22:申し子と報われるべき努力
夜ご飯を食べ終わった後、二人はソファに座っていた。
白花は貰ったみかんを丁寧に剥き、ゆったりとした様子を見せている。
剥いている仕草ですら綺麗なのは、真面目な白花らしいと言ったところだろう。
親の一件で若干疲弊している届は、息を整えてから、彼女の方を見た。
「あのさ、すまない。俺の事情に巻き込んで」
「別に気にしていませんし、巻き込まれたとも思っていません」
「そうか……でも、変に絡んできたら俺に教えてくれ。その時は対処してやるから」
「気が向いたら教えます。あ、どうぞ」
白花は綺麗に剥いたみかんを半分に割り、その半分を届に差し出してきた。
自分で食べるように剥いているとばかり思っていた為、こちらに差し出してきたのは意外だ。
白花の抜けている一面があれ、このまま受け取ってもいいのか、という葛藤が込み上げてきていた。
彼女は首をかしげ、不思議そうにしている。
「……貰ってもいいのか?」
「これは元々望月さんのですし、一人で食べると食べすぎになっちゃいますから」
「じゃあ、受け取るよ」
「そうしてください」
「他の男にはやるなよ」
「これほど近い関係は望月さん以外には無いので、心配ないと思いますよ?」
きょとんとしたように言葉を返してくる白花に、届は呆れるしかなかった。
それでも、白花からみかんをしっかりと受け取っている。
変に優しくすれば相手が好意を持っていると思うかもしれない、という意味で言ったのだが、上手く伝わらなかったのだろう。
心配ないと言われるにしても、届を異性として認識しているのか心配になってしまう。
届からしてみれば、白花は気になる対象の一人であるが、申し子と忌み子の壁があるおかげで一定の距離が保てているのだろう。
少しは薄くなったかもしれない壁を気にしつつも、届はみかんを一房口に放り込んだ。
その時、白花はもじもじした様子で届を見ていた。
「……あの」
「どうした?」
「この前、何も知らないあなたの事を『やる気が無い人』って言ってしまってごめんなさい」
「はあ、急に何で謝ってんだよ」
明るいブラウン色の瞳は、中央に届の姿を映していた。
真剣に見られている視線に、届は怖気づきそうになる。
やる気が無い人なのは紛れもない事実であり、白花が謝ることではないのだ。どちらかと言えば、悪いのは限りなく届だろう。
自分を守りたいと思うエゴから、やる気が無いように見せて、周りから嫌われているのだから。
理解している強者ほど、完全に孤立している忌み子には手を出そうとせず、勝手に自滅するのを待っているのだ。
認知が妙にある人をいじめたところで、何の価値もないのだから。いじめたり関わったりして残るのは、弱いと思える奴を下に付けているという、周囲の笑い者になる不名誉だけだろう。
だからこそ、白花が届の事を知らないのは、仕方ないことなのだ。
届自身、自分の事を紡希以外には話していないのだから。
「勝手に見たのは先に謝っておきます、ごめんなさい……その、望月さんの机の上に置かれたノートを見てしまって、たくさん勉強したであろう大量の文字が書き連ねてありましたから」
「別に、俺が勝手に自室にお前を入れたんだ。そこまで気にするな。いずれはバレると思っていたからな。でも、寝てたのは困ったけどな」
笑ったように言えば、白花は白い頬を赤く帯びさせていた。
白花が誤魔化すようにみかんを一房口に含むので、届も一房口に放り込んだ。
由美子に邪推されなかったのは救いだが、寝ている白花を見るのは心臓に悪い事この上ないだろう。ましてや、自分のベッドに頭を預けていたのもあり尚更だ。
(……そういや、なんでこいつは結局あの時泣いてたんだ?)
白花との夜ご飯時は、お互いに疲弊していたのもあり親に触れなかった為、聞くタイミングを見失っていたのだ。
白花が落ちついた様子を見せてから、届は気になる事を口にした。
「お前は何で寝ている時に泣いていたんだ?」
聞いた瞬間、白花は分かりやすく暗い表情をし、肩を落とした。
瞳には雲がかかっているのかと思えるほど暗く、肩から髪が流れるように落ちている。
「……順位が望月さんよりも低かったと知って、悔しかったのです」
暗く冷たい声の白花は、落ち込んだように視線を下に向けていた。届に対して敵意があるというよりも、自分の不甲斐なさをみじめだと思っているのだろう。
白花は会った当初からそうだが「申し子」という肩書に引っ張られているようで、どこか自分にストイックだ。
周囲から総合一位などと持ち上げられてしまい、知らず知らずのうちに白花という存在を見失っているのではないだろうか。
届の前で見せてくれるふわりとした優しさに、本当は裏で誰よりも努力している、白花というたった一人の少女を。
「全体的に頑張れているお前が悔しがる必要は無いだろ。俺は一つだけをちゃんとやった、それに比べてお前は全体を均一的に頑張ってんだ。それでも悔しがれるのは、誰よりも努力していて、お前が偉いからだよ――少しは息を吐くことを覚えろ」
「え……私は、偉いのでしょうか……頑張れているのでしょうか?」
「偉いし、頑張っているのは俺が誰よりも証明してやる」
そう言い切れば、白花は恥ずかしそうに目線を逸らしていた。
少しして白花は落ちついたのか、届をじっと見てきていた。
「望月さんは、高い点数を本気で取る気はないのですか?」
「無いな。忌み子と呼ばれている俺がいきなり高い点数を取ったら、周りが不正を疑うだろ。それに、今は取りたくないんだ」
ふと気づけば、白花が眉を寄せてむすっとしたような表情をしていた。
届からしてみれば、白花を怒らせるような真似はしていないため、なぜそんな表情をしているのか不思議でしかない。
「点数に、申し子も忌み子も関係ありません……努力は報われるべきです」
「言葉だけはありがたく受け取るよ。いずれ、お前を俺が落とすから。待ってろ」
「その時は受けて立ってあげますよ」
そう言って、気づけばお互いに笑みをこぼしていた。
確かに白花は周囲が認める天才だが、実は裏でたくさんの努力をしている努力家だ。だからこそ、宣言に対して燃えているのだろうか。
周りから天才と言われている奴ほど裏で努力をしており、やる気が無い奴ほど実は隠れた才能があるなど、人の知恵は肩書や容姿で決めるべきでは無いのだろう。
申し子や忌み子という反対的な呼び方をされている者同士でも、普通に話せるのだから。
「申し子や忌み子関係なく……自分らしく居たいですね」
「そうだな」
小さく呟かれた言葉に共感しながら、届はみかんを三房口に放り込んだ。