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37:申し子と年明けの刺激

 日が昇ったころに目を覚ました届は、未だに深夜の現実を忘れないでいた。


 朝ご飯に白花が作っておいてくれたおせちを食べれば、どれも届好みと言える味わいだ。もしくは、白花の料理の虜になり、完全に落ちきっているが正しいだろう。


 そんな自分を鼻で笑いつつも、届は笑みを絶やさずに箸を進めた。


 朝ご飯を食べて落ちついた後、ソファに腰をかける頃には、悶えそうな心は若干あるものの無くなってはいる。

 その時、テーブルの上に置いてあったスマホが音を立てた。


 手を伸ばしてスマホの画面を近づければ、一通の通知が来ているのが見える。


 メッセージの送り主の名は、白花だ。


 届は画面をタップし、白花とのトークルームを開いた。


(……まじか)


 開いた瞬間、届はメッセージというよりも――同時に送付されてきた一つの写真に目が釘付けとなった。


 写真には、薄い水色で椿の花柄の着物を着ている白花が映っていたのだから。


 シンプルな服装ですら可愛く着こなす白花なら、和服姿も似合うだろうと思っていたが――その破壊力は、届からしてみれば余りにも強すぎた。


 着物は振袖になっているものの、短めで動きやすいものになっていると見て取れる。もしくは、人混みを考慮した上で短めになっているのだろう。


 白花の長い髪は綺麗に三つ編みに仕上げられ、肩から流れるようになっていた。また、ピンクの花の簪で印象を和らげている。

 簪についているじゃらじゃらでさえ美しく見せてくるのは、着飾っているのが白花だからなのだろう。

 横髪のうっすらとした感じも、可愛さを引き立てるかのように目を引いてきていた。


 普段よりも白花の肌がつやつやしているように見えるのは、着物によって肌の面積が隠れ、目が引かれてしまうせいだろうか。


 そして、片手に紙コップを持って撮っている辺り、おしるこの話をしたからだろう。


 黒髪でありながらも自然体でこれほどまでに美しくも可愛いとなれば、周囲から白花が申し子と言われるのにも納得がいってしまう。


 白花から『写真を送りますね』と言われていたとしても、まさか本人が写っている写真を送られてくるとは思わないだろう。


 朝からの刺激には十分すぎる程で、鼓動が速くなっている。


 届は心臓に悪く悶えそうな中、白花に「感想は直で言う」と返信すれば、数分後に白花から『お昼くらいにお邪魔しますね』と予定の返事が返ってきた。


 男の性であるのか、届は送られてきた写真を結局「可愛すぎだろ」と眺めたのち、顔を赤らめて悶えることとなった。



「こんにちは。明けましておめでとうございます」

「明けましておめでとう」


 お昼が少し過ぎたくらいに、白花は届の家にやってきた。

 白花の服装がワンピースの上にカーディガンを羽織る服装なのは、届としては心臓の負荷も考えて安心だ。


 着物姿では流石に来ないと理解していても、もし着物姿で来たとなれば、回れ右して一回帰らせていただろう。


 ふと気づけば、白花がタッパーを差し出してきていた。


「お昼です……お昼、まだ食べていないですよね?」

「え、ああ、食べてないな。いつもすまない」

「私が勝手にやっている事ですから」


 お互いがお互いを思って勝手にやっている、というこの言葉は、白花との間では証明言葉だろう。

 白花は届に興味を示さないかのように「夜ご飯分も入れておきますね」とタッパーを冷蔵庫に入れていた。


 今の白花に冷えたような雰囲気は感じず、落ちついているように見える。

 タッパーを冷蔵庫に入れ終わった白花は、軽く首をかしげて不思議そうにこちらを見てきていた。


 何で首をかしげているんだ、と届は思ったが、そういうことか、とすぐに頭を回した。


「……お前の作ってくれたおせち料理美味しかった。助かったよ」

「お褒めに頂き光栄です」

「それと、送られてきた着物姿の写真だけど……清楚な美人って感じで、和服が似合っていてすごく可愛いと思った。着物が椿の花柄なのは、お前を表しているようで良かったと思う」


