ終わるのを見計らってから、届は言葉を口にした。


「あのさ、俺の過去の話を聞いて、白花がどう思うかは自由だから」

「……やさしい人だと、常々思わされましたよ」


 白花の言葉は淡白なのに、温かな思いがこもっていると届は理解できた。

 気づけば、窓から鮮やかな光が差し込み、白花の笑みを輝かせてくる。


 息を呑み、明るいブラウン色の瞳に反射した自分の姿を見て、決意を固めた。

 届がそっと呼吸を整え、しっかりと白花の瞳を見る。また、白花も察したかのように、凛と姿勢を正していた。


「最初の話なんだけどさ、もし大丈夫なら……最後の日に、ちゃんと言わせてほしい」


 白花は届の告白に瞳をパチクリとさせ、一瞬時が止まったのではないかと思わせてくる。

 小さな白い蕾は、芽吹くように、産声をあげた。


「……私も言いたい事がありますから、勝手にしますか」


 勝手、という存在を証明する言葉に、届は静かにうなずいた。

 白花と同じタイミングで言いたい事があるのは、運命とでも言うのだろうか。

 目の前で笑みを浮かべて見てくる白花に、届は小さく呟く。


「――忌み子だけど、たった一人を愛して、変わってもいいかな」

「私は何も聞いていませんが……申し子や忌み子関係なく、自分らしく生きられるのなら、それでいいと思いますよ」

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