53:退屈な日常に花を添えて
帰宅した後、届は白花と共に夜ご飯の支度をしていた。
指定された食材を切っているものの、わずかな悩みが動きをぎこちなくさせてきている。
切り終わってから包丁を静かに置き、届は呼吸を静かに整えた。
そして、味噌汁を作ってくれている白花に、ゆっくりと疑問を口にする。
「そういやさ、春休みは暇をしているって聞いたけど、どうする予定なんだ?」
「えっと、そうですね……」
白花はお玉を持っていた手を止め、口許の下の方に指を近づけ、悩んだような仕草をしてみせる。
本気で悩んでいる、という訳ではないと思われるが、悩んだ様子の白花に届は小さく苦笑いした。
苦笑いしたのもあってか白花から、子どもっぽいと思いましたか、というような視線が飛んできている。
「望月君さえ良ければ、春休みは家に何度もお邪魔したいですね」
「手伝ってもらっている件含めても、願ってもないことだな」
明るく言えば、白花は恥ずかしそうにして頬に赤みを帯びさせていた。
ふん、と鼻を鳴らしながらも嬉しそうな彼女は、嫌という訳ではないのだろう。
「それに俺は暇だし、ずっと居てくれても構わないけどな?」
「か、軽々しく言わないでください」
白花がやわくも叩いてくるため、届は「すまない」と言って白花の興奮状態を宥める。
茶化しを混ぜて言ったつもりでも、白花は真に受けたらしく、静かに呼吸を整えていた。
届としては、白花が居る時間はありがたい、と思っているため、半分本気ではある。
これは罰ですからね、といった感じで白花が焼く物を指定してくるため、届はコンロの前に立つ。
あの頃の自分とは違い、白花の丁寧な指導の下、少量なら怯えずに一人で焼けるようにはなっている。
「結構様になっていますね」
「まあ、お前の指導が良いからだよ。焼き方一つであそこまで丁寧に指導するやつがいるかよ……」
「探せばいると思いますよ?」
そういう意味じゃない、と届は言いたくなったが、心の中だけで静かに留めておく。
話しながらも焦がさないように手を動かしている届の姿を、白花はじっと見ては小さく口角を上げる。
「最初の頃よりも上達しましたね、偉いです」
「茶化すな、馬鹿」
「望月君もやったことですから、これでお互い様です」
笑みを浮かべて言ってくる白花に、恥ずかしくなって視線を逸らすしかなかった。
料理の腕が上がったとはいえ白花から『チャーハンとかは一人でまだ作らないでくださいね』と注意が入っている程だ。
多分、焦がすのを見越しての発言だろう。また届としても、白花と一緒に作る以外での料理は事足りているため、一人で作ることは滅多に無いと言い切れる。
他愛もないやり取りをしながらも、約束通り、届が白花と作る中で好きな料理は着々と完成していった。
夜ご飯を食べ終わり、二人でソファに腰をかけていた。
届が好物になった白花の味噌汁は、心温まるように美味しく、笑みを絶やさなかったほどだ。
食後に白花から出されたお茶を嗜みつつ、届はふと思った事を口にする。
「お前はさ、俺と一緒に居て退屈じゃないのか?」
彼女の事を好きになってはいるけど、彼女の本当の気持ちを知っておきたい、という空いた穴から出た言葉を聞いていた。
隣でお茶を飲んでいた白花はむっとしたような表情をした後、そっとマグカップを置く。
表情を変えずに、じっとこちらを見てくる。
「何で否定的なのですか? 許しませんよ?」
「ご、ごめん……ただ……」
「ただ、何ですか?」
少し怒り口調の白花に、どうしても尻込みしてしまう。
思い浮かんだ言葉すら、口から出るのを拒むほどに。
彼女が本気で怒っているわけではない、と思えても、息を呑み込むしかなかった。
ぶれの無い、明るいブラウン色の瞳に反射して映る自分の姿が、今だけは時間を止めてきている。
呼吸の仕方を思い出し、体内で熱く溜まった息を届はゆっくりと吐き出す。
様子を見ていた白花は圧をかけてしまっていた、と思ったのか、はっとしたように柔らかな表情をしてみせる。
「……お前の事を知りたかったから」
白花は一瞬驚いたような表情をしたものの、すぐさま幸せそうな笑みを宿す。
「私に対等に接してくれる望月君だから、今が幸せですよ……退屈何て、思うはずありませんから」
「ありがとう、楽になるよ」
今も浮かべている笑みに、降り積もった負は飛ぶように、希望へと姿を変えていた。
今だけは笑って、笑顔で彼女と話していたい、と思わせてくる。
曇りがかかったような届の表情は光を射し、小さな花を咲かせた。
それを見ていた白花は、ただいつも通りの柔らかな笑みで、こちらを見てきている。
「でも、春休みにお前が来た時に、同じ日々の繰り返しは嫌だよな」
届はそう言いつつ、明るいまま悩んでみせた。
白花から「別に気にしなくてもいいのに」と恥ずかしそうにしながら小さく呟かれるほどだ。
彼女の為、というよりも、一つ一つの思い出を大事にしていきたいエゴに近いだろう。
――過去の自分では達成できることのない、他人と居る喜びを。
「お前はやりたい事とかあるのか?」
「え?」
「あ、ほら……俺一人で考えるのならいつだって出来るけどさ、お前と二人で楽しめる時間は有限だからさ」
「……望月君、本当に優しい人ですね」
白花は「二人でやれること」と言いながら、天井を見たりして悩んだ表情をしていた。
数分ほどすれば、鈴の鳴るような声と共にこちらを見てくる。
「それなら、少し早い時間から遊ぶのはどうでしょうか?」
「……どういうことだ?」
「恥ずかしいのですが……朝から望月君の家に私が来て、朝ご飯を作って一緒に食べた後、お互いについて話したいな、と」
白花から提示された内容に、届は思わず息を呑んだ。
実質、朝から一緒に過ごしたいと取れるような内容を言葉にするのは、底知れぬ勇気が必要だっただろう。
彼女は確かに届に対して気を許しているが、距離が近いわけでもない。それでも、その本人である彼女からの誘いを断る、という答えは無かった。
届としても、白花の事を知りたい、と最近は思っているのだから。
お互いに一緒に過ごしてはいるものの、申し子や忌み子といった過去には触れていない。だからこそ、触れる機会が来るかもしれない、と感が囁いている。
届は、白花の瞳を真剣に見つめ返した。
「俺もお前の事を知りたいと思ってたし、賛成だ」
「望月君、ありがとうございます……こんな私のわがままを」
「そんな可愛らしいわがまま、いつだって聞いてやるよ」
「え、可愛いらしいですか?」
「少なくとも、俺はそう思った」
気づけば、お互いに顔を見合わせて笑みをこぼしていた。
日程に関しては、すぐにだと楽しみが無くなるから、といった理由で数日後に決行すると決まった。
「楽しみですね」
「そうだな」
マグカップを両手に持って、表情だけで楽しみだと伝えてくる白花を、届は微笑ましく思うのだった。