表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

銀河帝国のモブ兵士ですが新しい任務は勇者のフリして魔法世界のお姫様との婚約です

作者: 十凪高志


 剣と魔法の世界、リゼルロディア。


 その世界は今、魔王によって支配されようとしていた。

 人類が一縷の望みをかけて異世界から召喚した勇者も、四天王によって討たれ、人類の希望は潰えた。

 もはや、人類が滅びるのも時間の問題であった。



「もうすぐだ」


 魔王は言う。

 宣言する。


「人間どもを滅ぼし、奴らの持つ古代遺産【天の船】を手に入れ――」


 それこそが、魔王の悲願。

 遺伝子に刻まれた執念。偉大なる計画。


「この世界リゼルロディアだけでなく、銀河の彼方まで支配してくれる!」





 だがそれが銀河帝国の逆鱗に触れた!!



 空を覆い尽くす、銀河帝国の艦隊。


 降り注ぐ光の雨。

 その超魔導科学の兵器の数々に、原始的な魔法しか持たぬ魔王軍は瞬く間に壊滅していった。


 人間の連合軍はその天の助けに奮い立つ。


 勇者はすでにいない。だが、天より現れた白き鎧の神の軍勢が、飛翔するチャリオットや鋼の天馬、鋼の飛竜を駆り、四天王を撃破していったのだ。

 星々の国より来たりし天の軍勢。彼らこそ神の遣い。人類は勢いを取り戻し、進軍する。


 そして魔王は討たれる。


 強力な魔力も、天の軍勢には効かない。

 そして白き鎧の兵士たちの、光を撃ち出す魔導具によって追い詰められ――


 鋼の飛竜を駆る一人の天の勇者によって、魔王は討たれた。



 魔王は滅びたのだ。



 この世界、リゼルロディアはは救われた――



◇◇


「なんとまあ、盛大なことだ」


 この俺、フィーグリッド・アローラム少尉は宇宙戦艦の食堂にて、空中に投影されたホロニュースの画面を閉じる。

 先の文章は、現地――彼らがリゼルロディアと呼称する、E-572リグゼット恒星系第四惑星で語られている、つい先日の戦いだ。


「勇者て。単に現地の飛竜に撃墜されただけなんだが」


 その戦いで俺は宇宙戦闘機を駆って参加していた。しかし魔王軍の飛竜と接触し、堕ちた。

 その堕ちた先が、魔王の脳天だったのだ。

 宇宙トルーパーたちの戦いで疲弊し、バリアも消耗していた魔王は、戦闘機の墜落が直撃し――首の骨を折って死んだ。

 そして俺が破損したヘルメットを脱ぎながらなんとか戦闘機から出てきた所を、現地人の軍勢が見ていたのだ。

 そして一兵卒であった俺は、現地で勇者として祭り上げられることとなった。


「面倒くさいことになったなぁ……」


 英雄扱いされることなど、俺にとっては煩わしくて仕方がない。


 かといって無視するわけにもいかねない。

 何しろ、これは銀河帝国軍の辞令でもある。

 帝国軍の目的は侵略ではない。

 リゼルロディアと円滑に事を進めるためには、象徴となる英雄が必要なのだそうだ。


「それこそ、宇宙勇者に頼めよ」


 宇宙勇者。宇宙の平和と調和を守る存在だ。

 強力な宇宙魔力――エーテル力を秘め、光る剣を操り戦う偉大なる戦士。

 それに比べると俺は単なる兵士だ。魔法も使えないし。


「まあ、今回は名目は立ってるとはいえ軍事行動ですからね。軍事に関わらない宇宙勇者は引っ張ってこれませんでしたし」

「めんどくせえよなあ、あいつら」


 同僚の宇宙トルーパー、エルマ・エルス伍長の言葉に同意する。


「ここの魔王もなんであんなことしでかしたのやら。分を弁えればいいんすけどね」


 トルーパーの存在意義とは、銀河帝国を脅かす敵を排除することだ。

 未開惑星への干渉は、銀河帝国を含めた星間国家条約で禁止されている。

 本来なら俺たちは堂々とこの惑星に手出しは出来ない。

 その惑星の人間が、自分たちの力で宇宙に出て他文明と接触できる状態になって初めて、俺たちは堂々と干渉できる。


 だが……この惑星の魔王は、銀河帝国と戦おうとした。

 それが、ただの現地の自称魔族のたわごとなら無視できる。だが……


「あいつ、ガチで宇宙魔族の血を引いてましたからね」


 トレイをテーブルに置きながら、同僚のグレガー・マイルズ伍長が言う。


「宇宙魔族かあ。暗黒領域に住む怪物たち。

 かつてリゼルロディアの連中が召喚した――でしたっけ?」

「らしいな。事故か故意かしらんが、大昔に。

 んでその血を継ぐ個体が強力な力を得たうえで……」

