03:申し子の小さな気遣い
「質問をしてもいいでしょうか?」
校門から出て駅に向かっている時、白花は唐突に尋ねてきた。
近くを通る車の音や、信号の点滅する音が、それまでの時間を遅く感じさせてくる。
届と白花は同じクラスでありながらも、昨日まで一切会話を交わしていなかった。そのため、お互いに何も知らない相手同士であり、詮索する必要があるのだろう。
届は申し子という存在の白花を遠目から知っていて、白花という本当の存在を知らない。それは、彼女も同じだと言える。
「別に構わない。けど、なんで質問をする必要があるんだ?」
「……相手を知るには、そのものの形を知る必要がありますから」
「お前の考えは意味わかんねえや」
届は軽くため息をついて見せたが、白花は気にした様子を見せない。
質問を渋々承諾したが、本心からかと聞かれれば、否だ。
他人に深入りしたくないと思っている以上、内心どこかで怯えているのだから。
白花を恐れているというよりも、届は自分を知られてしまう、という気持ちに怯えているのだろう。
「三つほど聞きますね」
「ああ」
「何人で暮らしていますか?」
「え……今は一人暮らしだ」
白花からされる質問に警戒していたが、思ったよりも内容は柔らかく、意表を突かれた感じがある。
届に兄弟はおらず、今は親元を離れてセカンドハウスで暮らしている。
「お前はどうなんだよ?」
「私も望月さんと同じ時期に引っ越してきて、一人暮らしですよ?」
「同じ時期だったのか……知らなかった」
近くに住んでいても、興味が無ければ知ることもない情報だろう。
白花から何で知らないのですか、というような視線が飛んできているが、仕方ないと思ってしまう。
一人暮らしで容姿も良く、学業も上位、彼女は高嶺の花が一番似合う人物と言えるだろう。
彼女にそう思ってしまう自分は何なんだ、と届は心の中で葛藤があれ、事実の凄さに息を呑むしかなかった。
白花は申し子と呼ばれている。だが、今隣に居る彼女は申し子ではなく、白花という不思議な存在だ。
その時、ひやりとした空気が肌を撫でる。
「そう言えば、食事はどうしているのでしょうか? お昼は教室で白米のおにぎりしか食べていなさそうですし」
「白米かインスタントが主だけど」
「……栄養って言葉知っていますか?」
「食う物全てが力になる」
「栄養が偏っていて力になるはずないでしょう。そんな不摂生の生活をしているから、先ほど倒れそうになったのでは?」
白花の発言はごもっともなので、ぐうの音も出なかった。
倒れそうになったというよりも、現に倒れそうになって白花に救われている。
食事を見直さなければいけないと思いつつも、届は実行に移せていなかった。
掃除が出来ても、食事がまともでなければ意味が無い。それは、届が一番痛感している。
紡希にもよく言われているが、栄養摂取は今後の課題になるだろう。
(……こいつ、思った以上に話しやすいな)
白花が先ほどからしてくる質問は答えやすいものばかりで、他人との距離の詰め方を知っているそれに近い。
申し子と呼ばれる所以よりも、白花本人の意思に近いのだろうか。
届から見た申し子は、基本的に相手と謎の壁があり、懐には入れさせないといった感じだ。周囲が気づいているかは不明だが、届から見た申し子はそんな印象になっている。
気づけば、駅までの距離がもう半分ほどにまで差し掛かろうとしていた。
「最後の質問です……望月さんはなんで昨日、私に話しかけてきたのですか?」
「話しかけたのに、理由は必要か?」
「え……」
「お前が困っているように見えたから話しかけた。それ以上でも、それ以下でもない」
気づけば、白花はその場で足を止めていた。
驚いたような顔でこちらを見てくるが、別に変な事を言ったつもりはなかった。
下心や恋愛といった野暮な気持ちはなく、本当にただ、あそこで見捨てるのは自分が許さなかっただけだ。
白花は、周囲の男から色目や罰ゲームなどで何度も迫られているのかも知れない。
白花という存在にではなく、申し子という存在に。普通に考えれば、可愛そうでしかないだろう。
これは勝手な想像に過ぎないが、周りからの勝手な印象によって作られた言葉が独り歩きし、本当の自分を誰にも見てもらえないのだから。
裏切りや孤独などではない、その形でなければいけないという――戒め。
止まっていた白花に声をかければ、白花は再び歩を進め出した。
多分、想像とは違う言葉を掛けられて、迷っていたのだろう。
「男は結果だけを求める野蛮な生き物と思っていましたが……あなたはどうやら違うようですね。結果よりもそれまでの過程を大事にする……話していて、私はそう思いました」
「人の話もちゃんと聞けるって、流石希望の申し子だ――」
「二度とその名で呼ばないでください! あなただけは、絶対に」
「……すまない。金輪際二度と言わない」
やはりというか、申し子と呼ばれるのは嫌だったのだろう。
それでも、なぜ自分だけなのか、というのが届としては不思議だった。
届も忌み子と呼ばれているが、彼女は届を一言も『絶望の忌み子』とは呼んできたことが無い。だからこそ、届を存在として認識しているのかも知れない。
悪いと思って下げていた頭を上げれば、白花は笑顔を宿していた。
自分の立場を相手の立場にして理解できない軽率な発言は、本来控えるべきだろう。
いつの間にか、駅の改札前へと辿り着いていた。
「早いな」
「話していれば、あっという間に着きますよね」
白花に続いて駅のホーム内を歩けば、白花は少し奥の方へと足を進めていた。
一応の事態も考えて、届は黙って後に続く。
普段届は改札付近で電車を待っているため、白花が同じ電車に乗っている姿を見た時が無かった。
電車を待っている際に、届はふと思ったことを口にした。
「そういやさ、なんで昨日、お前はあそこに居たんだ?」
「昨日言った通りです。それ以上を答える義理はありません」
白花は何かと質問してきたが、答える側となれば、詮索はさせたくないのだろう。
偶然であれ、昨日白花に出会えて、こうして共に帰っている。その事実だけで、届は充分だった。
恋愛感情ではなく、白花という本人を知れた意味で。
その時、白花が何かを言っていたが、電車の音に遮られ、届の耳に言葉が届くことは無かった。