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11:時間という負の遺産

 白花は届の家に着くなり、てきぱきと使う物と使わない物で綺麗に仕分けてくれた。

 料理前にする準備を実践で見せてくれた白花に、届は心から感謝している。


 白花は自宅からぱっと見て足りない調味料を持ってきたらしく、抜け目ない用意周到さで頭が上がらなくなりそうだ。


 届が慣れないエプロンの装着で手間取っていれば、慣れた手つきでエプロンを着ている白花に、これまた差を見せつけられている感じがした。


 男であればエプロンをした女子が家に居る、というので興奮しがちと思われそうだが、妄想好きの戯言に過ぎないと届は思っている。

 現に目の前にエプロンを着た美少女が降り立っているが、届は謎の対抗心を燃やし続けているのだから。


 結局のところ、エプロンの付け方を白花から丁寧に直されている。


「ちゃんと手を洗いましたね?」

「見てただろ」

「最終確認です」

「はい、すいませんでした」


 白花がよろしい、という視線を飛ばしてきたところで、料理教室は始まった。


「改めて、作るものは何ですか?」

「野菜炒め肉入りと焦げてない卵焼きだな」

「……もう、いいです」

「何がだ?」

「味付けはどうするつもりで?」

「てき……塩胡椒にしようかなと――いだい」

「よろしい」


 適当と答えようとしたところ、白花が黙って足を踏みつけてくれたおかげで、届は答えるしかなかった。

 彼女は表情一つ崩さず、加減を知らなそうなので、慎重に言葉選びをしないと不味いだろう。

 届がスリッパの痛みを感じたところで、まな板の上にキャベツが置かれる。


 黙々とキャベツを刻み、ニンジンに差し掛かろうとしたところで、隣で別作業をしていた白花が手を止めて見てきた。


「切り方怖いですけど、大丈夫そうですね」

「まあ、刃が自分の手の上に来ないように注意してるからな。その分遅いけど……」

「それは慣れですから。ちゃんと切れているの、偉いです」

「はいはい、どうもー。で、ニンジンはどう切ればいい?」

「……人によりますが、私であれば細長く切りますね。皮を剥くかどうかはお任せします」

「了解」


 切り方ひとつで、白花にため息をつかれて安堵されるとは思わなかったが、彼女の親切心が故の心配だったのだろう。

 白花が居るおかげで安心して料理を出来ているので、届はいつもより世界が明るく見えた。


 ニンジンは半分皮をピーラーで剥いて、半分剥かないをやった結果、白花のイラつきを買う事となった。

 言い訳に聞こえるかもしれないが「食感の違いを楽しみたいと思いまして」と言ったところ、白花は「なるほど」と納得した様子を見せていた。

 抜けている一面と真面目な一面が無駄にかみ合っているように感じて、届は彼女に違和感を覚えそうだ。


 そして数十分後、届は今、最大の壁に当たろうとしている。

 フライパンで食材を炒めるだけのはずだ。それでも、届はお昼の惨状を思い出し、気づけば手が震えていた。

 白花から「大丈夫ですか」と心配されたが、首を縦に振るしかないだろう。


「……お手本を最初に見せますので、それを見て一回学んでみてください。あなたなら、出来ると思いますので」

「ありがとう……わかった」


 白花が肉を炒めているのを見て、なんとなく届は理解できた気がした。とはいえ、火力という火加減まで手が回るかと言えば、否だろう。

 ほとんどが箸を動かすだけで、フライパンを動かさなくてもいいのは、分かりやすいお手本だ。


 白花が「やってみてください」と言うので、フライパンの主導権は届の手に託される。


「私の方で火は調整してあげますので、あなたは箸を動かすのに集中してください」

「本当に助かる。すまないな」

「いえ、私は足りない手を貸しているにすぎませんよ」


 やはりというか、届のおぼつかない箸さばきに、白花はびくびくしていた。

 白花が火を一旦止めたのを見て、駄目か、と届が肩を落としそうになった――その時だった。


 白花は横から、届の箸とフライパンを持っていた手を上から持ち、再度火をつけ直す。


「ほら、こうすれば安定して出来ますから」

「へー、なるほど。勉強になるな」


 白花が自らの手で箸の動かし方を指導してくれるため、願ってもないことだった。

 届が感心していれば、白花は再度火を止める。


 さっと手を離した白花を見れば、何故か白い頬を赤くしていた。

 白花は居たたまれない様子で、頬に手を当て、目を泳がせている。


(……急にどうしたんだ、こいつ?)


