43:申し子の噂と繋がり
冬休みが終わり、新学期が始まろうとしていた。
それぞれが思い思いの冬休みを過ごしたようで、廊下で浮かれて話すものや、友達との再会を喜ぶものなど様々だ。
届は教室に向かっている最中、紡希から「何かいいことがあったのか?」と詮索されていた。
正月に送ったメッセージと、届の少し変わった雰囲気を察知したらしく、紡希は気になったらしい。
適当に誤魔化しつつ教室に向かえば、何やら教室内が騒がしくなっていた。
「今日は一段と騒がしいな、何かあったのか?」
「うるさいのはいつもだろ」
苦笑する紡希を横目に、届は自分の席に着いた。
教室内の騒がしい中心に目をやれば、申し子が困惑しつつも、笑顔で凛と席に座っている。
ふと気づけば、紡希がこちらに近づいてきていた。
「噂の発生源、申し子みたいだな」
「紡希は興味なさそうだな」
「まー、嫌でも聞こえてくるからな。それよりも俺は、お前の気になる人が気になるんだが?」
紡希が真剣にこちらを見てきていれば、おとなしい声が世界に光を射してくる。
「あけおめー」
「大澤さん、あけましておめでとう」
「あけおめ!」
「時田君は相変わらず元気だね。それよりも聞いた? 申し子様がショッピングモールで見知らぬ男と歩いていた噂」
それを聞いた紡希は、興味深そうに叶夢へと食いついていた。
届は思わずため息をつきそうになる。
二人の会話から聞こえてくる情報によると、爽やかな雰囲気を持った青年で、申し子と手を繋いでいるところを目撃した者が居るらしい。
顔ぶりや雰囲気からして、他校のものでは無いか、と推測されているようだ。
届がその男、という点でバレていないだけ、安息が訪れていると言えるだろう。
「……望月君は興味なさそうだね?」
「まあ、興味無いからな」
叶夢がニヤリとした視線を向けてくるあたり、届ではないか、という確信を持っているのだろう。
叶夢の視線に呆れていれば、紡希がじっと見てきていた。
そして、手を出してきたかと思えば、前髪を避けてくる。
「届か?」
「……そんなわけないだろ」
「言い淀んでおりますよ、お兄さん」
「望月君、前髪に瞳が隠れていて知らなかったけど、爽やかな感じがあるね」
叶夢が余計な言葉を言ってくれたおかげか、紡希が眉を寄せてじっと見つめてくる。
そんな紡希を躱すように、届は紡希の手をどけて、前髪を元に戻した。
申し子と一緒に居たのが届、という判断に紡希がなぜ至ったのかは謎だが、詮索はしないで欲しいものだ。
多分、叶夢の一言で思い出したように行動をしたため、確信があったのだろう。
「じゃあ、後で家に行かせてくれ」
「嫌だ」
「やましくなきゃ平気だろ!」
「面倒だからだよ!」
仮に家に来られでもすれば、白花に先に伝えておかなければいけないのと、もしぱったりと会えば、些か紛らわしくはなるだろう。
こちらに不純な動機が無いにせよ、広めたいと思うわけがない。
「大変そうだね」
「大澤さん、見てないで紡希を止めてくれよ……」
彼女が軽く笑って見ているあたり、紡希を一緒に止めてくれる気は無いのだろう。
届はそんな叶夢と紡希に呆れながら、朝のホームルームまでを耐えしのいだ。
放課後となり、届は紡希に引き留められ、教室で軽く話していた。
新学期という事もあり、お昼前には授業が終わり早めの解散となっている。
本来であればそそくさと駅に向かっているが、今の紡希はどこか違った。
話している感じは普段と遜色なく見え、何かを求めている、というわけではないだろう。
ふと気づけば、教室内には届と紡希、白花と叶夢だけが残っていた。
(……嘘だよな)
ちょうど目線があった白花は、申し訳なさそうにこちらを見ている。
紡希と叶夢が動じていないのを見るに、二人して企んでいたのだろう。
