12:男のロマンとは?
白花と夕食を共にするにあたり、届と白花の間では条件が決まった。
・届は基本的に手伝いに回る。
・食材の買い出しは双方の相談で決める。
・行きと帰りは届が白花に付き添う。
・食費は折半だが、届が勉強量含めて七割出す。
行き帰りの件は、白花が美少女であると届も一応理解しているので、安全のためにもという意味で話を通している。
折半は届が全出しで断ろうとしたところ、白花に小一時間問い詰められたうえで、七割出すという結論に至った。
お互い話し合えばわかるタイプの為、食い違いが起こらず、折半以外はスムーズに済んでいる。
次の日にも白花が来てくれたおかげで、届は今日も無事に生を実感していた。
そして今は、学校の体育の時間で、体育館のステージの階段横で届はサボり魔を満喫している。
体育の時間は生徒の尊重性を重視しているらしく、各自やりたいことをやるが主だ。
自由であるのを良いことに、体育館内の全体を見渡しては人間観察、みたいになっている。
サボり組は基本数名だが、血気盛ん組との二手で分かれやすい。また、学科が一つの事もあって、分かれてはいるが男女合同となっている。
「相変わらず、うるさい程元気だな」
「まあ、そう言うなって」
届の横にはどちらも万能にこなす、紡希が苦笑いして座っていた。
届が「そうだな」と言って、周囲を見れば、女子生徒たちが「申し子様!」と言って盛り上がっている。
また、それを見た男子たちが「行くぞー!」と張り切ったように大声を出すため、場はいつも混沌と化していた。
白花は申し子と言われているだけあってスポーツも万能らしく、現在女子たちがやっているお遊びのバドミントンで、周囲と一線を画す運動能力が垣間見えている。
「おやおや、届……今日も気になるのか?」
「何で今日も、だよ」
「すまんすまん。でも、見たくなる理由はわかるぞ」
「……は?」
「ほら、見ただけでもわかる――華奢な体に付いたふわりと実る果実……男のロマンと言わずして何と言う?」
「紡希……前見ろ」
紡希にわかりやすいように届が前の方を指させば、近くで聞こえていたらしい女子たちの視線……という名の殺意が飛んでくる。
紡希は目を早急に泳がせているので、やばいと理解したのだろう。
近くに居れば当然、お前も同罪だろ、と言った視線が飛んでくる。
あくまで紡希が発言した火種であり、こちらを巻き込まないでもらいたい。
通話中にも彼は時折吹っ飛んだ発言をするが、故意的ではないと信じたいものだ。
「……申し子は見ているだけで十分だろ」
「だな。ま、俺には最愛の彼女がいるから、目の潤いでしか見てないけどな」
「口を慎むって単語、体育が終わったら辞書で調べて来いよ」
「お、まさか恋愛の話に当てられちゃいましたかね?」
ニヤニヤしながら言ってくる紡希に、届は呆れるしかなかった。
ボケにボケを重ねないだけマシではあるが、対応するだけ時間の無駄だろう。
ふと落としていた視線を前に向ければ、シャトルを拾っていた白花と目が合った。
距離は少し離れてはいるが、届の周囲に向けて打たれたであろう彼女の小さな微笑みに、鼓動が妙に脈打つ。
また、近くでサボっていた他の男子も見ていたらしく「黙っていくぞ」「おっす」とグループで固まっていた男子のやる気が満ちる。
たった一つの笑みで周囲の男子達を動かせるのは、彼女が申し子だから出来る事だろう。
無論、隣に居る紡希には効果ないらしく、頑張れといった感じで手を振って見送っていた。
のろけただけあって、ぶれない精神力は流石と言える。
「話は逸れるけどさ、届の信頼できる人がもう一人くらいは増えたらいいな」
「もう一人、か」
白花を信頼できるようになった、と言うわけにもいかず、届は頭を悩ませた。
声につまりを見せてしまったせいか、こちらを見ていた紡希は首をかしげている。
「……ま、深く考えんなよ」
「誰のせいだと」
「俺だな。でも、頼れる人は居た方が楽だぞ」
紡希に「わかっている」とだけ返して、誤魔化したい心を周囲に目として向ける。
申し子と忌み子が関わっている、とクラス内に知れ渡れば、平穏とは永久の別れになるだろう。
紡希は信頼している仲間であるが、白花との関係を話すとなれば別だ。
白花に卑猥な目を向けた点を考慮しても、いつ広められるか分かったものでは無い。
(信頼か……)
ふとステージ側沿いに目を向ければ、ある少女が目に映った。
彼女は届の次にクラスで孤立しており、綺麗でしっとりとしたポニーテールが特徴である。
物静かそうな見た目もあってか、白花とは違った感じでのおとなしいタイプだ。
実際に話したことは無いが、明らかに静かな雰囲気を持っているというのは目に見えており、紡希と真逆の性格と言ったところだろう。
届が忌み子として変に目立っているせいか、彼女の方が存在感は薄いと言える。
「届、どうした?」
「あ、いや……あれが気になってだな」
「あれ?」
届が視線を向けていた方向を紡希が見れば、納得したように声を漏らした。
「大澤叶夢さんか……星元さんに似たタイプの子だな」
「……え? 名前全部覚えてるのか?」
「まあな。クラス名簿は一通り目を通して覚えたからな。で、その中でも名前が特徴的だったから覚えてたんだ」
「お前、何気に失礼な事を口にするのはやめろよ」
彼女に聞こえていなかったのは幸いだが、名前を特徴的と言われるのは、良くも悪くも嫌がる人が居るのは事実だ。
届は名前弄りをされた過去がある為、思わず庇う形を取ってしまった。
紡希が焦ったような表情をして周囲を見渡しているのを見るに、先ほどの事がトラウマになりかけているのだろう。
名前を憶えている紡希に感心していれば、盛り上がっていた男子の一人が近づいてきていた。
どうやら、紡希を助っ人で参加させたいらしく、その為に呼びに来たらしい。
「届は……混ざる気ないよな」
「見てるだけで十分だ」
「じゃ、そこで俺の活躍を応援しててくれ!」
そう言い残して去っていく紡希に、届は手を振り返した。
その時、またもや白花と目が合って、軽くため息をついた。