34:申し子との大晦日、幸せの在り方
十二月三十一、大晦日を迎えていた。
年の終わりであり、各々が行く年に向けて動きだしている日だろう。
その日は、白花が宣言通り朝からやってきており、おせち料理の準備を開始していた。
届はおせち料理に興味が無く、言われるまで知らなかったが、高校生がおせち料理を準備する事態レアなケースらしい。
白花から「目に収めておいたらどうですか」と茶化されたが、速攻で断って届は買い出しに出ていた。
首に巻いた深緑色のマフラーは、白花がクリスマスプレゼントでくれた手作りとなっている。クリスマスの日に白花が寝てしまったのは、完成するのが夜遅くになってしまったのが原因らしい。
白花曰く『首元が寒そうでしたので』という慈悲から作ったと言っていた。
本音がどうであれ、触り心地の良さに肌を優しく包むマフラーは、届の中では大事な宝物となっている。
買い出しから終えて外に出ても、包み込むように守ってくれる優しいマフラーは、過去に届が巻いていたマフラーとは違っていた。
そう思った自分を鼻で笑い、白花から渡されたメモの買い忘れが無いか確認した後、届は帰路を急いだ。
家に帰れば、ふわりとした甘い香りが鼻をつつく。
リビングのドアを開ければ、白い長袖シャツにスカートという清楚な姿に、エプロンを着用してキッチンに立つ美少女――白花の姿が目に映る。
(俺の家、だよな……)
彼女が家で料理をしていると分かっていても、普段目にしない服装の為、思わず困惑してしまう。
着飾りのないシンプルな服装であるのに、彼女は美しく見え、届の心臓を刺激してくるのだ。
その時、白花は届が帰ってきたことに気づいたのか、作っていた手を止めて近づいてくる。
「望月さん、おかえりなさい。……あ、マフラー。使ってくれているの、嬉しいです」
「ただいま。そうだな、助かってる」
白花にマフラーを使っていると言ったことが無かった為、使われている、とは思っていなかったのだろうか。
届がマフラーに片手を触れれば、白花は恥ずかしそうに視線を逸らしていた。
「そうだ。ほい、これ」
「ありがとうございます」
「お昼はメモに書いてあったサンドイッチに近いもので、餅は切り餅にしたけどいいか?」
買い物袋を手渡せば、白花はすぐさま嬉しそうな笑みを浮かべていた。
頬がとろけてしまいそうな笑みは、見ているこちらが辛いものだ。
「餅、好きなのか?」
「……そうです。お餅の柔らかな感触が好きなのです……絶対に言いふらさないでくださいよ。秘密ですからね」
「言いふらさないから安心しろ。二人だけの秘密だ」
白花の頬を赤くしないように言ったつもりだが、頬はうっすらと赤くなっていた。
白花がお餅を好きなのは意外だったが、メモの文字を細かく見れば気づけたのだろうか。
二人で小さな秘密を作った後、届は手を洗った。
お昼を少し早めの時間に済ませ、届は未だに似合っているとは言いづらいエプロンを着けて、キッチンに立つ白花の隣に並んだ。
キッチンには黒豆が鍋で煮詰められており、玄関で嗅ぎ取った匂いの正体はこれだと理解できる。
「俺は何を手伝えばいい?」
「えっと……そうですね。じゃあ、お野菜をおせち用と年越し蕎麦用で分けましたので、指定通りに切ってください」
「了解」
届が指示通りに野菜を切っている横で、白花は綺麗な重箱に出来上がっている品物を次々と並べていく。
並べ方にも手を込んでいるのは、白花らしいと言えるだろう。
また、重箱は届の家にあったものと、白花が持参したものが並べられている。
お互いに最初こそ驚きはしたものの、似たような家柄、という不思議な理論で納得していた。
おせち料理に年越し蕎麦の準備が終わったのは、日が落ち始めた時間だった。
ダイニングテーブルの上に置かれた年越し蕎麦、隣にはふんわりとした衣のついた天ぷらに、こんがりと焼き目の付いたお餅が二切れ分置かれている。
お餅をオーブンで焼いている際の白花は、こんがりとした色にまでこだわっていたらしく、わくわくしながら見ていたほどだ。
「この天ぷらに餅、美味そうだな」
「海老天だけでは物足りないかなと思ったので、余っていたさつま芋やかぼちゃを天ぷらにしておきました」
「ほんと、いつもすまないな」
「いえ、油を一人で使って火事を起こされるよりは楽ですから」
白花の言葉に、届は苦笑するしかなかった。
鋭いとげのある言葉をいただきつつ、お互い席に着いた。
一人で年越しの夜ご飯であれば、これほどまでに鮮やかな食卓にはならなかっただろう。
白花が居てくれた喜びに感謝を込めつつ、届が「いただきます」と礼儀を正せば、白花も後に続く。
最初に口にした蕎麦は市販品であるが、つゆは白花が空き時間に作ってくれたもので、蕎麦のうまみを最大限に引き出してくる。後から来る口中華は、届の食欲を刺激してくるようだ。
そして、ふんわりとした衣に包まれた天ぷらは、サクッとした食感に、包まれた食材本来の味わいを引き出してくる。
「すげえうまい」
「ふふ、お褒めに頂き光栄です」
ふと見た白花の笑みは、ほっとしたような柔らかいものだった。
手伝える範囲で手伝ってはいるものの、白花に追いつけているわけではない。
だからこそ、こうやって思いを口にして、感謝の気持ちを伝え忘れが無いようにしている。
白花が白花らしく、届が届らしく、この空間で安心できるように。
(こいつと食べている時は、なんだかんだ幸せなんだよな)
しみじみと幸せを感じていた時、白花がお餅を口にしているのが目に映る。
小さな口で真っ白に伸びる柔らかいお餅をほおばり、お餅よりも柔らかい笑みを宿していた。
お餅が好きという彼女の笑みは、見ていて微笑ましいものだ。
白花は微笑ましく見ていた届の視線に気づいたのか、瞬時に顔を赤らめていた。
「な、なんで見ているのですか……恥ずかしいじゃないですか」
「いや、美味しそうに食べるな―、と」
白花は呆れたように息を吐いたのち、小さくお餅を咀嚼していた。
女の子の食べている姿をまじまじ見たのは申し訳ないと思う。その反面、これが気になる人が出来始めている気持ちなのか、という困惑を届の中で生み出している。
そんな不思議な感覚に包まれて蕎麦を口にすれば、今度は白花がじっと見てきていた。
「……なんだよ」
「さっき、私の事を子どもっぽいって思いましたか?」
「好きな物を食べてりゃ、微笑ましい笑みの一つや二つ、誰だってこぼすだろ」
「望月さんも、そうなのですか?」
白花の言葉に、届はゆっくりと息を吐きだす。
「前にも言ったけど、俺はお前の料理を食べている時が一番幸せで、絶え間なく笑みをこぼしているほうだからな」
「……本当に幸せなのは、私かも知れませんね」
そう言って小さくも柔らかな笑みを浮かべた白花は、今見ていたいものでは無かった。
届が「そうかよ」と小さく言って箸を進めれば、白花は不思議そうに首をかしげていた。