「王国が見つけて祀ってた、かつてどっかの連中が持ち込んだか墜落したかの宇宙船を使い、銀河に出て侵攻とした……と。

 流石に【子爵級】クラスの魔族が明確な侵略意思を持って宇宙に出たらまずいか」


 魔王軍にいた、銀河帝国の偵察員からの報告が届き、数十回の会議を経て、正式派兵が決まったというわけだ。


「でも、魔王討伐はいいんですが……」


 グレガーが言う。


「魔王を倒したのはいいですけど、そのあとどうするんです? リゼルロディアはこの先、帝国が統治する事になるんですよね」

「どうかな。俺たちは侵略に来たわけじゃねえ」

「ですけど、アローラム少尉。このまま魔王倒したしあとは君たちでね、も無責任ですよ」

「ですね。彼らは銀河帝国の存在を――空の上に、超文明かがあることを知ったわけですし」


 エルマとグレガーが言う。全く持ってその通りなのだ。

 知ってしまった以上、今まで通りではいられない。

 すり寄ろうとするかもしれないし、敵視してくるかもしれない。


「俺らの存在を知ってどうするかは、この惑星の人間たちの決断に任せるしんねえよ。現地人の自由意志は尊重するのが帝国軍のスタンスだ。それによって……」

「戦争になってもも、ですか」

「……」


 その危険はある。


 よくある話だろう、こういうファンタジーでは。

 魔王を倒した勇者は歓迎される。だが、やがて邪魔になる。危険視される。そして――


「流石にそこまでバカじゃないと信じたいけどな」

「わかりませんよ。発達した宇宙文明圏ですら、創作を超えるバカはどこにでもいくらでもいます」

「魔王に負けて滅びかけてた自分たちが、魔王を倒した相手に勝てるなど思わない――と普通は考える。だけどバカは違う、か」

「我々銀河帝国の軍部や政治家、貴族にもバカは確実にしっかりいますからね。リゼルロディア人は違う――とは思わない方がいいでしょう」

「マイルズ伍長は辛辣だな」

「リアリストなだけです、少尉」


 そう言ってマイルズは肩をすくめる。


「それで、アローラム少尉。今後の方針はどうしますか」

「そうだな……。ひとまず、指令どおりに魔王の残党狩りは続けるしかない。魔王軍の拠点や、隠れている奴らがいれば潰していく必要がある」

「了解しました。勇者どのも大変ですな」

「わー。がんばれ勇者ー。ぱちぱちぱち」

「あー、やりたくねえ。マジで誰か変わってくれ……」

「無理です」

「諦めてください、少尉」

「ですよね」


 俺には拒否権はない。命令に従うのみだ。


「はぁ……」


 俺はため息をつくしかなかった。


◇◇


 リゼルロディアに残る唯一の国、エデルガルドの王宮にて。


 玉座に座り、王は臣下たちに問う。

「さて、諸君。今回の勇者殿の活躍は聞いているな」

「はい、陛下」

「勇者様は、魔王を討ち果たし、その軍勢の残党も残らず討伐されたとか」

「うむ。そのとおりだ。勇者殿は、魔王軍の四天王すらも打ち破り、魔王を討った。まさに勇者にふさわしい活躍だ」

「おお!」

「勇者様万歳!!」

「勇者様に栄光あれ!!!」


 臣たちは勇者を、そして天の軍勢を称える。

 勇者は、魔王を倒し、人類を救った。

 もはや勇者は人類の希望であり、神に等しい存在だ。


「魔王軍は壊滅した。これで我らの平和は保たれる」

「はい。その通りです」


「しかしながら――」


 大臣の一人が言う。


「勇者様と、天の軍勢の力はあまりにも強大。かつて我らが異世界より召喚した勇者を葬った魔王軍をあっさりと壊滅させました。

 その軍勢の恐るべき大いなる力が、我らに向いた場合、いかがされるのでしょうか」

「むう――」


 国王は考える。


「確かにそれは問題だ」

「勇者さまの力を甘く見てはならぬぞ」


 王をはじめ、重臣たちもざわめく。

 彼らの不安ももっともだ。

 魔王軍を滅ぼした力は強力すぎる。

 その力によって、この星を蹂躙されることを恐れたのだ。


「仮に、魔王を倒したのが勇者様ひとりだけの力ならば、どうとでもできましょう。

 しかし、聞けば天の軍勢は、まさに星々の世界の、国だというではないですか。

 天の軍勢が、我々を支配しようとしたならば――」


「――」

「――」


 場が沈黙に包まれる。


 その可能性は否定できない。


「天の軍勢が、この世界に害をなすようなら、その時は――」

「滅ぼすしかありませんな」


 王が言い、宰相が言う。


 だが――どうやって?


 圧倒的な力を持つであろう天の軍勢を滅ぼすことなど出来るのか?


