01:申し子は雪の中にも咲く
(……なんでこんなところに)
雪が舞い降りる中、望月届が唯一出会いたくない存在であった彼女――星元白花と話したのは、道端で立ち止まっている彼女を見つけた時だった。
彼女は、届が一人暮らしのため引っ越してきた近所に住んでいる。そして、同じ高校に通うクラスメイトで、申し子と呼ばれる存在だ。
申し子というのは、星元白花が希望を振りまく優しい行動から、親しみと憧れを込めた象徴とした意味で呼ばれている。
白花が申し子と呼ばれるのは、それだけが理由では無い。
さらりとしたなめらかな黒いストレートヘアーは艶を宿しており、白い肌は神々しく透き通るように潤しくも見える。綺麗に整った顔立ちに、夢のような桃色の唇、穏やかにも明るいブラウン色の瞳、彼女は神から授けられたい憧れの的になる要素の全てを持ち得ているからだ。
同じ一年生であり、クラス内は愚か、学校全体に申し子の噂は広まるほどだ。
誰であろうと困っていたら手を差し伸べ、周囲に染めゆく優しさは限度を知らない。
申し子という存在には興味が無い届にすら、彼女の飛び火がやってくるほどに。
白花が申し子と呼ばれている裏で、届は忌み子と呼ばれている。
成績ややる気、真面目な面を見比べられる際に、必ず届と白花が比べられると言ってもいい程だ。だからこそ、彼女の凄さを誰よりも理解している。
確かに傍から見れば美少女であり、成績も優秀で、誰にでも希望を運んでいるのは事実だ。
届からしてみれば、逆にそれしかわからない、という恐怖しかない。
同じクラスメイトであり、今は十一月の終盤であるにも関わらず、届は白花と言葉を交わした瞬間がないのだから。
そのよくわからない存在である白花が、今目の前で立ち止まっている。
(何してんだ、あいつ?)
一つ遅い電車に乗ったのもあって、ほの暗い中で雪が煌めくように降っている。
そんな中、彼女が傘もささず、制服の姿で雪に降られながら立ち止まっていたのを見かけたのだ。
傘を持たずに白花を見ている届が言えた口ではないが。
知らない相手だからこそ、本来であれば無視を、見て見ぬふりをしているはずだった。
彼女は下を見つめたまま、長い髪が地に水を落としている。
自分の視界が悪くなっていく中でもわかる、彼女は雪よりも透き通っていたと。
白花とは所詮他人であるため、声をかける必要は本来ない筈だ。
それでも、申し子に対してではなく、今その場にいる、星元白花という存在に声をかけてみたくなっていた。
届は捨てる予定の物がある為、先を急ぎたかったが――彼女の顔が悲しみに包まれているように見え、拳を握り締めた。
気づいた時には、うっすら積もっていた雪の上に足跡を置いてきている。
「こんなところで突っ立っていたら、風邪ひくぞ」
白花はうつむいていた顔を上げ、こちらを見上げた。
流石に急に呼ばれて警戒したのか、むっとした態度を見せてくる。しかし、それは一瞬に過ぎなかった。
白花は届とわかるや、少し警戒した様子を見せつつも、自然な様子でこちらを見てくる。
クラスで他の男子が向けられている視線とは違う、申し子としてではない、白花という存在としての視線だと届の直感は感じていた。
忌み子や申し子とお互いに呼ばれているからわかるのではない、届が過去にしていた目だからだ。
「望月さん、話すのは初めてですよね」
「初めて、だな」
白花が苗字を覚えていたのには驚きだった。
届からしてみれば、話しかけることも、話しかけられることもなかったので、覚えられていないだろうと思っていたのだから。
(……俺が『希望の申し子』って言ったら嫌がるんだろうな)
察したくもない考えが脳裏をよぎってしまい、内心で自分に呆れた。
今まで白花に感じていた届の違和感は、過去の自分を見ているようで気持ち悪い、というのが原因だろう。
「初めてとかどうでもいい、ここで何をしてたんだ?」
「はあ、いきなり失礼極まりない人ですね」
話す相手さえいればいい思考の届からしてみれば、失礼は承知の上だ。
視界が悪い中でさえ、申し子も呆れた顔をするんだ、と届は思ったに過ぎない。
呆れたような表情をされても、仕方ないだろう。
口が悪かった、態度が悪かった、と学校で広められても構わないと届は思っている。それは、彼女がそうゆう真似をしないと確信を持てるからだ。
問題は別にあり、届が白花に恋愛感情や下心があり、アプローチしていると思われることだろう。
白花が美人であるのは、届から見てもわかりきっている。しかし、好きになるには至らず、ふと水槽で見る観賞魚に抱く興味に近いだけだ。
「で、何をしてたんだ?」
これでも白花に答える意思が見えなければ、届は早々にこの場を去る気でいる。
「……この雪の中で、この花はどうなってしまうのだろうか……と心配していました」
明るくも暗くもなく、それでいてしんみりとしており、懐には入れようとしない自然的で淡白な声だ。
白花が見つめる先の地面に、一輪の花が雪にも負けず咲いていた。
白花という存在は、道端に何気なく咲いている花にさえ心配する優しさを見せる、心優しき少女なのだろう。
誰もが見向きもせず通り過ぎていく中、道端で行き交う人を見送る一輪の花を、彼女は見逃していなかった。
周りに囲まれている人が多ければ多い程見てもらえない、この花を。
届は白花が優しさを与えてなければ、このまま見捨てて帰りたかった。
「……わかんねえや」
「自分から聞いといて、失礼な態度ですね」
「それより……家、帰らないのか?」
「あなたには関係ない」
鋭いような視線を向けてくるが、常日頃から浴びせられている届の適用内だ。
それでも一つだけわかるのは、彼女が本気でその視線を向けているわけではない、ということだろう。
(……めんどうだな)
風に舞う雪世界は止む様子もなく降り続けており、白花が帰る様子を見せないのは目に見えている。
具合を悪くされても困る、と思った届は持っていたカバンの中身を探った。
本来であれば捨てる予定だった物を、ここに置いていくために。
届はカバンの中からマフラーを取り出し、白花の前に差し出した。
「……え?」
「俺には使い道がなかったからやるよ。新品だ。要らなかったら捨てるなりして勝手にしろ」
届はそう言って、マフラーを彼女の首に優しく巻いた。
彼女が素直に受け取らない、と思っての行動だ。
「じゃあな」
自分の存在を白花に授けた届は、帰路を急いだ。
身勝手な行動をしたのは事実だが、気持ちが痛むのはない。
あのまま放置した方が、後味は悪かっただろう。
――学校で会うのはめんどうくさいが、金輪際関わることは無い。
届はそう考えていた。忌み子と申し子という、対をなす関係だから。