44:本当は秘密にしたかった
夜ご飯を食べ終えた後、お互いソファに座っていた。
新学期明けで紡希に関係を明かした、という気持ちが残っているせいか、届は気持ちがもやもやしている。
「どうかしましたか?」
「え、ああ……」
隣で本を読んでいた白花は、届の表情に気づいたのか、心配そうに尋ねてきた。
暗くしているつもりは無かったが、表情に出てしまっていたのだろう。
じっと見てくる白花に、仕方ないよな、と思いながら届は口を開いた。
「本当に、話しても良かったのか?」
「ああ、そういうことですか」
白花は理解したようで、読んでいた本を静かに閉じ、テーブルの上に置いていた。
教室では白花の言葉に納得はしたものの、心の何処かでは詰まっている。
明かすべきだったとしても、もう少し後でもよかったと思っている程だ。
お互いの関係を考えれば、紡希に話した方が動きやすくなり、頼りやすくなるのも事実ではある。
些細なことで落ち込んでいる心の醜さに、届は小さくため息を吐いた。
「……遅かれ早かれ、時田さんには話すべきでしたから」
「まあ、そうだけどさ」
「帰りの電車だって一緒ですし、未だにバレていなかったのが奇跡に近いものでしょう」
彼女の言っていることはごもっともだ。
紡希も白花が一緒の電車であると理解しており、少し前に『家の方向同じか?』と聞かれたほどなのだから。
白花は軽くため息をつき、話を続けた。
「いつまでも隠し通せるはずがありませんし、とやかく言われる前に明かして正解でしたでしょうに」
「まあ、ファミレスでうるさい程の質問攻めにあったもんな」
お昼を食べる際に紡希から、一緒に住んでいるのか、申し子の料理は美味しいのか、という質問攻めを受けてお互いに疲弊したくらいだ。
白花は紡希の前だと申し子の仮面を被ってはいるものの、慣れない相手は流石に疲れるのだろう。
届が止めなければ、紡希は下手すればずっと質問を続けたのかもしれない。
「でもまあ、時田さんに危険性が無くてよかったです」
「……なんかあったら、俺に言ってくれ」
「大丈夫だと思いますよ? 本人は学校でおもむろに絡む気はない、とバッサリ言い切っていましたし」
「まあ、あいつ……一途の彼女がいるもんな」
「のわりには女の子を眺めていますよね」
「あいつだからな」
紡希に危険性はないものの、時折果実を眺める、という異端行為に走ることがある。だからこそ、届は紡希を家に招き入れたくないのだ。
手を出す、という行為に至らないだけマシと言えるだろう。
届としても、紡希が誰彼構わず手を出して入れば、今頃付き合いは無くなっていたはずだ。
こちらが信頼を置いているからこそ、白花も行動に移そうと思ったのかも知れない。
「それより思ったんだけどさ……」
「なんでしょうか?」
「写真だけは見せるなよ」
届が呆れたように言えば、白花は慌てたように手を振って顔を赤くしていた。
白花はいつの間にか、正月の姿が写った写真を持っており、それを叶夢と紡希に見せたのだ。
二人からはお褒めの言葉を頂いたものの、勝手に見せられて嬉しいものではないだろう。
おかげで紡希から『今度髪型弄らせてくれ』と謎の予約を入れられている。
「……かっこよかったですし、いいじゃないですか。叶夢さんも褒めていましたし」
「まあ、そうだけどさ。というか、いつ撮ったんだよ、あれ?」
白花が持っていた写真は、届の家で撮られたものであるが、いつ撮っていたのか不明である。
白花と二人きりになる瞬間はあったが、その場面が撮られていたのだから。
「えっと、お母様が部屋を出る前に撮ったらしくて……」
「それでお前に横流しされて保存されていると?」
「そうです。……駄目、でしたか」
「え、いや、駄目という訳じゃ」
白花がうるりとしたような瞳で、寂しげな声で言ってくるため、どうしても尻込みしてしまう。
彼女は多分、こちらの心を軽く揺さぶってきているのかもしれない。
写真に関して制限を一切設けていない。むしろ届は、彼女から頂いた写真を今でも大事に飾っているのだから。
届はどうすべきかと悩んだ末、一つの答えを導き出した。
「俺にその写真を送ってくれないか?」
「え、別に構いませんが……急ですね」
「俺が写ってるんだ、俺にも持つ権利はあるだろ?」
「確かにそうですね」
あっさりと納得した白花は、慣れた手つきでスマホを操作して写真を送ってきた。
いつもと違う自分の姿が写っており、届は少しむず痒さがあるものの、写真フォルダにこっそり保存した。
届が小さく鼻を鳴らしたせいか、白花は嬉しそうに笑みを宿している。
(……こいつもだいぶ笑顔が増えたよな)
それから白花と少し話していれば、最初の話へと戻ってきていた。
「これで少しは楽になりますね」
「……まあ、そうだよな」
紡希に白花の件で相談できるのは楽だが、問題はそこにあるわけではない。
少し暗い声で返答してしまったせいか「大丈夫ですか」と白花から声がかかる。
逸らしていた視線を白花に戻せば、心配そうな瞳でこちらを見てきていた。
両手を胸の中心に重ねているのを見るに、相当心配させてしまったのだろう。
彼女の優しさに付け入ろうとしたわけではないが、不安を積もらせたのはこちらの責任だ。
嘘をつくのが嫌いな届は、呟くように思いをこぼした。
「……もう少し、秘密にしたかった」
そう言うと、白花は驚いたように目を丸くしていた。
そして、すぐに小さな笑みが表情に宿る。
「関係が露わになっただけで、二人の時間は秘密のままですから。……この先も、ずっと」
恥ずかしそうに言う白花の言葉には、どこか命が宿っているようだった。
お互いに関わっている、というのは明かしたものの、こうして二人で話す時間や手紙の
やり取りは秘密のままだ。
お互いの秘密に花が咲いたわけではなく、与えられる水が増えただけと言える。
「確かにそうだよな……ありがとう」
「この先がどうなるのか、楽しみですね」
頬を赤らめて言う白花に、届はどこか恥ずかしさがあった。