45:二月、バレンタインの予定
四人で絡むようになったが、変化と言っても、叶夢が白花を会話に混ぜやすくなったくらいだろう。
白花との距離感が縮まったような感じはあるものの、学校での関係が変わるまでは至っていない。
申し子と忌み子……表裏一体の印象は変わっていないのだから。
白花がある意味加わってから、一月も終わりを迎えようとしていた。
「届はさ、二月に予定とかあるのか?」
届は今、紡希とお昼の休憩時間中に雑談している。
紡希は椅子の背もたれを掴みながら、こちらの机にもたれかかるようにして聞いてきていた。
変に距離が近いのはどうかと思うが、それが紡希らしいのだろう。
「二月か……特にないかな」
「へー」
「……なんだよ」
紡希は若干にやけたような表情で、含みのあるような声で相槌を打ってきたのだ。
二月の予定が無いのは事実であり、届に入っている方が珍しい話だろう。
この学校は二月に予定が特にあるわけもなく、いつも通りに過ごす予定である届からしてみれば、当然の返答と言える。
それでも、紡希が不思議そうにしている辺り、何かあるとは言えるだろう。
「届。二月と言えば、バレンタインだろ! ぼっちである男であろうと、もしかしたらあの子に気に居られているかも……という哀れな期待を背負う愛の日! 俺は興味無いですよ、と言っておきながら、裏では貰っている男子諸君もいる伝説になる日だぞ!?」
「紡希……今は一月で、雪が溶けるような日じゃないぞ?」
「届、俺らの住んでいる県は雪なんて滅多に降らない――お前が一番よく知っているだろ?」
変にボケで返され、届は苦笑しながら軽く肩を落とした。
クリスマスの時もそうだが、紡希が季節の行事関連で熱くなる、という事には慣れた方が良いのだろう。
また、密かに期待を背負っていた男子が近くで数名聞いていたらしく、分かりやすい程にまで肩を落としてうなだれている。
不明確な期待は背負うだけでも心に痛みを負うことがある為、紡希の言葉は深く突き刺さったのだろう。
(雪というか、風花率が高いもんな……風花か)
届は紡希に「知っている」とだけ返し、あることを思い出した。
今では頼れる相手として受け入れている存在――星元白花との出会いは風花が降る時だったな、と。
今もこうして幸せに生活を送れるようになったのも、白花のおかげなのだから。
届は自分で思い出した事に苦笑し、紡希の方に目をやった。
「お、届……なんか嬉しそうだな」
「別に。で、お前はチョコを貰う予定があるんだろ?」
「当たり前だな。俺には一途の彼女がくれる、と事前に言われているからな」
「相変わらず話が早いな」
紡希がバレンタインの話を持ちかけてきた時点で想像できていたが、正々堂々と言えるのは流石だろう。
予定が入っているのは大変そうだな、と思う反面、彼女一途の紡希らしいとも言える。
バレンタインの行事を忘れていた届からしてみれば、素直に心の中で褒めるしかなかった。
へー、といった感じで紡希を見ていれば、紡希が不思議そうにこちらを見てきた。
「そういや、届はあの方から貰う予定はあるのか?」
「……は?」
手で隠すようにして小声で言われた言葉に、届は困惑しかなかった。
紡希は察したかのように、話している少女たちの方を小さく指で示してきている。
紡希が示した方向には、叶夢と楽しそうに話している白花の姿があった。
「はあ……貰う気もなければ、貰えると思ってないな」
「お前、貰う気が無い、って言ってるけどさ……貰えたら貰うんだろ?」
「不確定事項を希望にするほど暇じゃない」
「お前らしいな」
紡希の納得の仕方に違和感があるものの、届は苦笑して誤魔化すしかなかった。
紡希を視線から外し、再度届は白花の方を見た。
白花は申し子でありながら、ほとんど話していなかった叶夢と話しているのもあってか、周囲から不思議そうに思われている。
白花と叶夢が中学生の頃まで一緒だった、という情報は現時点で届と紡希しか知らないのもあり、仕方ない事だろう。
その時、紡希は小さく指を鳴らした。
「まあ、あの方は警戒心高そうだよな」
「そうか?」
「お前、気づいてなかったのかよ……むしろ、届には警戒心が無いようにしか見えないのが不思議だわ」
白花は、確かに紡希やそのほかの人に警戒心は高い方だ。
届がなぜ含まれていない、と紡希に思われているのかは不思議だが、白花に警戒はされているだろう。
「いや、あいつ警戒心あるぞ? 下手に手を出せば、どうなるかわかったもんじゃないし」
「……信用したいんだけどさ、お前らの距離感がおかしいように見えて……当てにならないんだよな」
苦笑する紡希に、届は首をかしげるしかなかった。
現に白花からは『双方問題ないですよね』と言った理由で、初めて家に上がられたのだから。
信用性を買ってもらえているのなら良いが、いつまで保つのかは不明なのだ。
「話変わるんだけどさ……届は、彼女から思いを……存在証明をされたらどうするつもりだ?」
紡希から言われた言葉に、届は戸惑ったように顔を引きらせつつ、静かに鼻で笑った。
「存在証明か……希望を知り、絶望を知り、お互いに許せる相手だと思えたのなら――俺は誓う気だ」
「お前、届らしいな」
「馬鹿。言い換えるなよ、気持ち悪いだろ」
「素直だな」
「うるせえ」
紡希はなんだかんだ言って頼れる信頼相手であるからこそ、今を楽しませてもらえているのだろう。
お互いの愛言葉である『存在証明』の意味が叶うのであれば、手を伸ばしたいと思っている。
言葉を訂正された恥ずかしさを隠すようにして、届は紡希を軽くはたいた後、白花たちの方を見た。
二つの希望が微笑む姿は、見ているだけで心が温まりそうだ。
「届、楽しそうだな」
「そうだな」
紡希の言う『楽しそうだな』は色々な意味が含まれているかも知れないが、今だけは静かに流しておく。
一瞬下にやった視線を白花の方に戻せば、丁度目が合った気がして、届は焦って視線を逸らした。
その後、叶夢が白花を引き連れてきた為、届はいたたまれなくなりそうだった。