 届が写真を見て思ったことを率直に述べれば、白花はみるみるうちに頬を赤くしていた。

 ぎこちない動きで目を下に逸らしているのを見るに、褒められると思っていなかったのだろうか。


 目を逸らしつつも「ありがとうございます」と白花が小さく呟くものだから、届はついつい笑みをこぼしていた。


 白花から、笑わないでください、というような視線が飛んできているが仕方ないだろう。


 白花が落ちつくように椅子に腰をかけるのを見て、届も相向かいで椅子に腰をかけた。


「まあ、その話はおいおい聞くとして……」

「聞くんだな」


 茶化すように言ったつもりだが、白花は何故か真剣な目でこちらを見てきていた。


「……望月さん」

「急に改まってどうした?」

「明日、ここに両親を連れてきてもいいですか?」

「……は?」


 白花の言っていることは、どうにも理解しがたい話だった。

 彼女とは付き合ってもいなければ、一緒に食事を共にするくらいの中であり、彼女の両親に顔を合わせるような関係では無いのだから。


 少し詳しく聞いたところ白花曰く、届の事を両親に話したらしく、挨拶だけでもしておきたいとなったらしい。


 とはいえ届も、白花に不本意とはいえ由美子に会わせたことがある以上、とやかく言えた方では無いだろう。


 届は少し悩んだ後、軽くため息をついた。


「わかった……お前にはだいぶ世話になっているし、勝手にしろ。ただし、一つ条件がある」

「……条件、ですか?」


 白花がぽかんとしたような反応を見るに、明らかに男として警戒されていないのだろう。

 もはや、早く条件を言って欲しそうな目で輝いて見てくるくらいだ。


「その……これからも話し相手になって欲しい」

「ふふ、それはこちらからお願いしたいものですね」

「馬鹿にしてるのか?」

「していませんよ? 事実を言っただけです」


 些細な条件という名の願いは、白花の両親と会う条件と釣り合っているのだろうか。

 白花が嫌な顔を一つせず承諾したのを見ても、問題は無いのだろう。


 ふと気づけば、白花は椅子から立ち上がり、こちらへと近づいてきていた。

 手には見慣れた手紙をいつの間にか携えており、何をしたいのか見ただけで理解できる。


「今日の手紙です」

「ありがとう。後で読ませてもらうよ」

「読んで泣いても知りませんからね」


 何を書いたんだよ、と言いたくなったが、心の中だけで押さえておいた。

 届は小さく微笑んだ後、ふとあることが脳裏に浮かんでくる。


「……あのさ、深夜に電話は出来るだけやめような」

「え、私、もしかして何か粗相を……」


 焦ったように聞いてくる白花を、そうじゃないから、と届は宥めて落ちつかせた。


「すごく言い難いんだけど、甘えられても俺が困る」

「あ、甘えた――私が!?」

「うとうとして甘えられても、普通に困るから……心臓的な意味でも」

「い、以後気をつけます」

「いや、そこまで気にしなくていいから。別に俺は嫌で言ったわけじゃないから」

「嫌じゃなかったのですか?」

「俺で安心してるんだ、って認識になったからな」


 そう言い切れば、白花は顔を赤らめ、小さく呻きながらぺちぺちと肩を叩いてくる。

 痛くはないものの、白花からしてみれば叩きたいほど恥ずかしかったのだろう。

 届は苦笑しつつも、白花が落ちつくのを静かに見守った。


 また、白花の両親に明日会うことになる不安と、白花の抜けた一面に心配が積もるばかりだ。


「本当に、お前でよかったよ」


 今は何気なく聞いている白花の柔らかな声が聞けない日が来るとしたら、一人で絶え間なく涙を流し、心に穴が空いたように寂しくなってしまうだろう。

 命の恩人がくれた『大切な人と巡り会えた時、いつしか望む場所となる』という言葉の意味が、今の届には少しだけ分かった気がした。


 数分後に落ちついた白花が「何か言いましたか」と聞いてきたが、「何も」とだけ返してその日は解散となった。

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