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14:申し子と希望

 夕日が顔を覗いている頃、届と白花は帰り道を辿っていた。

 叶夢と話すとは思わなかったが、彼女の意外な一面を知れた出会いになっただろう。

 隣では白花が安心した表情をしているので、叶夢の事が心配だったと窺える。

 聞いていた感じ、お互い過去からの知り合いだったようで、それも相待ったのだろう。


 ふと気づけば、白花が黒い髪を揺らした。


「あなたが居合わせてくれてよかったです」

「それはどうしてだ?」

「私の力だけでは、叶夢さんを救えませんでしたから……」


 小さく消えそう声で肩を落とした白花は、自分の持つ希望を理解していないのだろうか。

 彼女が何を根拠に救いを目標にしているか不明だ。だが、彼女のおかげで救われた存在がここに居るのも事実だ。


「……救うが希望であれば、試練は絶望か?」


 白花は「えっ」と声を漏らして困惑していた。

 困惑するのも無理ないが、明確な意味が見えていなかったのだろう。

 申し子である白花の形は嫌いだ、と届は改めて思った。

 確かに彼女は誰が見ても包容力があって優しく、希望を振りまくような存在であり、白花こと申し子の形と言える。


 届は白花の意外な一面を見てきたからこそ、少しは力になりたいと思っていた。


「他人であるお前が全てを背負う必要は無いし……大澤さんは今、自らの力で乗り越える壁に挑んでいるんだろ?」


 白花は目を丸くして届を見ていた。

 届は白花の全てを知っているわけでも、知ろうとしているわけでもないため、口を出せるような立場ではない。

 届は息を軽く吐いた後、柔らかな微笑みを白花に向ける。


「手を差し伸べるのもいいが、それだけが答えだとは限らないんじゃないか?」

「……私は、間違っていたのでしょうか」

「間違いとは言ってない。申し子の形が、お前であるかも知れないしさ。でも、俺はお前が料理に関して手を差し伸べてくれたのは、今も心から感謝してる」


 白花は驚いたように、うつむいた顔を上げた。

 薄暗くなりつつある中でも、白花の頬が赤く染まりかけているのが目に見てわかる。

 白花は動揺したように届から視線を逸らし、駅までの道に視線を向けていた。


 白花のむすっとしたような、それでいてどこか柔らかそうな笑みは、見ている届の目には毒でしかなかった。


(見なきゃよかった……)


 駅のホームに着いても、お互いに無言の時間が続いていた。

 話しづらくなったと言うよりも、心の整理をしているが正しいだろう。

 届は普段から思ったことを口にしてしまうタイプだが、人を傷つける凶器になると理解しているつもりだ。


 手を差し伸べる云々の話で白花を傷つけてしまったのなら、心から謝るつもりでいる。

 届はもやもやした気持ちを晴らすため、白花に謝ろうとした――その時だった。


「望月さん……私は叶夢さんを、いえ――周囲をちゃんと見ていなかったのかも知れません」

「……急にどうした?」

「あ、何でもないです……聞かなかったことにしてください」


 白花は地面に視線を落としているが、誰も寄せ付けようとしない冷えた声だった。

 急に低い声でうつむいた白花に焦ったが、顔を上げた白花はいつもどおりの表情になっている。

 彼女の瞳に映る影は、既にどこにもない。

 近くで転がる葉の音だけが、時間の流れを認識させてくる。


(こいつ……今はどっちだ?)


 届からしてみれば、彼女が今は白花であるのか、申し子であるのか、が一番必要な情報だった。

 彼女が申し子の姿であるのなら、一定の距離を置く必要があるだろう。

 そう思っていれば、彼女は慌てたように柔らかな笑みをした。

 一目見て確信した、彼女は今、白花本人であると。


「そういえば、言っていませんでしたよね……私と叶夢さんは古くからの知り合いであると」

「へー、そうだったんだな」

「ええ、中学一年生までではありましたが、彼女が他県に引っ越すまでは一緒でしたから……同じ高校で驚きましたよ」

「そんな偶然もあるんだな」


 叶夢が白花のことを『きよりん』と最後の方に呼んでいたのは気になっていたが、過去からの知り合い同士は意外だった。

 白花が申し子であるから、相談等で使われていたのかと思っていた為、見ている視野が狭すぎたのだろう。


(……こいつの事をちゃんと見れていないから、後で反省だな)


 自分は白花を見てあげたい、と思っていても申し子として意識している時があるので、注意すべきなのは事実だ。彼女は申し子ではなく、白花という存在なのだから。


 軽くため息をついて下を見る届を、白花は不思議そうに見ていた。



 電車に乗って降りる駅に着くころには、すっかりと日が暮れていた。

 月明かりと街灯だけが、町中を照らしている。

 届はカバンから小型の懐中電灯を取り出し、白花と一緒に辿る道を照らした。


「今日の夜ご飯、時間も遅いしどうするか……」

「作りに行きますから、安心していいですよ」

「悪くないか?」

「どっちにせよ私は自分で作りますから、量が増えるだけで作るのには変わりませんから」


 そっけない言いぐさではあるが、それでも温かいと思えてしまうのは、白花が誰よりも優しいからだろう。

 また、月明かりに照らされながら微笑まれては、断ろうにもきついものだ。


「すまないな」

「ちゃんと手伝ってもらいますからね」

「わかってるって。それと、お前が安全に帰れる保証は俺がしてやる」


 届がそう言い切れば、白花は驚いた顔をした後、柔らかな笑みを向けてくる。

 無言だった二人の帰り道には、食事に関する何気ない会話がつぼみを咲かせていた。

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