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28:申し子の家族事情

「……すごく美味しい」


 夜ご飯になり、クリームシチューを口に含んだ瞬間、届は思わず言葉を漏らした。

 シチューのまろやかさに様々な野菜がマイルドに溶け込み合い、口の中でぱさつきなく広がる肉のうまみ、至高と言わずしてなんと言うのだろうか。


 また、パンに付ける楽しみの後に食べるという、反則級の味わいも待っているのだ。

 クリームシチューなのもあり、パンにしっとりと染みこみながらも、パンの個性を崩さずにお互いが存在を証明している。


 白花が作ってくれたからこそ、バランスの取れた最高の味わいを堪能できるのだろう。


「お褒めに頂き光栄です」

「すげえ感謝してる! ありがとう」


 届が美味しそうに食べる姿を、白花は微笑んで見ていた。



 食べ終わった後、届はいつも通り食器を洗っている。

 今日は珍しく、隣には白花が立っており「拭くくらいはさせてください」と言ってきたのだ。


 断る理由がなかった為、自然と白花を受け入れている。

 洗う手を止めないようにしつつ、届は思ったことを口にした。


「裁縫もできて、料理もできるとか、お前って本当に凄いよな」

「……これでも、努力はしていますから」


 白花が一瞬冷えたような声で言ったのは、若干だが、申し子であることを自覚させてしまったせいだろう。

 届がそう思って言っていないとしても、捉え方ひとつでは何とでも言える。


 それでも、白花は普段通りの表情をしており、気にした様子を見せていない。


「努力の上で今のお前を構成しているって、俺からしてみれば高嶺の花だよ」

「え、望月さんは……私の努力を認めてくれているのですか?」

「逆に聞くけどさ、なんでお前は下向きなんだ? 傍からすれば、何でも出来るのがお前らしいちゃっらしいんだろうけどさ、俺は小さな努力を見逃す気は無いから」

「……申し子ではなく?」

「俺がいつ申し子のお前を褒めた? 俺はお前という存在を褒めてる、それだけだ」


 白花は変に頬を赤くし、届から静かにお皿を受け取っていた。


 この一ヶ月、白花と共に食事をしたり、話をしたりして、届は彼女の事をちゃんと見てきている。


 一人で全てを背負おうとして駄目になってしまうんじゃないか、と思ってしまう程に。


 気づけば、白花は瞳を丸くしてこちらを見てきていた。表情には小さな微笑みが宿っている。


「……私が裁縫を出来るのは、お母様が一通り教えてくれたおかげなのですよ」

「へー、あれだけ触り心地が良いクッションを作れんのはそういうことか」

「お母様は、私より何倍も丁寧かつ繊細に作っていて、子として誇らしいんです……仕事に明け暮れて、たまに部屋に引きこもりっぱなしの時もありましたけどね」

「優しいお母さんなんだな。お前の優しさも納得だよ」


 白花は「私の憧れなんですよ」と小さく呟いているが、ブラウン色の瞳には光が宿っている。

 今まで家族関係の話は届しかしていないため、物珍しさがあった。

 謎に包まれていた白花の家族像が自分にだけ明かされているような気がして、届は心のどこかで嬉しさを感じている。


 また、笑顔で話す白花の様子から、家族が大好きだというのがヒシヒシと伝わってきていた。


(白花の両親か……どんな人か会ってみたいな)


 そう思ったとしても、機会が訪れることは無いだろう。

 彼女とは食事を共にしているだけで、彼氏や彼女といった関係ではないのだから。


「お父様は、私に料理を教えてくれた……先生であって、料理を作るきっかけにもなった人なんです」

「きっかけ?」

「ええ、『食べている時はみな幸せで生を実感しているんだよ』と言って、嬉しそうにいつも作っていました。だから、私が美味しく作れるようになれば、両親を幸せな笑みで包めるのかなって」


 彼女が以前『一人で食べるよりも美味しいと気づきましたから』と言っていたのは、温かな家族環境の中で食べて過ごしていたからだろう。

 優しさの形は人それぞれだが、白花の持つ優しさは、周囲を希望で包み込む優しさなのかもしれない。


 学校でも周りが希望どうこう言っていたが、申し子の理由としての真相は不明だ。


 知らなかった白花の一面は、ありふれた言葉で表現していいものでは無いだろう。

 微笑みをずっと宿して話す白花は、見ていて嬉しいものだ。


「俺はその幸せを偶然分けてもらえたのか」

「……それは違いますよ」


 あっさりと白花に否定され、届はお皿を洗っていた手がピタッと止まった。


「偶然が全て重なれば、それは必然です」

「……必、然?」

「約一ヶ月前、望月さんが私に声をかけて、マフラーを巻いてくれなければ……私は今一人でしたから……」


 白花が小さく呟いた言葉は、冷えているというよりは、温かく感じてしまった。

 水の流れる音だけが、今の空間で時間を教えてきている。


 偶然電車に乗り遅れ、雪が降っていた中で白花に会わなければ、届も今一人で素朴な生活を送っていただろう。


「あのさ、ありがとう」

「感謝するのは、私の方ですよ……ありがとうございます」


 食器を全て洗い、食器棚に戻し終わった後、届はシンクを綺麗にし終えた。

 ソファのある方に移動しようとした時、白花が小さく言葉を口にした。


「あの、私は幸せを……届けられているのでしょうか……」

「なんで否定的かは知らないけど、俺はお前が作った料理を食べている時は、いつも幸せだ。それに、お前と食べている時が一番うまいからな」

「……え」

「いちいちしょげてんなよ……これからも食いたいし、俺に教えてくれよ」


 白花はうつむいた顔を上げ、笑みをこぼしていた。


「分かりました。やめるつもりはないですし、言質取りましたから覚悟してくださいね」

「あ、ほどほどに頼む」


 白花が「どうしましょうかね」と嬉しそうに言うのを見ながら、お互いの歩幅を合わせてソファに向かった。

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