 不可能である。誰が考えても自明の理だ。


「宰相殿は、勝利に浮かれているようだ」

「ははは」

「神の使徒である天の軍勢に向かって歯向かうなど」

「あり得ぬことですな」


 大臣たちが口々に言う。


「まったくその通りだ。天の軍勢は、我らを見守ってくれているのだ。その威光を疑うことなどあってはならん。ましてや、牙を向けるなど」

「勇者殿を信じよう。勇者殿と天の軍勢は、我らを守護してくれているのだ」

「はい。信じましょう」

「勇者様と、天の軍勢を」


 王たちも馬鹿では無い。勝てぬ相手に戦いを挑む意味はない。

 相手が、自分たちを滅ぼそうと攻めぬ限りは。 

 侵略をしてこない限りは。


 だがそれでも――不安は残る。


 もし、天の軍勢が、勇者が、自分たちに恭順を強いてきた場合は。

 黙って頭を垂れ、支配を受け入れるか。

 それとも、魔王と戦った時のように、抗うか。


「王よ」


 大臣の一人が言う。


「先程も出たように、天の軍勢は――星々の国です。

 それはつまり、彼らは決して、神でも、悪魔でもない」

「つまり人であるなら戦えるというのかね」


 別の大臣が言う。だが彼は頭を横に振る。


「魔王どものように異質な存在で無いというのなら――国であるというのなら。支配ではなく、戦いでもなく、友誼を結ぶことも可能ではないでしょうか。

 皆様は、天の国をあまりにも異質なものと考えすぎておられるのです」


 その言葉に、皆はざわめく。


「ふむ――なるほど」

「確かに、我々は、彼らをあまりに恐れすぎたのかもしれんな」

「はい。天の軍勢は、あまりにも強力無比。されど、勇者殿を見た時、我らは思ったはずです。

 あの白き兵士の鎧の下は、我らと変わらぬ人であった。

 天使でもなく、人間だった――と」


 天の軍勢の白い兵士たちは、頭から足先まで、自分たちの見たことのない異様かつ美しい鎧で身を包んでいた。

 それは自動人形やゴーレム、あるいは天使軍勢のようにも見えた。


 だが、魔王を倒した鋼の飛竜の中から現れた勇者――白い鎧の兵士が、その兜を脱いだ時、そこには人間の顔があったのだ。


 疲労し、汗をかき、大きく息をつき、血を流し、それでも笑った――それは人間の顔だった。自分たちと変わらない、ただの人間の顔だ。

 だかにこそ――それを見ていた人々は、こう言ったのだ。

「勇者だ」

 ――と。


「故に。必要以上に畏れず、天の軍勢――星々の国と、友誼を結ぶべきではないでしょうか。

 軽挙妄動に走らず、冷静に動く事を進言いたします」

 大臣は宰相を見る。勇者を殺せと言った宰相は、苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。

