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48:申し子にお返しをしたい

「ホワイトデーのお返し、何がいい?」


 次の日、夜ご飯の準備が終わり休んでいる時、届は昨日聞きそびれてしまったお返しの件を口にした。

 唐突に聞いたのもあってか、白花は不思議そうに首をかしげている。


 思い出したかのように、はっとしたそぶりを見せ、手に持っていたマグカップを静かにテーブルへと置いた。

 マグカップの水面は揺れ、静かに時の流れを感じさせてくる。


 そして、こちらに向けられた明るいブラウン色の瞳は、透き通るような輝きをしていた。


「……昨日遅くまでいれて、楽しく話せた……私はそれだけで十分ですから」


 白花は口角をふわりとあげ、頭を軽く斜めにして美しくみせてくる。

 あっさりと断りを入れられたのもあって、口を開こうとした時、白花がゆっくりと言葉を続けた。


「それに、今までもたくさんもらっていますから」


 小さく微笑む白花を、今だけは直視したくない、と思えてしまう。

 目を逸らした仕草に対して白花が首をかしげるため、届は静かに呼吸を整える。


「それとこれとは別だろ? 俺もお前からたくさんもらっている……だから、何か返したいんだ」

「じゃあ、そこに置いてある本を取ってください」

「え、いや、そうじゃなく――」

「望月さん、取っていただけますか?」


 白花が指をさす方向、テーブルの片隅に置かれた本を「はいはい」と言って届は手に取り、白花に渡す。

 本は、彼女が届の家に持ち込んでいたものであり、彼女が読んだりするのは何ら問題無い。だが、問題はそこでは無いだろう。


 届としては、返すべきものを形にして返したいため、軽く眉を寄せた。

 本をめくろうとしていた白花は届の変化に気づいたのか、本を太ももの上に置いて、届の方をじっと見つめる。


「正直な話、欲しいものがないだけですよ」

「へー、意外だな? てっきりお前は女子高生だから、可愛い物を集めていたりするのかと思ってた」

「可愛いもの……おもちのキーホルダーとかは集めますが、一人で事足りていますから」


 彼女は物欲が無いというよりは、趣味の範囲をそこまで広げていないのだろう。

 届の家に居る時の白花は、勉強か本を読んだりしかしないため、自ずと納得がいく。

 さらっとお餅の情報を出してくれたが、大晦日に白花がお餅好きなのは理解しており、届としては今更感もある。


 白花本人の好みを聞き出せたら、と思ったが、上手くいかないのは当然だろう。


「そうか……じゃあ、俺が勝手な判断でお前に合いそうな物を探す」

「望月君の判断なら、安心して任せられますね」

「まあ、お前にはちゃんとホワイトデーにお返しをしたいからな」


 言い切れば、白花が嬉しそうにうなずくため、届はどこかむず痒さを感じてしまう。


「楽しみに待っています」

「ああ、ほどほどに期待しててくれ」


 白花は笑みを浮かべ、マグカップを両手で持ち、静かに電気の明かりが灯る天井を見上げている。

 何気ない仕草であるのに、まるで未来を見ているような彼女は、人知れず笑みを振りまく幼気な少女の一人なのだろう。


(可愛いくせに、無駄に可愛すぎんだよな……)


 ふと鼻で笑えば「どうしましたか?」と白花に疑問気に聞かれ、届はどうにか誤魔化すのだった。




 その日の夜、届は紡希とのゲームを終え、他愛もない空白の時間を得ていた。

 紡希との通話を繋いでいるのを良いことに、届は思い出した言葉を静かに口にする。


「紡希、あのさ……」

『届? どうした、そんな縮こまったような感じで?』

「別に……異性にプレゼント、ホワイトデーのお返しは何にしたらいいのかなって」

『お前、わかりやすいな』


 通話越しでも紡希が笑っているとわかり、居たたまれなくなりそうだ。

 こちらが言葉を抑えたのも原因だが、察したような言いぐさはむず痒さがあるだろう。

 ゲームをするために座っていた椅子から届は立ち上がり、音を立てないようにベッドへと体を預け、スマホを仰向けで見上げた。


『届はさ、それって星元さんの事が好きなのか?』

「……好きにならない理由がなくなった」

『Hope The Glow――素直になったな』


 紡希が真面目に話していると違和感を覚えるが、素直になっているのは事実だ。また、なぜ発音よく英語を喋ったのか不思議でならない。

 英語の意味は理解できたとしても、今の自分にふさわしい言葉かと聞かれれば、限りなく否だろう。


 紡希に褒められるのが嫌、という訳でもないため素直に受け入れておく。


 届は仰向けになっていた姿勢を崩し、手を枕の方に伸ばし、スマホの画面を眺める。


『お返しかー……俺は彼女の好きな物を知ってるからこそ簡単に返せるけどさ、届は星元さんが好きな物は知っているのかよ?』

「いや、聞いたんだけどさ……」


 紡希に対して、白花と話した欲しい物についての情報を届は説明した。

 彼女の尊厳も考慮して、お餅が好きである、というのは隠ぺいしてある。

 白花と過ごして約四カ月程度だが、改めて言葉にしてみれば、お互いの事をあまり知れていない事実に届はため息をつきそうになった。


 それでもため息を出さないのは、画面の向こう側に居る紡希が真剣に悩み、小さく「うーん」と言っているからだ。

 他人である自分の事で真剣に悩んでくれる、という証明が届は心から嬉しかった。


(……あいつは本当に、何を好むんだ)


 今までなら貰うことや、他人に物をあげたりすることがなかった為、思わぬ痛手になっているのだろうか。

 白花の喜ぶ顔が見たい、という微かな希望の願いが、今の原動力になっているのかもしれない。


 届が少し首をかしげそうになった時、スマホから『あ!』と思い出したかのような声が聞こえてくる。


『届、頼れそうな逸材を誘ってみるから待っててくれないか?』

「え、ああ、別にいいが……どうした?」

『このグループに入れていいよな!』

「いや、だから説明を――」

『じゃ、聞いてくるからちょっと待っててくれ』


 そう言って、紡希のアイコンは通話ルームから消えていた。

 一方的にペースを渡してしまったのはこちらであるが、紡希が誰を誘う気なのか不安に思える。


 言いようからして、紡希の彼女ではないと思われるが、マシな逸材であることを願いたいものだろう。また、時間が二十三時過ぎになっているのもあり、呼ばれる逸材には大変申し訳ない気持ちが静かに積もる。


(……てか、いつまで待てばいいんだ?)


 数分ほど経った時、通話のルームに入室の音と共に、紡希のアイコンが再度姿を見せる。


『届おまたせー! 一時間くらいなら、ってことで呼べたぜ!』

「申し訳ないし、誰かは知らないが謝るか」

『あー、謝る必要は無いぜ? お前も知っている奴だからな』

「知っている奴?」


 疑問気に思っていれば、通話欄にふわりとしたアイコンと共に『Kanon』というハンドルネーム、というよりも知っている名前が映る。

 そして、マイクのミュートが解除され、彼女の声が加わりだした。

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