35:年越しに、花を添えて
夜ご飯を終えた後、届は白花を家前まで送っていた。
少し前までなら、白花の家の庭に入ることすら思わなかっただろう。
近所であっても、お互いに顔見知り程度の他人であり――あの日以降、金輪際関わる事が無いと思っていたのだから。
今では隣で一緒に歩いたり、ご飯を共にしたり、手紙を渡し合う仲にまで近づいている。
そんな過去であり、現実に浸っていれば、とっくに白花の家前にたどり着いていた。
「いつも送っていただきありがとうございます」
「別に……お前がさらわれたり、襲われたりしたら困るから送ってるだけだ。それに、約束だからな」
「……私は幸せ者ですね」
夜が更けていく中でも、うっすらと差し込んでいる月明かりに照らされた彼女の顔は、神々しく輝いて見えた。
暗闇に溶けこまない艶のある黒いストレートヘアーは、肌を撫でるように吹く風にゆったりとなびいている。
ふと白花に見惚れていた自分の目を覚まし、隠し持っていた手紙を前に差し出した。
「これ、今年最後の手紙」
「ありがとうございます……今は読めそうにないので、後でゆっくり読ませていただきます」
「勝手にしろ……感謝を綴った文章だから、間違ってでも泣くなよ」
手紙を届の手から受け取った白花は「泣きませんよ」、と小さな笑みを宿して言ってきたので、むず痒さがある。
気づけば、白花はこちらを真剣に見てきていた。
正しい姿勢から向けられた視線に、思わず届もしっかりと背筋を伸ばして白花の瞳を見ていた。
「今年は一緒に過ごしていただきありがとうございました。来年もよろしくおねがいします」
「俺こそ、今年の約二ヶ月とはいえ、一緒に過ごしてくれてありがとうな。来年もよろしく頼む」
「ふふ、来年は栄養管理をしっかりとしますからね」
「それは助かるな。一応、来年の抱負にするかな」
そう言って、気づけばお互いに笑っていた。
何気に来年も一緒に居られる、と明確のような証明をしていたが、嫌でないからこそ触れないでおく。
白花は柔らかな笑みを浮かべ、届が首に巻いていたマフラーに手を伸ばし、そっと手直しをしていた。
身長差で手を伸ばす彼女の姿を微笑ましいと思いつつも、届は手の届きやすい範囲に腰を下ろす。
白花は一瞬驚いたように目を丸くしていたが、自分への気づかいだと理解したようで、すぐさま口角をほんのりとあげていた。
「……風も冷えてきたし、そろそろ家に戻った方がいいかもな」
「そうですね」
「風邪、引かないようにな……また明日、でいいのか?」
「明日は午後にお邪魔すると思いますので、その時にまた、ですね」
「そうか、わかった。じゃ、また明日な」
「望月さん、また明日」
白花に別れを告げた後、届は帰路を辿る為、後ろを振り向いた。
その時、白花が見送るように手を小さく振っていたのがチラリと見え、届は少し振り向き手を振り返した。
自宅に戻り、お風呂や後片付け等を済ませれば、時刻は二十三時を切っている。
(あいつ……今頃は家族と会っているぐらいか)
気づけば彼女の事を思う自分は、おかしくなってしまったのだろうか。
そんな雑念を払うように、自室の勉強机に向かい、便箋を前にして届は頭を悩ませた。
手紙は順番的に二日に渡すことになるが、新年明けに渡すのも考えて、ちょっとした絵をつけたいと思ったのだ。
思いついたのは良いとしても、何をモチーフにするのかが決まっていない。
彼女が好みそうな絵にするか、個人の思いを大事にする絵にするか、交差する考えは悩ましいものだ。
(……そうだ。あれにするか)
一つの案を具現化するため、ペンを動かせば、カリカリと紙とペンの擦れる音が空間には鳴り響く。
書き終わって天井を見た後、時計に目をやれば、後数分で年を明けようとしていた。
予想以上に集中していたらしい自分を心の中で労わりつつ、届は椅子から立ち上がる。
一人で迎える年明けは慣れており、いつものように窓際へと移動し、カーテンの隙間から外を見た。
片手に持ったスマホをちらりと見れば、時刻は二十四時を指す。
年明けとともに、遠くで花火の上がる音が聞こえてくる。
「……ハッピーニューイヤー。あけましておめでとう」
小さく口からこぼした言葉は、届くべき未来に当てる自分への言葉だ。
窓から目を離せば、スマホに通知が来ていた。
メッセージの送り主は紡希だ。
トークルームを開けば『あけましておめでとう!』というメッセージと一緒に、『抱負に彼女作る予定はあるのか?』と茶化しが混ざっている。
新年のあいさつは素直に返信しつつ、彼女に対しては「気になるやつがいる」と送っておいた。
紡希が驚いたように電話を掛けてきたが、当然のように着信を断っておく。
紡希からは『もし何かあれば恋愛の先輩として相談は乗るからなー』とありがた迷惑な返信が返ってくる。
本当に困った時は乗って欲しいため「その時は頼む」とだけ返した。
紡希は何かと届が一人で居るのを心配している為、本当に友達想いの優しき友人だ。
紡希に対して先に声をかけたのは届であるが、その時の直感は間違っていなかったのだろう。
(……紡希には感謝しかないな)
両親には、この時間は寝ていると知っていても「明けましておめでとうございます」とだけ送っておいた。
「あ、そうか……星元さんにも送っておくか」
明日会うとしても、親しき中にも礼儀あり、と忘れてはいけないだろう。
白花にメッセージを送ろうと開いた時、ちょうど白花からメッセージが送られてきた。
真面目な奴だな、と鼻で笑いつつ内容に目を通せば、自分の目を疑いそうだ。
トークルームのメッセージに、
『新年の挨拶を直接言いたいので、今から通話をしませんか?』
という主旨のお誘いが来ていたのだ。
以前白花から、生活習慣をきちんとしている、と聞いた事があったため、通話をするのが心配になってしまう。
白花が寝不足になる心配もそうだが、突然のお誘いに脳は混乱を極めている。
それでも、白花の小さなわがままを叶えてあげたいという思いに、白花の生活規則を心配する二人の自分が争いを起こしそうだ。
諦めて「寝る時間は大丈夫か?」と送ってみれば、『少しだけお話ししたいです』という小悪魔のような返信がくる。
届は頭を悩ませた後、承諾のメッセージを打ち込んで送った。
白花から嬉しそうな返信が来た後、準備をするので少し時間が欲しい、とメッセージが送られてくる。
返信をし、届はベッドに座り込み、天井を見上げた。ただ白い、その天井を。
(新年早々話すのが、まさかのあいつかよ)
嬉しいようで悩ましい事態に届は息を吐きだし、肩を落とした。