「わかった。よくぞ申してくれた。貴官の言葉を信じるとしよう」

「ありがとうございます」


 大臣は一礼する。


「しかしながら友誼と言ってもな――」

「我らの持つ何を差し出せば、彼らは喜ぶのか」

 なにせ遥かに進歩した星々の国だ。生半可な財宝程度で喜ぶとは思わない。何かしらの特産品のようなものがあればいいのだが……

「……」


 だが、大臣は沈黙する。

 天の軍勢が欲するものがわからない。彼らが何を喜びとするか、彼らに何を与えるべきか、何も思いつかなかったからだ。


「――そういえば」


 一人の大臣が呟く。


「古来より勇者に与えられるものといえば――美しい姫では?」


 その言葉に、皆がざわめく。


「勇者が女を求めるのは定石だ」

「確かに――」

「それは名案だ!」

「勇者と懇意になり、この国を豊かにしてもらい、ゆくゆくは……」

「だが……」


 一人の大臣が言う。


「そのような事をして怒りを買う事も考えねばなりませぬ。 古来の伝説によれば、神に姫を差し出して、怒りを買い滅ぼされた国の話もある」

「ただの伝説であろう」

「しかし、その神が、もし天の軍勢だったとしたら?」


 その可能性は確かにある。

 だが――それでも。


「つまりですな。勇者様から「姫が欲しい」と言わせればいいのです」

「それは……」

「確かにそれならば、怒りを買わずに、星々の国と友誼を結べる」

「つまり、政略結婚に持ち込むと言う事ですか」

「そういうと急に俗っぽい政治的な話になってしまいますが」

「ハニートラップですな」

「なるほど――」


 大臣たちは頷き合う。


「それで行こう」

「勇者様には、ぜひ我が国の王女とご婚約いただきたい」

「それを相手から申し込ませるよう誘導し」

「なるぺくこちらが損をせぬよう――」

「有利に持ち込めるよう、婚約を結ばせる」


 先程まで、いかに天の軍勢、星々の国を怒らせぬようにするか、そう考えていたはずが――

 

 いつの間にか、どうやって勇者と婚姻させるかという方向に変わっていく。

 そしてそれは、決して悪い策ではない。むしろ良い手だろう。

 戦いを、流血を避け、そして天の軍勢、星々の国から様々なものを引き出す。

 それが出来るかもしれない。


 つまる所、彼らは――決して、愚かでも邪悪でもなかった。


「では――どうやって姫を勇者とくっつけるかハニトラ大作戦、開始じゃ」



 下世話な方向にゲスかった。



(ワシは何を見せられているんじゃろう)


 国の、世界のためを思い、忸怩たる思いで覚悟を決め勇者暗殺の意見まで出した宰相は、頭を抱える。


(ていうか、一番大事な事忘れてんじゃろ)