そもそも、紡希が不自然に話しかけてきた時点で察するべきだったのかも知れない。
届が苦笑していれば、叶夢は白花を引き連れて近づいてきていた。
「時田君が気になっていた通り、二人は関係者だよ」
「え、じゃあ、朝噂になっていた男って!?」
「それは私も知らないかな……あ、望月君はきよりんから話を聞いててもいいよ。私が時田君には説明するから」
状況に困惑していれば、白花が小さく手招きをしていた。
彼女は凛としており、動揺した様子を見せていない。
紡希と叶夢から少し距離を取ってから、白花は口を開いた。
「……叶夢さんと相談して、時田さんに明かすことにしました」
「それはまた唐突だな」
「これ以上邪推されるよりも、明かした方が被害はない、と思ったうえでの判断です」
「そうだったのか」
「あの、望月君に相談せず、勝手に明かしてごめんなさい」
頭を下げる白花に、届は心苦しかった。
それは、自分のエゴで紡希に秘密にしていた、という事実から彼女を追いつめていたのだから。
いずれ明かす予定だったにせよ、問題はそこでは無かったはずだ。
白花が叶夢にだけ許したように、紡希という大切な話し相手に明かす、という手段もあったはずだろう。
ふと気づけば、白花が頭を上げ、明るいブラウン色の瞳で真剣にこちらを見てきていた。
瞳に反射する姿が、今を見ているようだ。
「いや、俺もすまなかった」
「……え?」
「いや、ほら、俺も一人で抱え込んでたから……お前が行動してくれてよかったよ」
「ふふ、お互い様、ですね」
小さく微笑む白花に、軽くうなずいておいた。
白花との話が終われば、紡希も叶夢と話終わったらしく、こちらに近づいてきていた。
「届……」
「紡希、黙っていてすま――」
「なんで早く話してくれなかったんだよ! 一人でかっこつけすぎだろ……静かに星元さんを見守って、いざとなれば体を張って守るなんてさ」
「あー、時田君、以前きよりんを守ったのは望月君だって知っているもんね」
紡希が力強く肩を掴んでくるため、信念とも言える情熱がひしひしと伝わってきている。
かっこよくしていたつもりが届に無くとも、紡希からすれば十分にかっこよかったのだろう。
卑下することなく、肯定してくる紡希は、届が未だに一人だと思っていたのかも知れない。
届は、大事なものを見失っていたんだな、と心の中でぽつりと呟いた。
「俺は彼女がいるし、二人の恋仲を邪魔する気はないからな!」
「こいつと付き合ってねえから」
「望月君とは危険性が無い、と分かった上で一緒に居るだけですから」
「きよりん、それ本音?」
叶夢が白花を茶化せば、何故か白花は頬を赤くしていた。
「そうだ、改めて自己紹介だな! 俺は時田紡希、そこにいる内心はびっくりするほどの真面目なやつの親友だ!」
「真面目じゃねえから」
「星元白花です。よろしくおねがいします」
「星元さん、こちらこそよろしくな」
「希望枠が二人はまぶしいね」
「ほんと、賑やかしくなりそうだな」
悩んでいた一つの種が開花したことで、届は少し気が楽になっていた。
それでも、白花との関係は秘密にしておきたかった、という思いも残っている。
独占欲が強すぎるわけではないが、二人だけの幸せな時間を、もう少し堪能していたかったからだろう。
そんな自分に届が鼻で笑っていれば、紡希がこっそりと耳打ちしてきた。
「お前が気になってる人って、申し子だったんだなー」
「うるせぇ」
茶化すような紡希の言い方に、届は軽く脛を蹴っておいた。
脛を蹴られたのは流石に痛かったらしく、紡希が呻くように脛を抑えている。
「望月君、暴力はいけませんよ」
「……そうだな」
「はは、きよりんは優しいね。今回は時田君の自業自得だろうし、しょうがない」
その後、叶夢が「四人でお昼を食べよ」と言った為、乗り気の紡希を横目に、届は白花に歩幅を合わせて後をつけるのだった。