52:申し子との距離感
日が経つのは早いもので、時は修了式を迎えていた。
綺麗に並べられた机や椅子が、この教室自体との別れを告げている。
ホームルームが終わり解散ではあるものの、残っている人は未だに多く、春休みは何をするのかという話題で持ちきりになっている。
届のクラスは二年生になっても同じままではあるが、他県からも集まっており、春休みの間に会えない人が多いからだろう。
そして今、届の机の目の前で、紡希が肩を落としながら机に寄り掛かっていた。
「暫く会えないのは残念だな……」
「通話が出来ないわけじゃないんだ、そこまでだろ」
「お兄さんや、それを言ったらおしまいですよ」
「お前にその口調は合わないからやめとけ」
紡希からは「辛辣だな」と言われたが、半笑いしているのを見るに気にしていないのだろう。
届としても、リアルで会えない、という点では寂しさがある。それでも、表情や言葉には出さないようにして、自分を抑制している方だ。
過去の事を引きずるのは良くない、と理解しておきながらも、結局のところ囚われたままでいる。
(……紡希のおかげで、退屈していないのも事実だよな)
そう思った自分に、届は鼻で笑った。
紡希が不思議そうにして見てきていれば、二つの足音が小さく聞こえ、届の席の隣で止まる。
ふと見上げれば、白花を引き連れた叶夢の姿が目に映る。
白花は凛としており、明らかに申し子の状態である、と届は察した。
「やほ、二人共。連れてきちゃいました」
「……普通に居づらい」
「まあ、今は放課後だしさ、仲のいい俺らが集まることはおかしな話じゃないだろ」
「ふふ、時田さんの言う通りですね」
少しだけ声量を周りに聞こえる程度にあげた紡希は、周囲から飛んでくる視線に対しての牽制も含めているのだろう。
こちらに対して羨ましい、といった視線を向けていた人が目を逸らしているのだから。
また、白花が申し子の笑みを振りまくため、更なる牽制となっていた。
周りとの付き合いに壁を作っている白花だからこそ、お近づきになりたい、と思っているクラスメイトに有効なのかもしれない。
そんな二人を見てか、叶夢が「あはは」と苦笑交じりの声を出していた。
「ここじゃ何だから、みんなでお昼食べに行こうよ! 私が案内するから」
「俺は賛成かな……届はどうする?」
「こいつに任せる」
「じゃあ、望月、さんも行きましょうか」
「丸められてらぁ」
「紡希、覚えてろよ」
白花が「あまりイジメないでくださいね」と言うものだから、二人から微笑ましいような視線を飛ばされていた。
四人で教室を後にして、叶夢の案内の元、近くの飲食店へと来ている。
店内でお昼ご飯を注文した後、各自で頼んだ物を手に持ち、テラス席の方に移動した。
テラス席の目の前が緑の木々や草花に囲まれていることもあり、自然を感じながら食べられるようになっているらしい。
(……物足りないな)
和食を好んで頼んだものの、いつも食べている味を忘れられないせいか、届は表情一つ抜けてしまう。
啜った味噌汁の味噌が効いていないだとか、味が薄いという訳でもなく、物足りなさを感じていた。
このお店の料理が不味いわけではなく、白花と作る料理を食べなれたせいで、舌が肥えたのが原因だろう。
届以外は料理を口にして美味しそうにしているため、答えとしては間違えていないと思われる。
食べる手を止める事はしていなくとも、表情は一切揺れることが無かった。
軽く目を離せば、丁度コップを手に持った白花と目が合う。
また、紡希と叶夢も変化に気づいたようで、不思議そうな瞳でこちらを見てきている。
「届が物足りなそうな顔してるって珍しいな?」
「……あ、いや、足りないなーって」
「あー、望月君はきよりんの料理を毎日食べてるし、それが原因じゃない?」
「仕方ないですね……今日の夜ご飯は、望月君が好きな物を多めにしましょうか」
「きよりん、燃料投下に躊躇ないね」
白花が叶夢の言葉に不思議がっている中、届の表情には小さな花が咲き誇る。
「……ありがとう」
「ふふ、喜んで食べる望月君、見ていて嬉しいですから」
満面の笑みを宿して言う白花に、届は思わず気恥ずかしくなっていた。それでも、先ほどの抜けたような表情は抜け、幸せの花へと変わっている。
好きな人の料理を、それも好物を多めにしてもらえるとなれば、嬉しくない理由は無いだろう。
テラス席なのもあり、差し込む光が白花を神々しく輝かせていた。
ふと気づけば、聞いていた紡希と叶夢は苦笑しながら、ちゃっかりと視線を逸らしている。
「おいおい、あまり俺らを焼け野原にするなよー」
「夫婦談義は他所でやってよね」
「してない」
「お兄さんや、自覚が無いのは……隣に座っている方が可哀そうですよ?」
紡希に言われて隣を見れば、白花が頬を赤くしてうつむいていた。
どうしたのかと思えば「ふう、ふ」と小さく、ぽつりと呟いている。
紡希の言葉にあてられ、彼女は恥ずかしくなっているようだ。
そんなぎこちない白花に、届は思わず笑いそうになるが、口を慎んでおく。それは、白花の機嫌次第で、夜ご飯を人質に取られる可能性があるからだ。
数分ほど他愛もない話をしていれば、ストローで飲み物を飲んでいた叶夢が口を開く。
「そういえば、みんなは春休み予定があったりするの?」
「俺は親も来ないと思うし、ほとんど変わんないかな」
「届はいいなー、一人で自由に……いや、何でもない」
「なんで最後まで言わないんだよ?」
紡希は何故か知らぬ顔をしており、口を割ろうとしていなかった。
ほとんど変わらない、というよりは、白花の予定次第で退屈ではないだけだ。
気づけば、叶夢はこちらの事情をそっちのけで、白花の方へと視線を移していた。
「きよりんは、冬休みに両親が来たって言ってたし、暇になる感じかな?」
「特にやる事、と言っても勉強か本を読むくらいですし、暇ではありますね」
「春休みは暇なのに、夏休み限定で実家に帰るのは大変だねー」
夏休み限定という言葉に、届は引っかかるような思いが出来ていた。
白花に関して知らないことが多いため気になる、というのもあるが、夏に限定されているのが更に好奇心を刺激してくるようだ。
白花の両親にお誘いは受けているものの、白花がいつ実家に帰省するのか知らなかったのもあるだろう。
詮索する気はなかったが、届は首をかしげながら白花に訪ねていた。
「何かあるのか?」
「えっと、ですね……八月の初旬は一緒に過ごしてほしい、とお願いされているだけですよ」
「大変そうだな」
「両親が近くても面倒だけど、離れていたらいたらで、心配されるもんなんだな」
「きよりんは、望月君をお持ち帰りするの?」
「か、叶夢さん、な、何を言っているのですか!?」
叶夢の茶化しとも思える発言を本気で受け取ったのか、白花は慌てたように手を振って否定していた。
届としても、変に心を読まれているのか、と思えて苦笑するしかなかった。
白花から「望月君も止めてくださいよ……」と何故か呆れられている。
(……春休みは暇なのか)
白花の呆れもむなしく、悩んでいる届の耳にはほとんど聞こえていなかった。
そんな悩みを振り払うかのように、白花が目の前で手を振ってくれたおかげか、届は自分だけの空間に居たことに気づく。
紡希と叶夢の春休みの予定を聞いた後、休み明けに元気で会おう、と四人は約束するのだった。