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50:ホワイトデーに花を添えて

 ホワイトデー当日、届はそわそわした気持ちが落ちつかず、息を整えながら自室の鏡と向き合っていた。

 見よう見まねではあるものの、正月に紅葉がしてくれたような髪型に、自分なりに近づけたところだ。


 椅子から立ち上がる際に、近くに置いてある紙袋を手に持つ。この紙袋は、叶夢に教えてもらったアクセサリーショップで買った、白花に送るプレゼントが入っている。


 叶夢からバレンタインにチョコを貰ったのもあり、対価として期間限定パフェを奢っているが、一人で行きづらかったことを含めれば安いものだろう。


 肝心な白花に関しては、待っていてほしいと頼んで、夜ご飯を作る前にソファで待ってもらっている。

 多分、今日に限っても変わった様子を見せなかった為、ホワイトデーであることを忘れている可能性が高い。


 どちらかと言えば、届の方が落ちつかない様子で不自然だったと言える。


 一歩を踏み出す度になる床の空白のような音が、今だけは鮮明に聞こえ、心臓の鼓動を加速させているようだ。


「……今まで通り、あいつに普通に渡すだけだ」


 自分に言い聞かせるように言葉を口にして、届はそっとドアノブを手に取る。

 変に意識し続けている気持ちを抑えながら、自室のドアを開け、リビングの方に出た。


 白花はドアの開く音に気が付いたのか、すぐさまこちらの方に振り向いてくる。


 白花の表情は驚いた様子で、遠目からでもわかるほど白い頬に赤みを帯びさせていた。

 そして、静かにソファから立ち上がり、ゆっくりと近寄ってくる。


「望月君……その髪型、どうしたのですか?」

「やっぱり、変だったか?」


 白花は慌てたように手を振り「変じゃないですから」と視線を逸らして言っていた。


「いつもは適当なのに、珍しいな、って思って」

「あー、今日はホワイトデーだし、ちゃんとお前の目を見て渡したいと思ったんだよ」

「ホワイトデー……ああ」

「だから、今は受け入れてくれ。ほら、お返しのこれ渡すから」


 白花が追跡を入れる前に、届は手に持っていた紙袋を白花に手渡した。

 やはりというか、彼女は今日がホワイトデーであったことを忘れていたらしく、思い出したように納得している。


 小さな手が紙袋を受け取った後、お互いにソファの方へと向かった。

 隣で歩く彼女の明るいブラウン色の瞳は、嬉しそうな笑みと共に輝いている。また、それが今の届にとっての毒である、と彼女は理解していないのだろう。


 お互いにソファに座れば、白花は紙袋の中身を見て、赤いリボンで結ばれた緑色の箱を取り出していた。


 アクセサリーショップにあった、プレゼントにオススメの箱から選んだものだが、中身の価値とは釣り合っていないだろう。

 箱を手に取った白花は、上目遣いのような瞳でこちらを見てくる。


「開けてもいいですか?」

「ああ」


 届がうなずけば、白花は赤いリボンに手をかけ、綺麗にほどいていく。そして、リボンのほどかれた箱の蓋を開ける。

 白花が「きれい」と言いながら、中に入っていた物を手に取った。


 中には、蝶がモチーフのシルバーネックレスが入っている。

 白花がシンプルな服装を着ている事や、あまり派手な物は好まないだろう、という届独自の判断で選んだものだ。


 蝶の羽はピンク色のクリスタルで作られており、きらきらとした様な輝きを放ちつつも、遜色ながら温かな見た目でおさまっている。


 白花は笑みを浮かべながら、手の上に蝶のネックレスを置いて見ていた。


「……趣味に合わなかったか?」

「いえ、すごく嬉しいです」

「そうか、なら良かった」

「大切にします」


 そう言って、白花は目をつむり、蝶を両手で包み込むようにして胸に近づけていた。


(……見なきゃよかった)


 白花の温かな仕草は、とても輝くように可愛く見せられ、今の届の心臓の鼓動を静かに速めてきている。

 手を伸ばし、彼女の頭を撫でたいと思わせるほどに。


 付き合っていない者同士だ、と届は自分に言い聞かせ、収まりを見せない手を握る。


 白花の喜ぶ顔が見られた、ということだけでも、今の届からしてみれば宝石を見ているのと同等以上の価値があった。

 白花に喜んでもらうために選んだ、という目標を達成できたのだから。


 ふと気づけば、白花がこちらに視線を向けてきていた。また、目の前に差し出された手にはネックレスが置いてある。


「あの……わがままを言っているようで言い難いのですが、良ければ、望月君の手で付けてくれませんか?」

「俺でいいのか?」

「望月君だから、です」

「――仰せの通りに……いや、希望のままに」


 そう言って、届は白花の手から優しくネックレスを手に取る。

 届は不慣れな手つきながらも、白花の首にネックレスの両端を回した。また、その様子を見ていた白花が小さく微笑んでいた為、届はむず痒さを感じている。


 白花にネックレスを付け終わり、手を離せば、神々しい程の輝きが目を差す。


(……言葉を失う、ってこういう事を言うんだな)


 現在の白花の服装は黒をベースとした、大人らしさのあるシンプルな服装となっているが、付けるものすら拒否を選ばないのだろう。


 ピンクのクリスタルも不自然がないと言えるくらい白花に溶けこんでおり、そっと胸に手を当てている白花は、天使そのものとすら錯覚させてくる。

 蝶のネックレスを揺らし、優しく柔らかな笑みを宿す白花は、届からしてみれば見て余るほど目の毒だった。


「……似合っているよ。お前に選んでよかった」

「望月君、私の為に選んでいただきありがとうございます」

「お前の喜んでいる顔が見れて、その……よかった」

「望月君が選んでくれるものでしたら、私は何でも嬉しいですから」

「おま、そうやって簡単に言うなよ」

「え、なぜですか?」

「馬鹿、なんでもだ」


 もう、と言いながらも笑みを浮かべてくる白花に、届はたまらず目を逸らした。

 届が目を逸らした時、白花は他に気づいたようで、紙袋が音を立てる。

 ある一枚の紙を取りだし「これは」と小さく口を開け、静かに届の方へと振り向く。


「ああ、今日は俺が手紙を渡す日じゃないから……おまけだ」

「手紙がおまけ、って望月君らしいですね」

「俺らしくはないだろ」


 白花が「手紙を始めさせたのは私ですもんね」と言いながら手紙を開くため、いつも通りの白花に届は苦笑するしかなかった。


 手紙には、ネックレスを選んだ理由や、彼女に普段は言えない日頃の恩を込めた言葉を綴って書いてある。

 数分後、白花は手紙を読み終わったらしく、静かに閉じていた。


「懸命に悩んで選び抜いたこのネックレス、私は好きですよ」

「……それならよかった」


 届は安堵しつつ、白花に笑顔を向ける。

 白花は笑顔が眩しかったのか、恥ずかしそうに視線を外していた。


 視線を外しているにもかかわらず、小さな手でネックレスの蝶を包み込んでいるため、気にいってくれているのは間違いないだろう。

 そんな彼女に鼻で小さく笑い、届はソファを揺らさないようにして立ち上がる。


「お前の笑顔も見れたし、夜ご飯の準備をするか」

「あっさりと本音を言いますね」


 白花に「なんのことだか」と言って、届は上機嫌そうにキッチンの方へと向かう。


「……こんな私も、蛹から綺麗に羽化しなければいけない――そんな時期が近づいているのですね」


 白花が小さく呟いた言葉に、届はついぞ気づかなかった。

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