27:優しさの形
買い物が終わり、届たちは外に出た。
買い物は特に変わった事がなかったというよりも、お互いの無邪気さが発動したくらいだろう。
風はお店に着いた時よりも冷えており、肌をひやりと撫でてくる。
「寒くないか?」
「心配しなくとも大丈夫ですよ」
そう言った白花だが「くちゅん」と背を向けて小さなくしゃみをしていた。
白花の服装は温かそうに見えるが、ワンピースなのもあって足から冷えるのだろう。
ため息をつき、届は自分が羽織っていたパーカーを脱ぎ、パーカーを優しく白花にかけた。
白花はびくっとしてこちらに振り返り、瞳を丸くしている。
元からこのパーカーは白花に着させるのを前提で羽織ってきている為、実質新品だから問題ないはずだ。
それは、届が袖に腕を通さなかったのが理由を物語っているだろう。
「望月さん、あなたが風を引いちゃいますよ。……それに――」
「馬鹿か、お前はいい加減自分を大事にしろよ。後、そのパーカーは新品だ。俺が勝手にやった、それだけだろ?」
白花に全てを伝える気はなかった。白花が自分の為にパーカーを貸されたと知れば、当然のように拒んでくるだろう。
彼女は申し子だからと持ち上げられて、自分のしている優しさを、返されるのを知らないのだから。
「分かったら、さっさとしっかり着ろ。元気な状態で今も明日も迎えて、俺に笑顔を見せてくれよ」
「……ありがとう、ございます」
白い頬に赤み帯びさせながらもパーカーを着ている白花は、寒かったのだろうか。
届からしてみれば、白花みたいな周りからちやほやされても一人で居る存在が嫌いで、少しでも手を伸ばして守ってあげたくなるのだ。
過去に居た自分が嫌いな届からすれば、尚更に。
白花がチャックを閉めたのを確認してから、白花に歩幅を合わせて歩いた。
(本当に……ほっとけないやつめ)
数分程歩いていれば、ぽつりと佇む自動販売機を見つけた。
地域が田舎なのもあってか、帰り道を変えただけでも運よく見つかったのだ。
届は手に持っていたマイ袋を片手に移し、白花に手で合図を送って自動販売機に近寄る。
「温かい飲み物でも買うんだけど、お前は何がいい?」
「え、それくらい自分で買いますよ」
白花がカバンから財布を取り出そうとしていたが、そっと手を上に見せてふさいだ。
こちらを見上げる白花は、どこか不服そうに見える。
「……望月さんは、どうしてここまで私に優しくしてくれるのですか……」
冷えたように聞こえた言葉は、自分の領域に踏み込ませまいとする、本人の意思にも感じた。
分かっていた事だが、彼女は自身が優しくされることや、頼ることに慣れていないのだろう。それは、立場上というよりも、彼女の表面上が完璧であるが故の孤独。
届は呆れたように肩を落とし、冷えた空気を体内に取り入れ、温かく吐き出す。
「優しくするのに理由は必要か?」
「……え?」
「本当だけど、冗談だ」
白花が不思議そうに首をかしげるので、届はそっと空に目をやった。
雲が空を覆っていても、綺麗な光は地へと隙間を縫って差し込んでいる。
冷えた風は肌を撫で、道を叩いた木の葉が、お互いの間に流れる沈黙の時間を知らせた。
「お前が俺にしてくれたことを全部そのまま返しているだけだ。他意は一切ない」
「返しているって、私はこんなこと一度も――」
「あのさ、優しさの形って人それぞれだよな。返す形が違えど、気持ちは同じなんじゃないか? 俺の優しさに裏があれば、お前はあいつらみたいに切り捨てるだろ?」
やはりというか、白花は「そうですけど」と明らかに動揺していた。
仕方ないか、と届は思いつつも自動販売機へと目を向ける。
「で、お前はどれがいい?」
「……ココア、がいいです」
「了解」
取り出し口から取り出したココアは温かかった。
同じものを買った後、一つを白花の方に向ける。
やはりというか、手が冷え切っているらしく、白花の手は小さく震えていた。
それでも、美しいほど綺麗で整った細い指が、しっかりと缶を握る。
あっさりと受け取ってくれたのは、こちらを信頼しているからだろう。
缶を握ったまま柔らかな笑みを見せる白花は、届の心臓を刺激するようで悪かった。
「……温かいな」
「温かいココアですから」
笑みをこぼして美味しそうにココアを啜る彼女の目に、届の気持ちは知る由も無いのだろう。
家に帰れば、白花はエプロンを翻し、キッチンに立っていた。
鍋は届の家にあるものを使う予定だったらしく、届の家にそのまま来ている状態だ。
白花のエプロンは届の家に置かれており、白花曰く『同じものが家にありますから』と用意周到さを見せつけられている。
また、夜ご飯を作るのに夕方のちょっと前だからよいらしく、シチューを煮込む時間すらも計算に入れていたらしい。
届は白花の手伝いをしようと、キッチンの方に近寄った。
「俺は何をすればいい?」
「休んでいてもいいですよ」
「何でそうなる」
淡白な声で返されたが、別に追い出そうとしているわけではなさそうだ。
休んでいい、と言われたとしても、気が気でならない。
白花の手伝いをすること前提で構えていたのだから。
「今日は急に連れ出したわけですし……先ほどココアを奢ってくれたお礼です」
「連れ出したのは良いとしてもさ、ココアを、って釣り合ってないにも程があるだろ……」
白花は悩んだ様子を見せた後、テーブルの方に視線を向けていた。
「じゃあ、テーブルを綺麗にして、お皿を用意しといてください」
「了解。仰せのままに」
白花に「もう」と呆れられたが、届は知らんふりをして布巾を濡らし、テーブルの方に移動した。
(そういや……あいつ、以前よりも柔らかくなったよな)
テーブルを拭きながら、ふとそう思った。
白花との会話に愛があるはずもなく、お互いの考えや存在を主張しているだけだ。
とげとげしいような言葉は無くなりつつも、柔らかみのある言葉が増えているように感じた。それは、申し子として周囲に振舞っている言葉ではなく、この間に存在している希望のように。
ふと顔を上げれば、キッチンで鍋に火をつけていた白花と目が合った。
「……何かやましい事でも考えていたのですか?」
「何も考えてない」
「そうですか。別に何を考えていようと構いませんが」
そう言って詮索をしない様子を見せた白花は、楽しそうに料理をしていた。
(こいつの察し力、本当に何なんだ)
多分、届が居たたまれない気持ちになると理解していないのだろう。