15:忌み子の嫌いな日
「で、どこが分からないんだ?」
「うーん、色々!」
「よし、帰れ」
近日中に控えた期末テスト前になり、授業は自主学習の時間になる事が増えていた。
届の机の方にやってきた紡希が教科書を広げている。
教えて欲しいと言っていたが、分からない部分が理解できていなければ、教える以前の問題だろう。
紡希は慌てたように「ここだよ」とテスト範囲の場所を指さしている。
届は最初かそうしてくれ、と呆れながらため息をつき、理解しやすいように解説した。
周囲からは、何で赤点ギリギリの忌み子が教えられるんだよ、といった不思議そうな視線が飛んできている。
赤点にならない点数を維持しているだけで、普段の勉強とは関係ない話だろう。
「あれだな、本当に真面目にテストをやったらどうだ?」
「断固拒否する。上を本気で目指している奴らを眺めてるだけで十分だ」
「……安定だな。本気出せば、あれは抜かせるのか?」
「あれ?」
紡希がこっそりと指さした方向を届は見つめた。
視線の先には、叶夢を含めた数人の女子たちに、笑顔を絶やさない申し子が囲まれて勉強会をしている。
自主学習をほっぽりだして、申し子をちらちらと見ている男子グループもあるほどだ。
抜かせるかと聞かれれば、普通に考えれば難しい話だろう。
ましてや、普段赤点ギリギリの届がいきなり上位勢に追いつくとなれば、不正を疑われる可能性があるのだから。
「……手を出そうとも思いたくないな」
「で、どうなんだ?」
届はもう一度白花の方を見た後、小さく息を吐く。
「油断しなきゃ、かな」
「さっすが。忌み子で隠れているだけありますのー」
「勉強教えて通話、今後一切無しにするか?」
「神様、それは困ります! いや、普通に点数悪くなったら家を追い出されるって……」
紡希に「後で時間を合わせるか」といえば、輝くような笑みでこちらを見ていた。
届は他人に教えられるほどの余裕はあるため、紡希から頼られるのは嫌ではない。
目を軽く閉じた後、ゆっくりと目を開けて白花の方を向けば、女子たちの隙間からちょうど目が合った。
その瞬間、白花本人である笑みの眼差しが向けられた気がして、届の心臓は静かに強く跳ねあがる。
ふと気づけば、紡希から混ざってくれば、というような視線が向けられていた。
「……何が言いたい」
「ここ教えてくれ」
「逸らしたな」
届は紡希に呆れながらも、教えて欲しいと言われた個所を教えた。
帰宅した夕食後、届は片づけの為に食器を洗っていた。
白花はというと、やる事をやってさっさと帰るだけでは申し訳ないらしく、テーブルの上に参考書を広げて読んでいる。たまに本を読んでいるのも見るので、よほど勉強熱心なのだろう。
後片付けに関しては「白花の綺麗な手を大事にしたい」というエゴがあり、届が一人でやっているため、待たせているのは逆に申し訳なく思ってしまう。
片づけを終わらせ、届は白花の方に近づいた。
「勉強をやれるって偉いな」
「数日後には期末テストがありますから、当然です」
「勉強の鬼だな」
白花に「赤点ギリギリなのに勉強をしないのですか」と聞かれたが、勉強をしている、とだけ返しておいた。
白花は呆れたような表情で、持ってきた手提げカバンを探っている。
勉強面で信用性があるとは思っていないため、仕方ないことだろう。
「良ければ、テスト範囲のまとめた紙を渡しますよ」
白花はそう言って、範囲がまとめられている数枚のルーズリーフ束ねて差し出してくる。
一応受け取って目を通すが、白花の字は綺麗だな、という感想しか出てこなかった。
そして、白花にそっくりそのままお返しする。
「今は丁重にお断りする。点数を今回も取る気が無いからな」
「……時田さんにすらすらと教えていた面を見ても、何か隠していそうですね」
「見ていたのかよ」
「あれだけわかりやすい解説、聞こえれば目立たない理由が無いでしょうに」
「お前は地獄耳か」
紡希とは小さめの声で話していたつもりだが、それを聞きとっていた白花には驚きを隠せない。
「そういや、お前はあの中で勉強してて息苦しくないのか?」
「……申し子である私は、幼い頃からこうでしたから」
瞬時に冷えた声と共に暗い笑みを見せた白花に、届は背筋が凍り付くように動かなかった。
白花は以前もそうだが、申し子という言葉を明らかに嫌っている。
届が申し子と口を滑らせようものなら、息が止まると思ってしまうのだから。
ふと気づけば、白花はいつもの表情に戻っており、安易に触れてはいけない言葉だと理解できる。
「ま……頑張るのもそうだけど、無理だけはするなよ」
「頑張らないと、私ではないですから」
「……そうか」
肩を落とした白花に、かける言葉が見当たらなかった。
届も深入りをさせまいとしているため、お互いにこれ以上の詮索は野暮というものだろう。
参考書に目をやっている白花を横目に、届も椅子に腰を掛けた。
その時、届のスマホが空間に鳴り響く。
慌てて目をやってみれば、連絡先の名前が紡希だった。
この時間に電話を掛けてくることは滅多に無いため、届は不思議に思いながらスマホを手に取る。
「どーもー、どうした?」
『急にすまん。テスト終わりの十二月十日……届は暇か?』
日付を聞いた瞬間、届は表情を曇らせた。
「ごめん、十二月十日のその日だけは……無理だ」
『まあ、テスト後だと疲れるよな。しゃーないか。急にごめんな』
「いや、こっちこそすまない。夜にまた」
『おう、夜にまたな』
固定の時間の約束を終えた後、届は電話を切った。
表情を曇らせたままなのが悪かったのか、白花が心配そうな顔でこちらを見てきている。
「顔、暗いですが……どうかしましたか?」
「ああ、十二月十日……その日が一番嫌いなだけだから、気にしないでくれ」
「無理だけは駄目ですよ。辛かったら、相談に乗りますからね」
届は両頬を叩き、表情を戻した後、白花と軽く雑談をした。
(誕生日、嫌いなんだよな)
晴れない心のもやもやは、届の表情を曇らせつつある。
届が彼女を家に送る際まで、彼女は届を不思議そうに見ていた。