 宰相は、空気を読んで、その事実をこの場で言う事はやめておいた。



 ◇◇



「リゼルロディアの姫を堕とせ。ただしお前から告白とかするな」


 俺は何を言われているんだろう。


 旗艦ワルセルディアの指令室に呼び出され、上官であるケルヴィン少佐に言われたセリフがこれだ。


「堕とせってそれは撃墜しろという意味でしょうか」

「恋愛的な意味でだ」

「……少佐。今日はエイプリルフールではありませんっすよね」

「当たり前だ」

「じゃあ何すかそのアホみたいな命令は」

「アホとは何だ。これは極めて重要な任務だぞ。帝国の議会で承認されたものだ」

「いつから我が帝国はアホの国になったんでしょうか」

「それは国家侮辱罪になる発言だぞ。聞かなかったことにするが」

「聞いた事にして降格にしてそのアホ任務から外してください」

「却下だ」

「ちくしょう」


 俺は泣いた。


「我々帝国軍は侵略軍ではない。少なくとも星間国家条約は厳守せねばならん。

 今回のリゼルロディア侵攻はあくまで子爵級宇宙魔族――リゼルロディアの魔王への対処だ。

 だが現地と接触してしまった以上は、惑星リゼルロディアを管理監督せねはせならん。あくまでも平和的かつ友好的にだ」

「資源とか色々欲しいだけでしょうに」

「さて、平和的に事を進めるにあたって」


 無視しやがった。


「リゼルロディアの王族との婚姻関係を結ぶのが最適だ。政略結婚と言うのは基本だからな」

「政略結婚なら適当な皇族あたりにやらせてくださいよ」

「皇族貴族の方が、このような未開の星の人間と結婚すると」

「……まあ方々にとっちゃ罰ゲームでしょうね」


 俺にとっても罰ゲームだよ。


 別なこの星の人間を原始人だとか猿だとか言って見下してるわけじゃない。単純に結婚とかいやなだけだ。


「それに、お前は勇者だ」

「違います」

「勇者だ。現地の人々にとってはな。つまりお前が生贄になるのが一番いい」


 生贄と言いやがったよクソ上司。


「だが、彼らにとって我々は、いわば天の遣いだ」

「らしいっすね」

「そんな神々の軍勢を率いる勇者が――」

「率いてねぇし。率いたとしても数名の隊員程度だし」

「姫に惚れたので結婚したいと言い出したならどうなる」

「俺が姫ならこんな冴えない男嫌ですって断ります」

「そう、断れるはずもなく、受け入れるしかない」


 会話しろよ。


「脅迫、侵略に受け取られかねぬ行為だ。

 よって穏便に済ませるためにも、姫が勇者に惚れ、あちらから結婚を申し出た形にせねばならない」

「なんでそこまでするんですかねぇ」

「それが政治というものだ。とにかく、お前は姫を落とせ」

「無茶振りすぎるわ。いいっすか少佐。自慢じゃないけど俺、今まで生きて来て19年、彼女無しっすよ」

「ちょうどいいだろう。彼女いたり妻帯者だったりしたら別れてもらわねばならぬところだった」

「そうじゃなくて、モテねえっつってんすよ」

「安心しろ。今から訓練だ」

「訓練?」

「姫を口説くためのな」

「……うぇー」


 マジで?


