26:申し子からイブの日のお誘い
クリスマスイブ当日、世間は恋人や愛し合う者同士で溢れかえっているのだろう。
届はお昼を食べ終わった後、何をしようか悩んでいた。
白花と遊ぶのは明日のクリスマスであり、夜ご飯までは一人で暇を持て余している。
紡希は今頃、彼女と仲良く過ごしているのだろう。
(……そういや、あいつは何をしてんだろ)
白花はイブも暇、と言っていたが、ふと気になってしまった。
別に彼女が何をしていようが届に関係ないと知っていても、心配になってしまう。
申し子に対して、忌み子である自分が釣り合うはずも無いのはよく分かっている……それでも、手を伸ばしたいと思い始めているのだ。
戯けた考えをし始めたことに、頭を押さえ首を振り、勉強でもして雑念を捨てようとした。
その時、インターホンが静かに鳴り響いた。
(この感じ……まさかあいつか?)
届は嫌な予感をしつつも、玄関の方に向かった。
そして、玄関のドアのガラス越しから見えるのは、黒いストレートヘアーを携えた少女だ。
凛とした立ち姿を見るに、彼女しかいないだろう。
何の用かわからないため、届は首をかしげながらも、ドアの施錠を解除した。
「望月さん、こんにちは」
「……こんにちは」
ふわりとした声と共に、ニットワンピースの上にカーディガンを羽織った白花の姿が視界に映りこむ。
届の家に遊びに来たというよりは、どこかにお出かけしようとでもしていたのだろう。
シンプルなワンピース姿をよく目にするが、白花は服装をワンピースにでも縛っているのだろうか。とはいえ、届も人の事を言えない程のパーカー教なので黙っておいた。
「何しに来たんだ?」
「夜ご飯の食材を買い出しついでに、望月さんを誘おうと思ったのです」
「は?」
白花が言っていることは理解不能だ。
買い出しついでで誘われるにしても、彼女は今日がイブであると自覚しているのだろうか。
付き合っていないにしても、イブの日に美少女と買い物というのは、届からしてみれば気が引けてしまう。
夜ご飯の食材買い出しは、白花と二人でお店に行って買う事が主だ。それでも、今日だけは引き下がりたいと思ってしまった。
こんな自分が申し子と呼ばれる白花の隣で釣り合うはずがない、というのは届も重々理解している。
届が困っていれば、白花は「はあ」と肩を落とした。
「クリスマスは望月さんから誘われた約束です……ですから、イブに私が望月さんを誘ってもおかしくないのでは?」
「どうゆう理論だよそれ!? てか、普通に嫌なんだけど……希望の申し子様の隣で謎の男が一緒と――うっ、あぁぁ……」
届は言い終わらないうちに、言葉にならない声を出した。
ふと気づけば、白花は冷えたような視線でこちらを見てきており、黙って脛にケリを一回加えている。
これは白花が嫌がっている『申し子』というワードを使った届の責任なので、潔く受け入れておいた。
「……一緒に行きますよね?」
「これが申し子のやる――ひぇ」
「望月届さん――黙って一緒にお買い物、行きましょ?」
「……はい。大変申し訳ございませんでした」
心を込めて謝ったおかげか、白花は下げ澄んだ目で届を見るのを止めて、いつもの表情に戻っていた。
試しで言ってみたものの、やはり彼女は届の前での申し子を嫌っているのだろうか。
届も彼女の気持ちが分からなくもないため、黙って支度をすることにした。
その間に待っている白花は、差し出したお茶を美味しそうに啜っている。
(イルミネーションがすごいな)
支度を終えた届は、白花と共に買い出しするお店へと向かっていた。
学校の連中に会っても大丈夫なように届は念のため、前髪は下ろしたままだが綺麗に整え、パーカーを羽織って雰囲気を変えている。
バレたら面倒になるのは届であり、白花を安心させるよりかは保険に近いだろう。
白花から軽く笑われたものの、感謝を述べられた後、さらっと手直しをされて今に至っている。
白花が相手を本気で貶すような真似をしない、と分かっている為、届自身もすんなりと受け入れられた。
イルミネーションで彩られた街路樹の中を白花の隣で歩くというのは、恋人でもないからか、不思議なものだ。
「そういやさ、何で俺なんかを誘ったんだ?」
首をかしげつつ聞けば、白花はふわりと微笑んだ。
「イブの街中を見るついでですよ。一人で見るよりも、一緒に見た方が楽しいですから」
「……こんな俺で良かったのか?」
自信なく聞いたのが悪かったのか、白花はむっとした表情をしながらこちらを見てくる。
怒っているというよりも、何かを伝えようとしているが正しいだろう。
「望月さんは、なぜ否定的なのですか。もっと自信を持っていいと思いますよ……皆から好かれているような私が言うのもなんですが、あなたのしっかりとした立ち振る舞い、尊敬していますので」
「……そうか、その言葉大事に受け取っておくよ」
「受け取ってください。それに」
「それに?」
「周りに蔑まれようが、自分らしく居られる……とても偉いです」
言い切った白花の表情は、どこか雲がかかっており、心の無い人形のように見えた。
それでも、言われた言葉には温かみがあり、届の気持ちには希望として届いている。
彼女を尊敬しているのは届もだが、彼女から尊敬されていたのは意外だろう。
含みのある言い方に恥ずかしさを覚えながらも、白花をいつものように見た。
「は、話は変わるんだけどさ、何を買う気なんだ」
「あ、えーっとですね……シチューの具材を買おうかと思いまして。今日がクリスマスイブなのと、温かな食べ物を用意したいなと」
カバンから取り出したメモを見ながら言う白花は、どこか可愛らしく思えてしまう。
「へー、シチューか、お前が作るならさぞかし旨いんだろうな。てか、俺は手伝う事あるのかそれ?」
「一緒に食べますし、感想はその時にでも聞いてあげます。手伝うことは、野菜を切るくらいで特にないですね」
「了解。……パンを買う予定は?」
「もちろんありますよ。シチューに付けて食べたいですからね」
微笑みを見せて言う白花は、届が食べたい物も分かった上で視野に入れているのだろうか。
最初の頃、白花に会った時は一緒に食を囲む関係になるとは、思ってもいなかっただろう。
届自身、頼れる人は少ない方だが、白花を心から頼れると思って良かったと思っている。
最近はご褒美やら予定やらの行動で忙しかったが、二人で居られる時間をひっそりと、秘密のままでいたいものだ。
(あなたが仰っていた……あの言葉、今なら分かる気がします)
白花との関係がばれることは無い、と正直思っている。それは、申し子や忌み子の幅関係なく、お互いに尊重し合っているから。
もやもやとした気持ちは残ったままで、今までの自分らしく居られていないようだ。
届がふと思いにつかっていれば、白花は足を止めた。
「……望月さん?」
「え、あ、ごめん」
「着きましたよ……ぼーっとしていたようですが、どうかしましたか?」
「いや、何でもない。さっさと買うか」
「そうですね」
不思議そうに首をかしげた白花の後を追うように、届もお店へと足を踏み入れた。