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02:申し子の接触

「申し子、今日も人気だな」

「うるさいだけだろ」

「聞かれたら忌み子って付きまとわれるんだから……思っても言うなよ」


 次の日、朝から届は不機嫌だった。

 呆れつつも宥めてくるのは、届と同じクラスメイトであり、唯一の話し相手である時田(ときた)紡希(つむぎ)だ。

 教室には申し子に群がる人たちと、少数で話す二組で基本分かれている。


 白花は見た感じ体調が悪そうなところはなく、いつものように周囲に優しい笑みを振りまいていた。

 昨日見た白花は別人だったのではないか、と思わせるほどだ。それでも、彼女が風邪を引いていない事実に届は安堵した。

 教室が申し子で盛り上がっている中、紡希は心配そうにこちらを見てくる。


「そう言えばさ、何で学ラン濡れてるんだよ」

「今更だな」

「走って帰れば濡れなかっただろ?」


 紡希とは最初の駅から一緒であり、電車内で指摘しろよ、と届は思ってしまう。

 学ランが濡れているのは、届がまともに乾かさなかったのが原因なのは目に見えている。

 今更指摘されるなら乾かしておけば良かったと思うのは、後の祭りだろう。


 白花と話したと素直に言うのもおかしな話であり、信憑性がないだろう。また、周りに聞かれるかも知れないし、お互いの事を考えれば話すべきではない。


「雪の降る中で……街灯を見てたから」

「不思議だけど、お前らしいな」

「おい、貶してないかそれ」


 指摘をすれば紡希が目を逸らすのを見るに、心当たりがあるのだろう。


(……あいつを見た時、温かかったのか)


 ふとそんなことを思っていれば、紡希は逸らしていた目を戻していた。


「……風邪は引くなよ」

「馬鹿は風邪引かねえから」

「お前は……いや、何でもない」


 言いたい事があれば最後まで言えばいいのに、と思うが、聞いたところで紡希は言わないだろう。

 届が赤点ギリギリでやっている理由を、唯一知っているのだから。

 自分の存在を証明したくないと思っている今だから、紡希には打ち明けておいたのだ。

 勉強が出来ないと馬鹿にされるのは、もはや自分を隠すアクセサリーでしかない。


 誰にも見向きされず、裏方作業を円滑に進めるための。


「届を心配してくれる彼女が居ればいいのにな」

「余計なお世話だ。彼女に傘さされて、駅に迎えに来られていたやつに言われたくねえよ」


 彼女持ちの思考はわからん、と思いながら届は軽く息をこぼした。

 朝のホームルーム時、届は放課後職員室に来るように、と連絡を受けたのだった。




 放課後、公開呼び出しを受けた届は教室に戻る最中だった。

 担任曰く、学ランが濡れているのを気にかけていたらしく、いじめを受けていないか等の事情聴取をされたのだ。

 届は授業こそ真面目に受けていないが、他での真面目な一面で高く評価を受けている。


 忌み子と周りからさげすまされているが、直接的な手を出されない理由の一つだろう。

 間接的だとしても、やってはいけないとわからない愚か者はいない筈だ。


 教室の前に戻って来て、ドアを開けた瞬間だった。

 ひやりとした空気が肌を撫でると同時に、ある光景が目に入ってくる。


 白花が窓辺付近で背を預け、教室に一人で立っていたのだ。そして、開いていた窓から入り込んだ風がカーテンを扇ぎ、差し込んだ夕日が彼女を照らす。

 黒いストレートヘアーは風になびき、光を受けて輝いている


 白花はこちらの存在に気づいたのか、歩を進めてくる。


「なんでお前がいるんだよ」

「お礼を言いそびれましたから」

「感謝されるようなことはしてない」

「あなたに自覚がなくとも、私はされました」


 今この時、一番話したくない存在だろう。

 届が否定的であれば、白花は肯定的なのだから。

 紡希が一緒に帰ろうと待ってくれようとしていたが、先に帰らせておいたのは正解だった。

 申し子と忌み子が話しているのを他に見られるのは、届は愚か、白花も都合が悪いだろう。


 届としては、白花が教室に残っている事実に驚きを隠せないでいる。

 お礼をするにしても、タイミングを知らないのだろうか。


「そうかよ。勝手に言ってろ」

「……昨日はありがとうございます。それでも、あなたの足を止めさせて、放課後に呼び出されてしまったのは……私の責任です」

「お前が責任を感じる必要は無い。俺が勝手にやったことだ」


 届は白花の言葉を避け、自分の席へと向かった。

 帰りの支度がまともに済んでいないため、教科書類をカバンに入れ込んだ。

 その時、白花がこちらに近づいてきていた。


「よろしければ……一緒に帰りませんか?」

「……は?」


 彼女の言葉を理解したくないと思ったのは、これで何度目だろうか。

 帰り方面や電車に乗る時間を考えれば、白花と重なるのは確かだ。

 しかし、こんな見ず知らずの他人と、ましてや何を考えているか分からない男と一緒に帰りたいという思考になるのだろうか。


 思考を巡らせてしまったせいだろうか、届の視界は軽くぼやけはじめ、床に倒れそうになる。

 受け入れる覚悟をしたが、急に肩を支えられ、届は倒れずに済んだ。


「やっぱり……風邪は引いてなくとも、無理はしていますよね」

「無理はしてない」

「嘘をついて、自分を正そうとする暗示は……よくありません。それは何れ自身を、望月さんの身体を蝕みますよ」

「お前には関係ないだろ。でも、ありがとう」


 倒れそうになったのは事実であり、感謝を忘れる程の愚か者になった記憶はない。

 体に力が入らなくなりつつあるのは、栄養の接種が問題だろう。届は料理をする気が無く、基本が白米一択の生活を送っている。

 体調を心配してくれる彼女は居ないが、優しさを使ってくれる希望は居たようだ。


 昨日見た、申し子ではなく、白花という存在そのものに似ている。

 体調を崩していなくとも、無理がばれるのはどうなのだろうか。


「あなたの行動は目に余って心配ですから……一緒に帰らせていただきますからね」

「強引だな」

「このまま放置して勝手に倒れられても、私が困りますから」


 埒が明かないと思った届は、渋々承諾した。また、彼女に対して自身も思ったことなので、これ以上は言う気が無かった。


「俺が教室の鍵を返してくるから」

「分かりました。待っていますね」


 そう言った時、差し込んだ夕日が白花を神々しく照らした。

 届は見なきゃよかったと思いつつも、教室の鍵を手に取り、早々に返しに行った。

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