23:申し子が優しくしてくれる理由
「サボるの好きだね」
「六時間目だしな」
今日の授業の終わりが体育なのもあり、届は紡希と叶夢と共に、ステージにもたれかかるようにして全体を見ていた。
叶夢が話に混ざるのは定石になりつつで、違和感が無くなっている。
申し子は相変わらずの人気ぶりを見せており、女子たちの相手をしていた。
大変そうだなと思う反面、あいつは申し子としての扱いなんだよな、と思ってしまう。
母親襲来後の話を聞いてからは、若干見る目が変わったのもあるが、こちらから手を伸ばせないのもまた事実だ。
学校である以上、忌み子と申し子という存在でやり通さなければいけないのだから。
「俺は届と違ってサボっているわけじゃないんだけどなー。見ている方が楽なわけだし」
「そう言うんならお前は混ざってくれば」
「時田君頑張ってね」
「あれ、俺の味方は?」
焦ったように言う紡希を見て、届は苦笑した。
この三人は課目の授業となればちゃんとやるが、それ以外だと基本的に見ている事が主となっている。
時折、紡希が助っ人として呼ばれ、届が嫌々混ざるくらいだろう。
届は運動音痴では無いのだが、やる気の無さが露骨に出てしまい、動きに支障をきたすことが多々ある。
(あいつ、運動もちゃんとできるって……逆に何が出来ないんだ?)
ふと気づけば、いつものように軽くバドミントンをやっている白花に目線を合わせていた。
白花は見た感じ、種目は一通り出来ており、欠点らしい欠点は見当たらないのだ。
また、体育時に髪をまとめている白花は見慣れれば目新しいと思わないが、普段はストレートヘアーのため珍しさはある。
「届、もしかしてまた申し子を見てたのか?」
「え、何々、望月君は申し子様が好みなの?」
「はあ、なんでそうなる。動きにキレがあるな、って感心してたんだよ」
「お、ついに見てないという否定は無くなりましたの」
紡希のペースに巻き込まれると不味いと思った届は、再度白花の方に視線を戻した――その時だった。
(……嘘だろ)
白花の居る先に、ボールを蹴ろうとしている男子の一人が見えたのだ。
ボールを蹴れば、明らかに白花にぶつかるのは目に見えている。それでも、その男子は周囲が見えていないのか、とっくに蹴る体勢に入っていた。
「すまん、ちょっと行ってくる」
「え、おい、届」
気づけば、届は反射的に床を強く蹴って走り出していた。
白花は申し子として崇められている為、周囲は守ろうとしない……そんな思いが先走って行動に移してしまったのだろう。
蹴られたボールは勢いのまま、白花にぶつかろうとしている。
男子であれば痛いで済むと思うが、ぶつかりそうになっている相手は女の子である白花だ。
届は息を止めたような時間の中でボールの軌道に滑り込み、力任せに右腕を上から振り下ろした。
ボールは床に叩きつけられ、大きな音を立ててその場を跳ねていた。
また、届もバランスを崩し、倒れる寸前で腕を入れ込んで床に擦る形となっている。
「……え、望月さん」
「申し子様大丈夫!?」
「ちょっと誰よ、ボールを申し子様に当てようとしたの!」
白花が小さく驚いて出した声をかき消すかのように、周囲に居た女子たちは騒いでいる。
届の活躍はなかったかのように、場は騒然としていた。
忌み子どうこうよりも、ボールが飛んできていたことに、届が音を立てるまでは誰も気づいていなかったのだろう。
「届、大丈夫か?」
「望月君、すごい痛そうな音がしたけど……大丈夫?」
「……ああ、大丈夫だ」
紡希に手を取られつつ、届はその場を立ち上がる。
二人から見た届は凄かったらしく、白花を陰ながら守り抜いた姿を褒められた。
白花に怪我がないだけよかった、と届は思いつつ胸を撫で下ろした。
「冷えますが我慢してください」
自宅に帰れば、届は白花から氷の入った水袋で腕を冷やされていた。
黙ってはいたが、白花は届が腕を痛めているのを見抜いていたらしく、包帯と湿布を持参されている。
手当て関連の不足がいつの間にか確認されていたらしく、用意周到の白花はカバンに入れてきたらしい。
「今日はその……守っていただきありがとうございます」
「俺は守ってなんかいない。勝手に体が動いただけだ」
「そうですか」
「それでこうして手当てされていりゃ、ただの笑いもんだな」
「笑いませんよ。感謝していますから」
白花が真剣な目でこちらを見て否定してくるため、届は「すまない」としか言葉が出なかった。
彼女の前では嘘をつくのが下手になっているのかも知れない。
心を許しているからこそ、本音で話してしまうのだろう。
「そういやさ、ずっと気になってたんだけどいいか?」
「なんでしょうか?」
「何でこんな忌み子とか言われて嫌われている俺を、お前は優しくしてくれるんだ?」
ふと届が漏らした言葉に、白花は呆れたように目をつぶってため息をついた。
白花は届の腕を冷やしたまま、揺るがぬ瞳でこちらを見てきている。
「優しくするのに理由は必要ですか」
「……ないな。変な質問してすまない」
「謝る必要はありません。陰ではよく悪く言われていますから」
「え?」
「あ、何でもありません。守っていただけたこと、本当に感謝していますからね」
そう言って、白花は湿布を手際よく張り終え、包帯を丁寧に巻いていた。
白花が平然と口にすることがある申し子の情報は、触れてはいけないように見えて、助けを求めているようにすら思えてしまう。
「今後はちゃんと自分で用意しとく、包帯と湿布ありがとうな」
「お風呂後と明日の分、一応渡しておきますね」
包帯と湿布を多めに受け取った届は、しっかりと自分で用意することを決意した。
そんな決意を固めている届を見て、白花は静かに笑みをこぼしていた。