30:申し子と過ごせるクリスマス
クリスマス当日、お昼から届の家に白花が姿を見せていた。
白花はお昼から来ることが少ないからか、どうもそわそわした様子だ。とはいえ届も、クリスマスに異性と過ごす、という面では気持ちが落ちついていない。
「残りのクリームシチューを使ってカルボナーラを作る予定ですが、望月さんはそれでも大丈夫ですか?」
「お前が作る物に異議を唱える気はないから」
「じゃあ、私が作りますので……手伝いますか?」
髪を束ねながら尋ねてくる白花に、届は首を縦に振る。
昨日に引き続き一人で作らせるのは気が引けるため、手伝いくらいはさせてもらいたいものだ。
(……初めて食べるから楽しみだな)
強めの言動とは裏腹に、内心では白花の料理の虜にされている。
また、楽しみになってしまうのはこの後に遊びが待っている、という好奇心からだろう。
異性であるとはいえ、話し相手として見ていれば関係ないものだ。
気づけば、届は笑みを宿していた。
お昼を食べ終わった後、お互いソファに腰をかけていた。
そして目の前のテーブルに、黄緑色の中に白い線でマス目分けされている正方形の台座と、表と裏が白と黒で色付けされた石が綺麗に置かれている。
「リバーシか」
「これ、やってみたかったのです」
「ルールは分かっているよな?」
「……私を馬鹿にしていませんか」
表情をむすっとさせた白花を宥めつつ、白と黒の石を定位置に用意した。
白花は一緒にリバーシをやりたかったらしく、この日を楽しみにしていたらしい。
国民的なものではあるが、届がリアルでやったことがあるかと聞かれれば、否だ。
石と石を挟んでひっくり返し、自分の色が多ければ勝ちなのは理解している。しかし、遊ぶ相手が居なかったのだ。
「誰ともやったことが無くて、一度でも遊んでみたかったのですよね」
「これならゆっくりと過ごせるし、クリスマスには丁度いいかもな」
白花の意見を肯定しつつ、届が黒、白花が白の石を取ってリバーシは幕を開けた。
ゆっくりと過ごせる面では、リバーシが一番楽しめる遊びかも知れない。
勝負に真剣になっていたとしても、楽しく話すことは出来るのだから。
テーブルの上に置かれたマグカップから、ふわりとココアの甘い匂いが鼻を刺激する。
序盤は石をひっくり返し合い、空間には裏返す音が優しく弾いていた。
「そういやさ、やった事が無かった、って言ってたよな。それはどうしてなんだ?」
疑問に聞いてみれば、白花の手はピタリと止まり、表情を曇らせていた。
曇らせた表情だけで、彼女の気持ちが理解できてしまう。多分、申し子が理由に絡んでいるのだろう。
「申し子は頭が良いから、という理由だけで、気づけば外から見ているだけになっていました。……一回もやったことないのに」
「……あのさ、今日はお前が満足するまで付き合ってやる。いや、逆に俺に付き合え」
「ふふ、言質取りましたからね。逃げたら許しませんよ?」
「お前こそ、そう笑顔で言っておいて逃げんなよ」
白花の理由は、過去の自分が受けた仕打ちに似ており、やはりどこか放っておけなかった。
容姿もそうだが、知能や能力で差別をしようとする愚か者を、届は一人たりとも許す気はない。
――たとえ、自分が憎まれようと、陰口を叩かれようと。
気づけば、白花は瞳を煌めかせ、嬉しそうに石を置いていた。
そんな白花に届は微笑みながら、ゆっくりと石を置いていく。
空間に心地よく鳴り響く音に、彼女とゆっくり話せる時間を、届は何よりも嬉しく感じていた。
また、白花が楽しそうに笑みをこぼしているので、気を抜けば釣られてしまう。
(……こいつ、まじか)
数戦交えてわかったが、率直に言って思っていた数倍弱かった。
リバーシにおいて、四角付近を取ったり、壁を作ったりする行為は負けに繋がる恐れがある。だが、彼女はそれを平然とやっていたのだ。
おそらくだが、遊んでみたいだけで、勝つ方法までは知らないのだろう。
負けが続いていたせいか、彼女はちらりとこちらを見てくる。
ぷくりと頬を膨らませるので、届は苦笑して誤魔化した。
「……はいはい。こことここは置かない方がいいとかあるんだよ」
「あー、なるほど。だから望月さんは勝っていたのですね」
「偶然だな」
「絶対嘘です」
白花に最低限注意する場所だけを教えて、リバーシを再度開始した。
なんだかんだ一時間たっているが、彼女は飽きた様子を見せず、逆に楽しそうに笑みを宿している。
それほどやりたかったんだな、というのが伝わってくるのは、相手をしている身としても嬉しいものだろう。
白花は吸収がいいのか、後半からでも徐々に追いつめてきて場面は接戦となっている。
場面を整理して見れば、一つ置かれたら不味い場所があった。しかし、白花は気付いておらず、別の場所に石を置こうとしていた。
「おっと、ここじゃなくてさ、ここに置くとお前が有利になるんだよ」
「……え、ええ」
白花の置く手を優しく止めて、上からそっと被せるように握り、置く場所に案内してあげる。
そのままひっくり返していき、最後の石をひっくり返そうとした時……白花と近距離で目が合う。
また、白花の手に触れていたことに気づき、届は慌てて手を離した。
「す、すまん」
「え、いえ……気にしていないですよ」
ふわりとした瞳で見てくる白花に、届は目を逸らしたかった。
「嫌じゃなかったのか?」
「驚きましたが……望月さんですし。私は平気ですから」
「本当にごめん」
「あ、謝らないでください……。手を取って教えてもらえたの、嬉しかったですよ」
そう言って笑みを宿す白花は、本当に危機感がないのだろうか。
もしくは、届に対してだから無いのかも知れない。
「分かった。じゃあ、続きを始めようか」
「ここから勝てますか?」
「ふん、勝てるな」
届は手の平に残った温かさに困惑しつつも、白花との勝負を楽しんだ。
ココアが完全に冷え始めた頃、白花が首をこくこくとし、うっとりし始めていた。
「……大丈夫、か――」
そう聞いたとき、届は静かに体を震わせピタリと止まった。
白花は瞼を閉じ、届の太ももへと倒れ込んできたのだ。
そして、優しく甘い香りがふわりと漂い、さらに困惑するしかなかった。
(なんでこうなるんだよ)
届が硬直しているうちに、白花は小さく寝息を立て、幸せそうに眠っている。
異性である男の傍で、ましてや太ももの上で寝落ちして危機感は無いのだろうか。
逆に考えれば、彼女が寝落ちするくらい信頼されており、安全と認識されているという意味だろう。
そもそも、なぜ彼女が急に寝落ちしてしまったのかが謎だ。
白花は寝落ちする素振りを今まで一度も見せたことは無く、合っても親が来た時くらいだろう。
(……まあ、しょうがないか)
寝ている白花に手を出す気もなければ、手を出せる勇気があるはずもない。
今まで裏切られるのは当たり前くらいに思っていた。
それでも白花には、裏切られたくない、もっと話したい、彼女を知ってみたい……気づけばそう思っていたのだから。
届は小さくため息をつき、寝顔を見ないようにしながら、ゆっくりと白花の横顔に目をやる。
「星元さん、いつもお疲れ様。こんな俺のももでいいなら、安心して休んでくれ。何もする気はないから」
小さく呟いた言葉に「ううん」と白花は眠りながら喉を鳴らしていた。
微笑ましい光景に、届は思わず鼻で笑っていた。