51:大切な日まで
ホワイトデーの翌日、体育の時間の際、いつもの場所で紡希と叶夢と共に全体を見ていた。
朝登校した時は、こちらの変化に紡希が気づいてきた為、些かいたたまれない雰囲気になったが、時間の経過と共に落ちついている。
それでも、色々と交じり合った感情をしたこともあり、叶夢と偶然近くに居た白花に心配されたほどだ。
申し子から出来るだけ意識を割いているつもりが、ちらちらと視線がいってしまう。
ふとため息をつけば、紡希が口許を手で隠しながら、細くなったような視線をぶつけてきている。
叶夢に至っては、紡希に対して届が鋭い視線をぶつけ返したのもあり「まあまあ」と宥めている程だ。
「望月君はきよりんへのプレゼント、反応どうだったの?」
「……よかった」
「へー、届がそういうってことは、良かったってことだな」
跳ねたような言い方をする紡希に、すかさず横腹を拳で押し込んでおいた。
白花の反応が良かったのは事実である。また、溺愛している者の笑顔が見られたため、どうにも言葉が詰まってしまう。
自分だけの秘密にしたい、誰かに触れさせたくない、二度とあの時の表情を見たくない、と言ったエゴから来る感情に飲まれそうだ。
紡希が「あ、ああ」と壊れた機械のような声を出したところで、届は押し込んでいた拳を止めた。
一種の悪ふざけであろうと、身内にも厳しく、という感じだ。無論、紡希も承知の上である。
「きよりんがプレゼントで喜ぶってレアだよ? 望月君の思いがきよりんにしっかりと届いている、ってことじゃないのかな?」
「俺の、思いが……?」
彼女から唐突に告げられた言葉に、届は思わず首をかしげ、口がふさがりを見せない。
白花には届けたい思いがある、としても、自分と釣り合うはずなく、一緒に居られる時間で精一杯だろうと思っている方だ。
二人が後押しをしてくれているのに、殻の中に籠る自分は何なんだ、という葛藤が湧いてもいる。
「届さ――自分では理解できてないみたいだから言うけどよ……星元さんの事で悩んでいる時のお前はさ、何よりも笑顔で輝いているんだぜ?」
「というか、そこまで悩んでなかったら、私達に相談してこなかったでしょ?」
まるで今の自分の心を見え透いているような二人は、こちらからの言葉は必要ないのだろう。
ボールの跳ねる音や、バドミントンのシャトルの落ちる音が、静かにも響いてくる。
届が複雑な感情を表に出せば、紡希は手を肩に置いてきた。また、叶夢がサラッと前の方に回っている。
「届も星元さんと関わって、丸くなるよりも素直になったな」
「俺は忌み子だ……素直なわけがないだろ」
「きよりんに対して一つの希望を届けているわけだし、自分は忌み子だって卑下する必要は無いよ」
励ましの言葉をかけてくれる二人に、届は思わず涙腺が緩みそうになっていた。
そんな自分を誤魔化すようにして、ゆっくりと首を振っておく。
「……ありがとう」
「はは、届が大澤さんに丸められてらぁ」
「時田君、流石に不味いと思うよ?」
「大丈夫だろ! な、届?」
紡希の言葉をよそに、届は足元の近くに転がっていたボールを、膝をたたんだ姿勢から手に取る。
そして、ただ丸いボールをじっと見つめた。
流石の紡希も何かを察したように、慌てた様子で手を振って制止をかけてきている。
叶夢が隣で苦笑している辺り、止める気はないのだろう。
届は両手で持っていたボールを片手に移し、落とさないようにして紡希の方を見つめる。
「ボールぶつけるぞ?」
「あはは、めんごめん――こわぁ……すんませんした」
片手の勢いだけで投げたボールは、へらへらした様子で謝る紡希の横を突き抜け、近くの壁にぶつかり重たい音を響かせた。
謝る紡希に苦笑しつつ「こっちこそ」と言って届はそっと白花の方に視線を向ける。
その時に叶夢から「きよりんに夢中だね」と小さく囁かれるのだった。
学校が終わり、白花と共に帰宅した届は、夜ご飯の準備を終わらせたところだ。
白花が相変わらず、と言ってもいい程の準備周到さを見せ、普段の食べる時間まで余裕が出来ている。また、今日は鍋なのもあり、届は表情を緩ませずにはいられなかった。
白花から「楽しみそうですね」と言われ、お前の料理が好きだからな、と思わず答えてしまうくらいに。
ソファに座っていれば、目の前のテーブルにマグカップが音を立てずに置かれる。
ふと視線を移せば、白花が笑みを浮かべて隣に腰をかけていた。
「あの……」
「どうした?」
「体育の時間に何を話されていたのですか?」
「あー、ネックレスを買ったショップを大澤さんに聞いてたからさ、その件で詮索されてたんだよ」
そう言えば、白花は「ああ」と納得したように声を漏らしていた。
「言われてみれば、望月君だと行かなそうなお店の物でしたよね」
「まあ、そういう事だ」
納得のされかたに不満はあるが、苦笑して誤魔化しておいた。
気づけば白花の為を思い、街中を歩み、探し回っているのも事実だから。
たった一つの、身近にいる人を大切にして笑顔を見たい、というエゴのままに。
今までの自分では考えられない行動に、届は小さく笑みをこぼしていた。
物と物の当たる音が響いた時、はっと意識を現世に戻す。
音の方を見れば、白花がマグカップを手に取りこちらへと差し出してきていた。先ほどの音の正体は、白花がマグカップを取った際に、入っていたスプーンが縁に当たった音らしい。
届は「ありがとう」といい、白花の手から静かにマグカップを受け取り、静かに口に含む。
届好みの味わいのコーヒーとなっており、そっと頬を緩ませた。
視線を白花の方に戻した時、ふとあるところに目線がいく。
「今日はネックレス、付けてないんだな」
「え、あ……」
「す、すまん……付けててほしいとかじゃなく、気になっただけだ」
白花は輝くような瞳を揺らし、胸に手を当てていた。
また、上目遣いでこちらを見てくるため、届としては心臓の鼓動が鳴りを潜めていない。
無言の空間が続き、息の吸い方すらも忘れさせてくる程だ。
「……傷がつかないように大事にしたいですし、大切な日にいつでも付けられるようにしたいですから」
「……嬉しいよ」
笑みを浮かべる白花の表情は、見ていて焼けそうになる。
大切な日、と言ってくれた真理は不明だが、その大切な日が自分だったら、と思えてしまう。
白花がネックレスを大事にしてくれて嬉しい、という事実だけが今の心を静かに満たしている。
忌み子と呼ばれていた、乾いていた世界の全てを潤すように。
「もう一度感謝させてください――ありがとうございます」
「……感謝するのは俺の方だ、ありがとうな」
感謝の言葉は、カーテンの隙間から差し込むオレンジ色の光と共に、空間に想いを満たしていくのだった。
この後、二人の夜ご飯の会話は、温かい食べ物を包み込んでいた。