41:真面目と鈍感は交わる
服を買い終わった後、届は白花を隣にして、白花の両親の後をついて行っていた。
白花は隣に居るのが気まずいのか、先ほどから落ちつく様子を見せていない。
届は静かにため息をついた。
そして何の躊躇もなく、白花の小さな手を取り、優しく握りしめる。
「い、いきなり何を」
白花は驚いたような表情で、目を丸くしてこちらを見ている。
普通に考えても、今まで触れてこなかった届が白花の手に急に触れたのだから、困惑するのも当然だろう。
目を逸らしそうになっている白花の目をしっかりと見て、届は言葉を口にした。
「お前が迷子になったり、襲われたりしたら俺が困るから。それに、お前を一人にしたくないからな」
「……本当に、優しいですね」
「優しくなんて、あるわけないだろ」
「今はこの手を、静かに受け入れておきます」
そう言う白花に「今はそうしてくれ」と届は返した。
ふと気づけば、白花は柔らかな笑みをこぼしており、直視していれば心が奪われそうだ。
白花の甘い笑みは周りにも有効らしく、行き交う男性の視線すら集め、直視させづらい様な雰囲気を醸し出している。
申し子なのに悪魔的で、周囲を虜にする彼女は美しいにも程があるだろう。
そもそも、彼女が甘い笑みを宿してしまったのは、手を握った届が原因と言える。
付き合ってないにしろ、故意的でない真面目同士の甘み程辛いものはないだろう。
周囲が焼け野原になる前に、届は奪われつつあった意識を戻した。
「なあ……少し、その笑みを止めてくれないか?」
「え、おかしかったですか……?」
「そうじゃなくて……可愛すぎて目のやり場に困るからだよ!」
「え、あ、ごめんなさい」
変に勘違いされ、思わず強く言ってしまったが、事実であるのには変わりない。
白花は自分の笑みの価値に今頃気づいたのか、頬に赤みを帯びさせ、恥ずかしそうに視線を下に向けている。
心臓の高鳴りを静めるように息をしたくとも、体内は熱を冷ますことを知らない。
それでも、白花の小さな手を離さないように、届はしっかりと握っている。
「二人共、こっちよー!」
気づけば、紅葉が先の方で手を振って呼んでいる。
届は白花に視線を移し、お互いにうなずき、白花の手を引きながら蒼真と紅葉の方に近寄った。
二人の方に近寄れば、紅葉が微笑ましいような表情でこちらを見ている。
「あらあら、二人共可愛く手を繋いでいるなんて……隅に置けないわね」
「……うう」
「まあまあ、白花もお年頃なんだし、ほどほどにね。それよりも、二人はアイスでも食べるかい?」
目の前のお店はアイスクリーム専門だったらしく、王道からフレーバーなど、様々な味が色とりどりに並んでいる。
一月の冬ではあるが、火照ったような体を冷ますのには丁度いいだろう。
「私はバニラが良い……望月君はどうしますか?」
「え、じゃあ、俺はチョコでお願いします……」
「分かったわ」
「私達はこの後少し見に行くものがあるから、二人で椅子に座って食べているといいよ」
頼んだアイスクリームを蒼真に手渡され、届は白花と一緒に休憩スペースに向かった。
バニラのアイスを眺めている白花は、笑みを浮かべており、食べるのが楽しみなのだろう。
お互い休憩スペースの席に着き、テーブルの上にアイスの入ったカップを置いた。
バニラとチョコなのもあってか、互いに対をなす色のようで、届はむず痒さを感じてしまう。
白花が笑みを宿しながらスプーンで掬うのを見てから、届も一口分掬う。
(食べるの、久しぶりだな)
チョコアイスを一口口に含めば、濃厚な舌触りと甘みに、とろけた後の香りから来る苦みが美味しさを感じさせてくる。
久しぶりに食べたアイスの味に、届は思わず笑みをこぼしていた。
ふと気づけば、白花がじっとこちらを、というよりもアイスのカップを見てきている。
「食べたいのか?」
「……え?」
「ほら」
迷わず自分のスプーンでアイスを一口掬い、白花の目の前に差し出した。
白花は焦ったように、スプーンを見た後、こちらをチラリと見てくる。
「いいのですか?」
「ああ、嫌だったらやらないだろ」
白花は何か突っかかるような気持ちがあるのか、戸惑った様子で落ち着きを見せない。
数分もすれば、白花は片手で横髪を抑えながら、届から差し出されたスプーンを小さく口に含む。
恥ずかしそうにしてはいるものの、美味しかったようで、柔らかな笑みをこぼしていた。
「お、美味しい、です」
「そうか、ならよかった」
白花の瞳には星が宿っているのではないか、と思えるほど輝いており、よほど美味しかったと窺える。
白花は赤く染まりつつある白い頬を携えながら、自身のアイスをスプーンで一口掬っていた。
そして、目の前に白花の手でバニラのアイスが差し出される。
「私のも……どうぞ」
「え、ありがとう」
「……うう」
白花が頬を完全に赤くして小さく呻く中、届は差し出されたスプーンを口に含んだ。
バニラなのもあってか、優しいまろやかな味わいがあり、口の中で残るチョコの風味を和らげている。
「美味しいな……お前顔赤いけど、どうした?」
「この、鈍感!」
「なんでだよ」
「分かってないから、です。もう」
彼女はごりっぷくの様子で、ふん、と言いながらアイスを再度食べていた。
それでも、赤い頬は静まりを見せていない。
白花がこちらと同じような食べ方をさせてきただけで、俺は何もしていない、という届からしてみれば謎でしかなかった。
白花に思い当たる節があったとしても、こちらにはないのだから。
アイスを口に含んでいれば、蒼真と紅葉が戻ってきているのが見えた。
「二人共、おまたせ」
「あら、白花、何かあったの?」
「望月君に……アイス分けてもらっただけだから」
「俺もアイスを分けてもらっただけです」
「なるほど、気づかないとは面白い子だね」
「お父様、そこで納得しないで」
白花が焦ったように蒼真を見ていれば、紅葉は微笑ましいような視線をこちらに飛ばしてきている。
その後、蒼真から話されたが……白花に気づかぬうちに『あーん』をさせて、させられていたらしく、理解した届が顔を赤くするのだった。
また、白花も隣でその話を聞いており、お互いにぎこちなくなっていた。