表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/58

15:忌み子の嫌いな日

「で、どこが分からないんだ?」

「うーん、色々!」

「よし、帰れ」


 近日中に控えた期末テスト前になり、授業は自主学習の時間になる事が増えていた。

 届の机の方にやってきた紡希が教科書を広げている。

 教えて欲しいと言っていたが、分からない部分が理解できていなければ、教える以前の問題だろう。


 紡希は慌てたように「ここだよ」とテスト範囲の場所を指さしている。

 届は最初かそうしてくれ、と呆れながらため息をつき、理解しやすいように解説した。


 周囲からは、何で赤点ギリギリの忌み子が教えられるんだよ、といった不思議そうな視線が飛んできている。

 赤点にならない点数を維持しているだけで、普段の勉強とは関係ない話だろう。


「あれだな、本当に真面目にテストをやったらどうだ?」

「断固拒否する。上を本気で目指している奴らを眺めてるだけで十分だ」

「……安定だな。本気出せば、あれは抜かせるのか?」

「あれ?」


 紡希がこっそりと指さした方向を届は見つめた。

 視線の先には、叶夢を含めた数人の女子たちに、笑顔を絶やさない申し子が囲まれて勉強会をしている。

 自主学習をほっぽりだして、申し子をちらちらと見ている男子グループもあるほどだ。


 抜かせるかと聞かれれば、普通に考えれば難しい話だろう。

 ましてや、普段赤点ギリギリの届がいきなり上位勢に追いつくとなれば、不正を疑われる可能性があるのだから。


「……手を出そうとも思いたくないな」

「で、どうなんだ?」


 届はもう一度白花の方を見た後、小さく息を吐く。


「油断しなきゃ、かな」

「さっすが。忌み子で隠れているだけありますのー」

「勉強教えて通話、今後一切無しにするか?」

「神様、それは困ります! いや、普通に点数悪くなったら家を追い出されるって……」


 紡希に「後で時間を合わせるか」といえば、輝くような笑みでこちらを見ていた。

 届は他人に教えられるほどの余裕はあるため、紡希から頼られるのは嫌ではない。

 目を軽く閉じた後、ゆっくりと目を開けて白花の方を向けば、女子たちの隙間からちょうど目が合った。


 その瞬間、白花本人である笑みの眼差しが向けられた気がして、届の心臓は静かに強く跳ねあがる。


 ふと気づけば、紡希から混ざってくれば、というような視線が向けられていた。


「……何が言いたい」

「ここ教えてくれ」

「逸らしたな」


 届は紡希に呆れながらも、教えて欲しいと言われた個所を教えた。




 帰宅した夕食後、届は片づけの為に食器を洗っていた。

 白花はというと、やる事をやってさっさと帰るだけでは申し訳ないらしく、テーブルの上に参考書を広げて読んでいる。たまに本を読んでいるのも見るので、よほど勉強熱心なのだろう。


 後片付けに関しては「白花の綺麗な手を大事にしたい」というエゴがあり、届が一人でやっているため、待たせているのは逆に申し訳なく思ってしまう。


 片づけを終わらせ、届は白花の方に近づいた。


「勉強をやれるって偉いな」

「数日後には期末テストがありますから、当然です」

「勉強の鬼だな」


 白花に「赤点ギリギリなのに勉強をしないのですか」と聞かれたが、勉強をしている、とだけ返しておいた。

 白花は呆れたような表情で、持ってきた手提げカバンを探っている。

 勉強面で信用性があるとは思っていないため、仕方ないことだろう。


「良ければ、テスト範囲のまとめた紙を渡しますよ」


 白花はそう言って、範囲がまとめられている数枚のルーズリーフ束ねて差し出してくる。

 一応受け取って目を通すが、白花の字は綺麗だな、という感想しか出てこなかった。

 そして、白花にそっくりそのままお返しする。


「今は丁重にお断りする。点数を今回も取る気が無いからな」

「……時田さんにすらすらと教えていた面を見ても、何か隠していそうですね」

「見ていたのかよ」

「あれだけわかりやすい解説、聞こえれば目立たない理由が無いでしょうに」

「お前は地獄耳か」


 紡希とは小さめの声で話していたつもりだが、それを聞きとっていた白花には驚きを隠せない。


「そういや、お前はあの中で勉強してて息苦しくないのか?」

「……申し子である私は、幼い頃からこうでしたから」


 瞬時に冷えた声と共に暗い笑みを見せた白花に、届は背筋が凍り付くように動かなかった。

 白花は以前もそうだが、申し子という言葉を明らかに嫌っている。

 届が申し子と口を滑らせようものなら、息が止まると思ってしまうのだから。


 ふと気づけば、白花はいつもの表情に戻っており、安易に触れてはいけない言葉だと理解できる。


「ま……頑張るのもそうだけど、無理だけはするなよ」

「頑張らないと、私ではないですから」

「……そうか」


 肩を落とした白花に、かける言葉が見当たらなかった。

 届も深入りをさせまいとしているため、お互いにこれ以上の詮索は野暮というものだろう。


 参考書に目をやっている白花を横目に、届も椅子に腰を掛けた。

 その時、届のスマホが空間に鳴り響く。

 慌てて目をやってみれば、連絡先の名前が紡希だった。


 この時間に電話を掛けてくることは滅多に無いため、届は不思議に思いながらスマホを手に取る。


「どーもー、どうした?」

『急にすまん。テスト終わりの十二月十日……届は暇か?』


 日付を聞いた瞬間、届は表情を曇らせた。


「ごめん、十二月十日のその日だけは……無理だ」

『まあ、テスト後だと疲れるよな。しゃーないか。急にごめんな』

「いや、こっちこそすまない。夜にまた」

『おう、夜にまたな』


 固定の時間の約束を終えた後、届は電話を切った。

 表情を曇らせたままなのが悪かったのか、白花が心配そうな顔でこちらを見てきている。


「顔、暗いですが……どうかしましたか?」

「ああ、十二月十日……その日が一番嫌いなだけだから、気にしないでくれ」

「無理だけは駄目ですよ。辛かったら、相談に乗りますからね」


 届は両頬を叩き、表情を戻した後、白花と軽く雑談をした。


(誕生日、嫌いなんだよな)


 晴れない心のもやもやは、届の表情を曇らせつつある。

 届が彼女を家に送る際まで、彼女は届を不思議そうに見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