04:申し子から送られる慈悲と手紙
届は下りる駅に着いた後、白花を家まで送っていた。
他意があるわけではなく、彼女の安全を保障するためだ。
白花の家は、届の自宅から徒歩数分ほどの場所にある。駅からの道を考えれば届の自宅の方が早いが、問題はそこではないだろう。
自分の不注意で付き合わせている彼女を無事に送り届ける。それが今届に課せられている使命であり、当然の行動だ。
電車内でもだが、彼女の隣で歩いているだけでも、周囲からの視線が痛く感じた。
(本当に、なんでこうなったんだ……)
駅から終始無言のまま、気づけば白花の家前まで着いていた。
「ほら、着いたぞ」
「望月さん、送っていただきありがとうございます」
白花はそう言って、小さく微笑むような笑みをみせた。
見せる相手を間違っている、と自覚していないのだろう。
「じゃっ、俺はここで――」
「ま、待ってください」
「は?」
やっぱりこいつは理解不能だ。と思ってしまうのが届の本音だ。
届としては、白花を無事に家まで送り届ける、という使命を全うしている。
白花は呆れた顔をした届を何とも思わない様子で、凛として見ていた。
「……ですから、待っていてください」
白花は言葉を言い残すと、夕日に照らされた黒い髪をゆらしながら、家の中へと姿を消した。
ドアの閉まる音がしたと同時に「やっぱりあいつは謎だ」と届は言葉を漏らした。
申し子という存在は散々見ていたが、白花という謎行動をする彼女を知らない。
そもそも、なぜいきなり待たされているのか。
本来であれば、白花を家に送って終わりのはずだった。
夜でなくとも、夕日は沈みかけ、世界を暗闇に包もうとしている。
十一月終盤の冷える空気は、撫でた肌に寒さを実感させてくる。
届は白いため息を吐き出し、地に目を向けた。
(帰っていいか?)
その時、音の無い静かな空間に――小さくドアの音が鳴り響く。
顔を上げれば、目の前に明るいブラウン色の瞳が映る。
は、と息を呑みつつも、届は彼女をしっかりと見た。
「あの……よければこれをどうぞ」
届の目の前には、一つのタッパーと風邪薬に、一通の紙が差し出された。
タッパーの中にはぼんやりと、様々な野菜に汁が入っていると認識できる。
「……これは?」
「昨日のマフラーのお礼です」
「別に、気にしなくても良かったのに……」
届はそう言いつつも、タッパーの中身が何かという興味が湧いていた。
「ああ、入っているのは肉じゃがです」
「そうか。で、なんでこれを?」
「帰り道に聞いたでしょ? 食事はどうしているかと。まともに栄養摂取も出来ない食事に、倒れかけたあなたが目に余ったので」
「おまえ、口悪いな」
「あなたに言われたくはありません」
白花と届を比べれば、届の方が口悪いのは事実だ。
白花は引く様子を見せず、届の目を見てタッパーなどを差し出してきている。
お礼をもらうためにやったわけではない届からしてみれば、こちらが間違っているのかと疑問に思えてしまう。
今の届からすれば、栄養を摂取できる貴重な瞬間であり、断りづらいのもまた事実だ。
「……本当にいいのか?」
「先ほどから良いと言っているでしょうに。それに」
「それに?」
「あなたが変な目で見てこないと、確信できましたから」
届は、やっぱりそうだったんだな、と思うと同時に、申し子は見る価値もないからな、という困惑も生んだ。
そう思っても心の中でぐっと抑え、口に出さないようにした。
白花の手からタッパーに風邪薬、一通の紙を受け取る。
「これ、手作りか?」
「手作りですよ。当たり前です」
「……すごいな」
「これくらい一人暮らしをしているのですから当然です。簡単な料理くらいは出来るようにした方が良いですよ?」
「……精進する」
料理を出来ない届にはとても突き刺さる言葉で、少しくらいは頑張ろうと思える後押しだった。
白花から、よくそれで生きてこられましたね、という視線が飛んできて痛く感じる。
補足のように、今渡した薬は食後にちゃんと飲むこと、と指摘を受けた。これは、届の体調不良を心配して渡してくれたらしい。
こんな自分の存在を心配してくれる人が居る。それだけでも、届はどこか嬉しかった。
「最後に一つだけいいか?」
「なんでしょうか」
「……なんで、こんな俺を心配してくれるんだ?」
「細かくは言いませんが、私が勝手にしている、とでも思っておいてください」
届は「そうか」と小さく言葉を漏らした。
聞き終えた届は帰路を辿ろうと、後ろを振り向いた。
「明日明後日は休日ですから、体調管理をしっかりしてくださいね」
「……ああ、分かってる。それじゃあ、今日はありがとう。じゃあな」
「ええ、帰り道お気をつけて」
後ろで小さく手を振って見送る白花に気恥ずかしさを覚え、届は帰路を急いだ。
自宅に戻った届は、テーブルの上に先ほど渡されたタッパーと、白米を用意していた。
また、その隣に置かれた一通の紙が存在感を主張している。
「そういや、これなんだ?」
届はそう呟きながらも、綺麗に折りたたまれた紙を開く。
内容は、昨日のお礼を綴る文章に、マフラーは大事に保管してあると書かれた主の手紙だった。
その時「これは」と声を漏らした。
手紙の一番下の方に小さく、柔らかで綺麗な文字が書かれていた。
『あの雪の中、見つけてくれたのが望月さんでよかったです。もし困っていることがあれば、いつでも相談してくださいね。このような手紙でも、直接でも構いませんから。何気ないやりとりでも大丈夫ですからね。星元白花』
「……この馬鹿」
手紙を本来であれば捨てていたかもしれない。それなのに、気づけば丁寧にケースの中にしまっていた。
(明日便箋でも買って、これ返す時に忍ばせるか)
届はそう思いつつ、箸を手に取り、肉じゃがを口に放り込む。
口の中で柔らかくとろけるじゃがいもに、しっかりとした肉の味付けは、届好みと言えるほど美味しかった。
「あいつ、すげえな」
これを食べられた自分は幸せだな、と思いつつも、しっかりと作れるようにしないとな、という葛藤が押し寄せてくる。
料理も出来るとなれば、逆に何が出来ないのだろうとすら思えてしまう。
彼女は、完璧であるが故の退屈を知っているのかも知れない。
あっさりと食べ終えた届は、白花に言われた通り薬を飲み、お風呂に入ってからベッドに身を預けた。
薬を飲んだせいなのか、体が思うように動かず眠気を誘ってくる。
明日返す時にでも、手紙を渡すか。
届はそう思いつつ、ゆっくりと目を閉じた。