39:申し子とお出かけの装い
「良い感じね。服も届君が持っていたもので済んだから、助かるわ」
「この服を着るの、久しぶりだな……」
「そうなのね! 髪型も含めて全て似合っているから、自信を持っていいわ」
翌日の朝、届は紅葉から、髪型や顔を自室でセットされていた。
服装は届が前々から持っていたものであっさりと決まったが、髪型は紅葉がこんな感じやそんな感じと手を何度も加え、やっと落ち着いたのだ。
髪を弄られていた時間は特に苦も無く、どちらかと言えば紅葉の質問攻めに届は軽く疲弊していた。
(……これが俺か)
現在の届は普段着ることの無い、白のクルーネックにクリーム色のコートを着用し、黒のストレートパンツという、シンプルな雰囲気を持った着こなしになっている。
この服装は届が両親から貰っていたものだが、自分には似合わないから、を理由で敬遠していたものだ。
明るめや派手な色を届が好まないのを知った上で、両親は渡してきたのだろう。センスからして、明らかに由美子が選んでいそうだが、色合いは父親が選んだのかも知れない。
紅葉の手によって届の髪はアイロンやワックスを使われ、見違えるほどに変わっている。
瞳を隠していた前髪は綺麗に仕立て上げられ、日の目を浴びることが無かった瞳は姿を見せた。また、髪をふんわりとした感じにされたことで、ボリューム感が足されて見た目をよくしている。
髪型は一定の原型を保っているが、ほとんどないに近しいだろう。
目の前の鏡には、普段自分を隠していた届の姿はなく、爽やかで明るい感じのある好青年が存在していた。
多分、普段届の事を気にしている紡希ですら、知らない人くらいにはなるだろう。
届としては、ここまでしてくれた紅葉に頭が上がらなくなりそうな気持ちもあり、新鮮な感じもしている。
「その……」
「紅葉、でいいわよ」
「紅葉さん、ありがとうございます」
「素直で良い子ね。白花と蒼真さんも来ているだろうし、早速見せに行きましょうか」
紅葉は届の準備を考えて先に来てくれたが、白花は自宅で服装等を悩んでいたらしい。
時間も程よく使った為、来ていてもおかしくない頃合いなのだろう。
届は紅葉に手を引かれ、自室を後にした。
自室から紅葉と出れば、ドア前で待っていた白花と蒼真の姿が目に映る。
「お待た、せ……」
「望月さん、こちらこそお待たせしま……した」
届は白花を見た瞬間、言葉を失った。また、なぜか白花も言葉が詰まっている。
白花の服装はお出かけという事もあってか、白色の長袖シャツに薄水色のニットスカートという、シンプルながらも可愛らしさのある着こなしをしていた。
そして、首周りに薄水色の丸い付け袖を着けており、灰色の紐で結ばれることによって統一感を生み出している。
足はタイツによって素肌を隠しているが、柔らかに露呈している手の肌が神々しさを際立てていた。
白花はいつも通りのストレートヘアーであるものの、黒と白、薄水色の組み合わせが一人の存在を主張していた。例えるならば、ホワイトトパーズとでも表現すべきだろう。
「星元さん……その服装、似合っていて可愛いよ」
「え、あ、ありがとう、ございます」
「白花ったら、届くんに褒められて照れちゃったのかしらー?」
「紅葉さん、余り白花をいじらない。望月さん、君の服装や髪も似合っているよ」
「ありがとうございます」
届が素直に言葉を受け取れば、蒼真はにこやかな表情でうなずいていた。
白花は赤らめて顔を隠すように、蒼真の隣で小さく下を向いている。
紅葉の茶化しが入ったのもそうだが、白花は服装を褒められるのが恥ずかしいのだろうか。もしくは、届が褒めているから良くないのだろう。
「ふふ、私達は表で車の準備をしに行きましょう、蒼真さん」
「そうだね」
紅葉と蒼真はそう言い残し、リビングを後にした。
取り残された白花と届の間には、気まずい様で、気楽という矛盾したような間が訪れている。
体内にこもった熱を抜くように玄関に向かおうとした時、後ろにゆっくりと腕を引かれ、足を止められた。
ふと後ろを振り向けば、白花が恥ずかしそうに腕を両手で包み、上目遣いでこちらを見ていた。
白花がはっとして、届の腕を離し、閉じていた口を開く。
「あの、先ほどは言えませんでしたが……望月さんの服装、すごく似合っていてかっこいいです。それに……」
「それに?」
頬を赤くしてじっと見てくる白花に、届は息を呑んだ。
「すごくきれいな瞳をしているのに、隠しているのがもったいないな、って」
「そうか? 俺は自分をあまり好きじゃないんだけどな……」
「……馬鹿。これから一緒にお出かけするのに、なんで否定的なのですか」
「え、いや、ごめん」
「あ、私こそごめんなさい。でも今の望月、君は、かっこいいです。私が保証します」
真剣に見つめてくるブラウン色の瞳に、届の心は大きく揺さぶられた。
申し子でもない、白花という存在が、家族団欒の場である所に――届という一人の存在を、自分を呼んでくれたことに。
白花からしてみれば、容姿のよさで判断するよりも、表面上の付き合いでない届の良さを選んでくれたのだろう。
「ありがとう。もう十分だ。申し子と呼ばれるお前のお褒め付きで、自信が出た」
「……さらっと言いましたが、今は見逃がしてあげます」
小さく微笑む白花に、冷えた感情は一切なかった。
この時だからこそ、申し子と呼んだのを見逃したのだろう。
届は、今後は口が滑らないように気をつけようと思いつつ、白花と共にリビングを出た。
玄関で靴に履き替えている際、もう一度白花をちゃんと見る。
「白と水色を合わせたシンプルな服装、お前の可愛さが引き立ってていいな」
「……え」
白花の顔は、ぼっと鳴りそうな勢いで赤く染まり、恥ずかしそうにしていた。
不意打ちで褒めた届に対して、何でいきなり、というような視線を白花は向けてくる。
また、白花がお返しと言わんばかりに褒め返してきて、届も顔が赤くなる。
お互いに熱が冷めて車に向かえば、白花がほんのりと顔を赤らめたままのため、紅葉と蒼真からは微笑ましいような視線を向けられるのだった。