13:申し子と小さな蕾
放課後、届は担任からの頼まれごとを終わらせ、教室に戻っていた。
部活に所属していないのもあり、暇人、もしくは任せたいと思ったのだろう。
誰も居ないであろう教室の前に着けば、中から微かながら話し声が聞こえてきた。
一つはつい最近聞きなれるようになった声で、もう一つはおっとりしたような物静かな声だ。
空いていたドアの隙間から覗いてみれば、白花の姿と体育の際に名前を知った少女――大澤叶夢の二人が話していた。
自分の教室であるのにも関わらず、妙に気まずさを感じさせてくる。
届は、荷物を置いてある教室であるから仕方ない、という精神でドアを静かに開けた。
開ければ案の定、二人がこちらに視線を向けてくる。
そして、白花は小さく会釈をした。
「望月さん、お疲れ様です」
「ありがとう。というかお前、まだ残っていたのかよ」
「……ちょっと訳ありで、ですね」
うっかり白花と普通に話してしまい、不味いと思って叶夢を見た頃には手遅れだった。
叶夢は驚いたような表情をしつつ、口元を片手で隠している。
白花と教室で話したことは一度もなく、普通に話していれば驚くのは当然だろう。
叶夢は目を見開いたまま、えっえっ、といった様子でポニーテールを左右に揺らしている。
「申し子様と望月君は知り合いだったの?」
「え、えっと、ですね……」
「そ、それは……」
叶夢の言葉に、届と白花は思わず目を泳がしてしまう。
申し子と忌み子は話さない同士、という印象は愚か、関わりが一切ないと思われているのだから。
つい先日まで接点すらなかったのは事実だが、公にした事でもないだろう。
「言いふらす気はないから、教えてほしいな。それに、ナチュラルに話した時点で、言い逃れもきついと思うよ?」
「望月さん、これは致し方ないですよね」
「居ると分かった上で入った俺が悪いから……話すしかないな」
何故か明るく興味津々な叶夢を横目に、届は今までの経緯を説明した。
叶夢が妙な憶測を立て、深入りするような人柄には見えないが、口封じをする面でも仕方ないだろう。
また、叶夢が白花を『申し子様』と言っていた以上、放っておけば忌み子こと届にあらぬ疑いを掛けられそうだ。
「なるほど……申し子様と、忌み子である望月君にそんな関係が芽生えていたとは」
「というか俺、大澤さんとは今初めて話したよな……」
「叶夢さんは一見暗そう印象ですが、話してみれば花咲く子ですからね。多分、クラスの中では一番話しやすいタイプかと」
何気にトゲのある言葉を言う白花だが、すかさず褒めている一面を言えるのは流石の一言だろう。
叶夢の第一印象は良くも悪くも暗いだが、声から伝わる静かな温かさは一つの存在を主張している。
第一印象は肝心と言われるが、本当の存在を認識してあげようとせず、逃げたいと思う人間の主張だろう。
届はどちらかといえば、人を色で分けてみるタイプの為、ぱっと見での人嫌いが存在していない。
それよりも、届は何故二人がこの時間まで教室で話していたのか気になった。
夕方にはなっていないが、後数刻で日が落ち始めようとしている時間なのだから。
「まあ、こっちの話は置いておいてさ……二人は何を話してたんだ?」
「叶夢さん、望月さんに教えてもいいでしょうか?」
「……うん。申し子様が認めているってことは、教えてもいいよ」
叶夢のふわりとした物言いに、白花は小さくうなずいた。
「叶夢さんの将来の夢である『小説家』の相談を受けていました」
「私は小説家になりたいけど、商業系の学科を選ぶ意味不明な子だからね」
「実現したい夢を持っている、それだけでもすごいと思うぞ俺は。で……俺が聞いてよかったのか?」
「それは叶夢から話すね」
叶夢は読者目線の意見が知りたかったらしく、白花に相談を持ちかけていたらしい。
専用サイトで投稿をしているようで、日の目を浴びない自分に自信を無くしかけて、白花を希望として頼り、今に至るようだ。
届はゲーム界隈の人間であるため、小説の話をとやかく言えない。
小説界隈の情報はたまに目に付く程度だが、傍から見れば、とにかく燃えている界隈というイメージだ。正直新規で入るにしても、界隈に足を踏み入れたいとは到底思えないだろう。
「それで、相談兼、愚痴を聞かされようとしたところで望月さんが来た感じですね」
「……もしかして、今から俺も聞く感じか?」
「聞く時間があれば、で大丈夫だからね」
「ご愁傷さまです」
白花には完全に見捨てられたようだが、白花の帰りを考えても一緒に聞くべきだろう。
特に何かを言える立場でもないので、本当に聞くだけになりそうだ。
届が聞くと承諾したところで、叶夢の愚痴から始まった。
「サイト投稿だからしょうがないことではあるんだけどね……作者同士でのポイントの入れ合いが界隈を通じてだと頻繁に起きてるんだよね」
「ポイントの、入れ合い?」
「あー、まあ、細かくは気にしないで! それでね、読みますとか色々あって、それを多用している人が多いわけ。実力勝負する人が居ないのかなって思っちゃったんだ」
淡々と話される叶夢の情報は、読者からすれば闇でしかないだろう。
しかし、それを読者もわかってしまうのが時代であり、作者も時代の流れに逆らえないと言える。
「まあ、結論言っちゃえばさ、自分の小説に自信が無いから言える戯言なんだよ。その人なりの芽吹くための努力だろうし、とやかくは言えないよね」
「その中でも懸命に頑張っている叶夢さん、私はすごいと思いますよ」
「なんというか、大変そうだな」
読者同士の争いならまだしも、作者同士で争いを起こすのはいかがなものだろうか。
ゲームも同じだが、サイト等を管理する運営が居て、そのサーバーは成り立っているものだ。
小説にはサイトに直接かかわる争いが無いからこそ、無法地帯と化しているのだろう。
話終わって肩を落としていた叶夢を、白花は優しく慰めていた。
蕾を咲かすのが読者であれば、小さな蕾を刈り取るのは同業者の悪意と言える。
届は小説を読むことはたまにしかないが、叶夢を放っておくという選択肢は無かった。また、叶夢は読者の意見も聞きたいと言っていたのだから。
「細かくは分からないけどさ、俺みたいな一読者からしてみればさ、作者の気持ちが伝わる文章を読みたい派かな。流行というよりもさ、ジャンルの中にある新しいを生み出してほしい的な」
「……望月君……」
言い方が悪かったのか、叶夢は涙を流し始めていた。
叶夢は白花に抱きついて、頭をゆっくりと撫でられている。
白花はこちらを見てきたが、怒っているよりも、どこか笑顔そうに見えた。
少し経ち、泣き終わった叶夢は目元を手で拭いながら、顔を上げた。
「……急に泣いちゃってごめんね」
「気にしていませんから、安心してください」
「私ね、焦っちゃってみたい……大切な気持ちを見失っていたけど、思い出したよ。きよりん、望月君、ありがとう」
「困ったことがあれば、俺に相談してくれても構わないからな」
「……望月君が忌み子って呼ばれている理由、きよりんに似てそうだね」
「叶夢さん」
白花からの謎の圧に、叶夢は申し訳なさそうにしていた。
その時、叶夢はポニーテールを軽く揺らした。
「あ、もうこんな時間……そろそろ帰らなきゃ。きよりん、望月君、相談に乗ってくれてありがとう! あ、仲いいのは黙っとくから安心してね」
「おい、仲良くはねえよ。はあ、鍵はこっちでやっとくから、気をつけて帰れよ」
「叶夢さん、また明日」
「うん、またね」