 今まで一切動揺するような素振りを見せなかった白花だが、何かあったのだろうか。


「料理の教え方上手いな……助かる」

「……この……鈍感」


 白花が小さく呟いた言葉は、再度火をつけて炒めている届の耳には届かなかった。

 白花は静かに呼吸を整えていたが、届に飛んでくる視線は呆れたままだ。



 卵焼きまで作り終われば、外はすっかりとオレンジ色の光を差し込んでいる。


 テーブルの上には、綺麗な色をした野菜炒めと……茶色かかった野菜炒めが並んでいた。そして、綺麗な黄色で見た目のいい卵焼き、と表面がボロボロで焦げかけた卵焼きが存在感を放っている。

 綺麗なものは全て白花がお手本で作ったもので、届は基本的に焦がして終わっていた。


 火と格闘した結果、白花が見ているまでは良かったが、目を離した瞬間に悲惨な結末へと向かったのだ。


 白花は夜ご飯をここで食べていくようで、自分の分を作ったらしい。

 ご飯とお味噌汁を並び終え、お互い相向かいで椅子に座る。


 一人暮らしではあるが、ここは元々親が使う予定だったのもあり、ダイニングテーブルが二人分の大きさはある。

 椅子の数が足りないという事態が無かったのは、親に感謝だろう。


 それでも、人二人分の距離があるだけで、白花と近いのは変に意識してしまう。


「いただきます」

「……いただきます」


 礼儀正しい白花を見習って、届も会釈をする。

 警戒心もほどほどにして、お味噌汁から口を付けた。


 一口飲んだだけで、芯から温まる優しさに届は心を打たれた。

 しつこくないまろやかな味わいに、後から来る口中香、手作りとは思えない程の世界が口の中に広がる。

 無論、お味噌汁は白花が作ったものだ。


 お味噌汁から目を離せば、白花と目が合う。


「すごく美味しい」

「お褒めいただき光栄です」


 白花はそう言いながらも、軽く息を吐いている。

 実際、美味しいと言うのは面と向かって二回目になるが、彼女はどこか心配していたのだろう。


 頬を緩ませている白花は、今目にしたいものでは無かった。

 届の心臓は小さく跳ね、静かに鼓動を鳴らしているのだから。


 そんな白花を前に、届は自分の作った野菜炒めと卵焼きを口に放り込む。


 やはりというか、白花のお味噌汁を飲んだ後では、センスの無い不甲斐ない味に肩を落としてしまう。

 届を見ていた白花は、静かに並んでいたお皿を交換する。


「食べてもいいですか?」


 交換された後に聞かれた言葉に、困惑しか生まれなかった。


「別にいいけど」

「ありがとうございます。じゃあ、望月さんは私が作った方を食べてください」


 白花に流されるままに、話はてんてんと進んでいく。

 多分、彼女に気を使わせている、という考えは良くないだろう。

 料理を教えてほしいとお願いした以上、現状になるのは目に見えていたのだから。


 白花は茶色かかった野菜炒めを箸で掴み、ゆっくりと口に運ぶ。


「……火は満遍なく通っていますが、少し焼きすぎたみたいですね。味がうっすらとしているのは、好みと言ったところでしょうかね」

「精進します」

「ふふ、作れただけでも進歩ですから。私が作ったのをどうぞ」


 褒めるところはしっかりと褒めて、注意すべきところは注意する、真面目で優しい白花だから出来るのだろう。

 人間は基本的に、どちらかに偏っている方が主なのだから。


 届は白花の優しさを身に染みて理解したところで、野菜炒めを口に運ぶ。


「……美味しいよ」

「ありがとうございます。頑張った、それだけでも偉いですからね」

「ああ、そうか」

「……わかっていると思いますが、初めから何事も上手い人なんていませんよ。生きた時間と、培ってきた時間という負の遺産が今を作り上げていますから」


 改めて考えれば、わかっているはずだった。

 料理が上手な白花を最初から超えるのは、天地がひっくり返らない限り不可能であると。

 対抗心を燃やしたところで、無理に自分を見失うだけだ。


 白花に教えて貰えた、それが何よりも得た経験の糧となるだろう。

 届は白花の言葉を心からありがたく受け取り、箸をゆっくりと進める。

 その様子を見ていた白花は、届に対してどこか嬉しそうな笑みをこぼしていた。


「あの……もし料理を続ける気なら、夜ご飯作りに来ますよ」

「え、時間とかを考えても悪くないか?」

「それくらいは構いません。それに、一人で食べるよりも……美味しいと気づきましたから」


 最初は冷えていた白花の声は、柔らかな温かみを含んだ声になっていた。

 彼女が一人で食べていたことも考えれば、悪くない話だろう。また、この空間では申し子や忌み子、と罵る者は誰も居ないのだから。


 いずれ様々な理由を話してもらえる、届はそう思えたのだ。

 直感よりも、白花にはどこか似た雰囲気を感じるからだろう。


「わかった……お前が嫌じゃないなら、今後もよろしく頼む。条件等は、後で決めるか」

「こちらこそ、よろしくお願いします……お手紙の手渡しも楽になりますね」

「ふん、今日の分は忘れずに書いてあるから、後で渡す」


 当たり前ではあるが、白花との手紙のやり取りは今後も続ける予定だ。

 言葉では伝えられない、想いの籠った気持ちが文字には綴られているのだから。

 この後、一緒に食べ、他愛もない話をする、という何気ない幸せを届は久しぶりに実感した。

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