31:温かなクリスマスプレゼント
夕日が沈みかけた頃、白花は目を覚ました。
目を覚ました直後は恥ずかしそうにしていたものの、今では誤魔化すようにリバーシをしている。
届からしてみれば、寝落ちしてしまうのは微笑ましく思うが、彼女からしてみれば恥ずかしいのだろう。
「やりました! 私の勝ちです!」
「……へ? 嘘だろ、おい」
「ふふ、嘘じゃありませんよ」
軽く考えていたのもあってか、盤面は多くが白に染まっていた。
油断していたとしても、白花に負けたという事実に変わりなく、悔しく思えてしまう。その反面、自分もまだまだ成長途中の子供だな、という痛感でもある。
白花は勝てたのが嬉しかったのか、満面の笑みをこちらに向けてきていた。
光を灯すようにブラウン色の白花の瞳は輝いており、見ているこちらが焼けてしまいそうだ。
自分の負けであるが、白花の成長だな、と思えば笑みをこぼさずにはいられなかった。
そんな届を、白花は不思議そうに見ている。
「望月さん、何で負けたのに嬉しそうなのですか?」
「負けや悔しさは、一歩ずつ進む未来……灯される希望の糧だからな」
「すごく素敵で、前向きな考え方ですね」
小さく拍手してくる白花に、隣に座っているだけでむず痒さがある。
(……あれ持ってくるか)
届はゆっくりと息を吐いた後、静かに立ち上がった。
そして、自室に隠しておいたものを取りに向かう。
白花が不思議そうに目で追ってきていたが、気づいていない振りをして届は自室に入る。
自室から出た届は、手にラッピング袋を携え、再度白花の隣に腰をかけた。
白花からは、何をしていたのですか、といった様な視線が飛んできている。
自分でもわからない胸の高鳴りを抑えつつ、白色のリボンで結んだ薄水色のラッピング袋を白花の前に差しだす。
「……え、これは?」
「やる」
突然の事に白花は目を丸くしており、意味を分かっていない様子だ。
「あの……クリスマス、プレゼントってやつ」
「……私にくれるのですか?」
「お前の為に選んだんだよ! 細かく言わせんなよ」
「私の、ために」
クリスマスプレゼント自体が初めての経験であり、いつあげればいいのか分からず、クリスマス当日である今日になってしまったのだ。
人によってはイブとかに渡したりするのだろう。
受け取ってもらえるかは、白花次第だ。
白花は未だに驚きを隠せないようで、じっとラッピング袋に目をやっている。
そして、小さな両手でゆっくりと届の手からラッピング袋を受け取った。
「今開けても、いいですか?」
「ああ。というか、今更だな」
「あ、あれとこれとでは……別ですから」
「分かってる。ま、中身がお前に合うかは知らんが」
白花は再度こちらを見た後、静かにリボンに手を付けていた。
白花の手によりリボンはほどかれ、袋から中身がさらけ出される。
中に入っていたのは、水色の小物ポーチ。
受け取る側が困らないようにと、格段高いもののわけではなく、使う事前提で考えた合皮製の物を選んだ。表面には目立たない程度に、名前の知らぬ白色の花が刻印されており、白花なら似合うという届独自の判断となっている。
「これは、小物ポーチ」
「あれだ……カバンに色々と小物を入れてるようだったからさ、少しでも役に立ったら、って思ってだ」
「センス良いですね。ありがとうございます。……中に何か入っているようですが?」
ポーチの中から紙の擦れる音が聞こえたらしく、白花は首を小さくかしげながら中身を見ていた。
中からは一通の手紙と、鍵が一つ姿を見せる。
手紙は理解できたようだが、鍵に関しては流石にこちらを焦ったように見てきていた。
「あー……この家の合鍵、お前にやるよ」
「え、何を考えて……正気ですか?」
「手紙読めば分かるから」
届は白花から目を逸らし、手紙を読むように誘導した。
白花は不服そうにしているが、呆れた表情で手紙に目を通している。
家の合鍵を勝手に渡しているわけではなく、両親の許可……由美子の許可を取った上で白花に渡している。
今回の手紙の内容には、昨日の出来事と一緒に、鍵を渡した理由を明確に記載したつもりだ。
普段家まで送り迎えしているが、昨日のように突然来ることがあれば、玄関前で待たせてしまうのも悪いだろう。
白花の体調を心配しているのもそうだが、心から信頼できる相手として認めたのが大きく影響している。
ふと気づけば、白花が真剣に見てきていた。
「あの、全部読みました……本当に、いいのですか?」
「俺はお前を信頼してるし、俺が家に居なくても勝手に出入りして構わない」
「もう、私にいたずらをされたらどうする気です……」
「例えば?」
白花は悩んだ様子を見せた後、ぽんと手を叩いた。
「勝手に部屋中を装飾するとか」
「まあ、この家の中殺風景だし……装飾したくなる気持ちは分かる」
「ほ、他に……他……」
悩みを見せる白花に、届は一回ため息をつく。
ぴくっ、と体を震わせた白花の目を、逸らさず真剣に見た。
「さっきも言ったろ、お前を信頼している、って。だからさ、お前が嫌じゃなきゃ……持っててくれないか?」
「……わかりました。大事にします」
素直に鍵を収めた白花を見て、届は軽くうなずいてみせた。
礼儀正しい彼女の尊厳を人質に取ったわけではないが、本気で信頼しているのは揺るがぬ事実だ。
白花が嫌がるようなら回収するつもりだったが、その心配は無いだろう。
そっと視線を切り、冷めきったココアに口を付け、乾ききった口の中を静かに潤す。
マグカップをテーブルの上に置いて、白花の方を見た――その時だった。
(……は?)
気づいた時には、白花の顔が至近距離に映りこんでいたのだ。
心臓は刺激されるように鼓動を速めるが、届は困惑した状況の整理をした。
何故か白花におでこを当てられており、真剣に瞳を見られている。
救いであるのは、両手をピタリと重ねた分の距離があることくらいだ。としても、近いのに変わりはない。
「望月さん、ありがとうございます」
「分かったから……離れてくれ」
白花が微笑みながら離れるのを見て、届は息を整えた。
やはりというか、彼女はどこか抜けているところがあり、油断ならない。
付き合っていない、ましてや片想いになりつつある状態で至近距離に気になる子の顔が映りこめば、動揺しない方が無理だろう。
油断していた届も悪いが、心臓に悪い行動はやめてほしいものだ。
白花は目を逸らさず、そっと届の前髪を手で避けてくる。
「望月さん、顔立ちや目鼻立ちは整っていますし、しっかりと髪を整えれば……自分として見てもらえると思いますよ」
「……そうか?」
「ええ。栄養が取れているようになってから、肌艶もだいぶ良くなったようですし」
「言葉は嬉しいよ……でもさ、俺は目立つわけにはいかないんだ」
そう言うと、白花はゆっくりと手を離し、手を両手で包むように握ってくる。
距離感がおかしいように思えたが、クリスマスである今日は黙っておくことにした。
明るいブラウン色の瞳は、届の姿を反射し、今を見せてきている。
「その殻を、破る日が来たらいいですね……私が言えた口ではありませんが」
「まあ、俺もお前の悩みを知っているわけでないし、今はこのままで十分だ」
優しく包まれていた手が離されたとき、白花はソファから立ち上がった。
「夜ご飯の準備でもしますね」
「俺も手伝う」
「……あの、私からのクリスマスプレゼント、後ほどお渡しますね」
不意に白花から言われた言葉に、届の体はその場で硬直した。
笑みを携えてキッチンに向かう白花を、届は目で追うしかできなかった。