「作戦名は『恋の座標軸大作戦』だ」

「そのネーミングセンスはどうかと思うんすよ」

「軍司令部の決定だ。それとも次点の『オペレーション・ロマンスパラダイム』の方がよかったか」

「やっぱ帝国ってアホの国なんじゃないっすかね」


 俺は天を仰ぐ。


 ぜってー俺で遊んでるだろ。


 かくしてこの俺、フィーグリッド・アローラム少尉による、姫様攻略作戦が始まったのであった。


 やりたくねえ。


 向いてねぇよこんなの。



 ◇◇


 リゼルロディアに現存する最後の王国である、エデルガルド王国の王都――アルスレイヤ。


 その王宮の一室で、国王は頭を抱えていた。


「どうすればよいのだ……」


 会議は盛り上がった。


 姫を勇者に差し出す。ただし、勇者から婚姻を申し出る形に誘導し、星々の国と友好的かつ優位な婚約を結ぶ。


 それはいい。名案だ。文句はない。

 ただ……


「姫、死んでんだけど」


 魔族との戦争で、王女であるリリルティアナ・ラ・エデルガルドは死んでいた。


 彼女は魔術師であり、戦士だった。エデルガルドの戦乙女。そう呼ばれ、軍と民を鼓舞していた。


 故に彼女の死はなんとしても隠さねばならなかった。召喚された勇者に続き、姫まで死んだとなれば――兵たちの心が折れてしまうからだ。


 だが、隠したのがいけなかった。

 先程の会議でも、ほとんどの者が姫の死を知らない。だからあの流れになったのだ。


「死んでる娘とどうやって結婚させるんだよ」


 国王は頭を抱える。

 まさか死体を差し出すわけにもいくまい。そもそも姫の死体は戻らなかった。


「だから言ったんですぞ」


 宰相が言う。


「うるさい。あの流れで「実は姫って戦死してたんじゃ、だからそれ却下な」とか言えるわけなかろうが! 余は空気読める王様なの!」

「では最初から姫が死んだと公表すれば良かったのです。

 勇者殿に姫をくっつけようとか、姫を惚れさせようなどと言わず、姫は戦死したと宣言すべきだった」

「…………」

「陛下。あなたはいつもそうだ。なんでもかんでも先延ばしにする。

 勇者様が来られる前に、姫が戦死してると発表しておくべきだったのです」

「だって、だって」

「だっても何もありません。姫は死んだのです。もう生き返らせる事は出来ないのです。ならば勇者様に嫁がせるなど不可能です」

「じゃあ何か、勇者と天の軍勢ぶっ殺せとかいうのか、どうやってじゃよ! 宰相はいつもいつも過激すぎるわ!」

「過激な意見を先に出しておいてそれを却下された方が、話が円滑に進むからです!

 本気であんな連中と戦えるとか思ってませぬ!」

「ええい黙れ! お前はいつも正論ばっかり言いおってからに、少しはこっちの気持ちを考えぬか!」

「考えてますよ!! 考え抜いた上でこう言ってるんですよ!!」

「ああ言えばこういうヤツめが!」

「陛下こそ――」


 二人の喧嘩はヒートアップしていく。


「……とりあえずおちつこう」

「ですな」


 二人は椅子に座り直す。


「……それで、どうするのじゃ?」

「……そうですね……」


 宰相はしばらく考えた後、口を開く。


「王子様に女装していただくとか」

「お前本当……お前……」


 無理である。


 王子は屈強な戦士だ。女装させてもギャグにしかならない。いやギャグで済めばいいほうだ。単なる侮辱である。


「わが国には男どうしが結婚する風習があると説明をすれば……」

「はははははそれな。一発で開戦待ったなしじゃわ世界滅ぼされるわ」

「やはり駄目ですかのう」

「当たり前じゃろうが」

「しかしそうなると、他に手は思いつきませんな」

「うむ……」


 王は頭を掻きむしり――そして思いついたように手を叩く。


「――そうじゃ。いるではないか、一人適任が」

「ほう。誰です?」

「王子で思い出したがの、やつめが言っておったんじゃ。姫にそっくりの奴隷がいて、思わず姫が奴隷商人に捕まったかと思って奴隷市場ぶっ潰したと」

「流石は脳筋王子。何も考えていないのは父親譲りですな」


 宰相はため息をつく。


「だが、それは使えそうですな。

 兄から見ても見間違うほどの女奴隷ならば、影武者として適任でしょうぞ。して、その娘は?」

「うむ、姫が遊びに抜け出す時の替え玉として使っていたらしい」

「流石姫様。この王家いっそ滅びたらいいのにと思ってしまいます。

 この世界に残った最後の国家の王家なので、思ったところで口にできませんが」

「しとるじゃろうが」

「おっと失礼」

「まあいい。ともかく、その娘を呼ばねばな」


 そして国王はメイドの一人に命令を下す。


 しばらくして――


「お呼びでしょうか、国王陛下」


 部屋に入ってきた少女を見て、王は思わず目を見開く。

 そこに立っていた少女は、なるほど、確かに姫と瓜二つだったからだ。


 いや、むしろ生き写しと言っていいかもしれない。まるで双子のようだ。


 美しい金色の髪に、青い瞳。背は小さく胸も小さいが、それでもどこか気品を感じさせる佇まい。それでいて腰はくびれている。

 そんな少女が恭しく礼をする姿に、国王は見惚れた。


(これ程とは……)


 これならいけるかもしれない。

 いや……ここまで似ていると、もしかしてこの娘が姫で。死んだのは影武者の奴隷ではないか? とすら思える。


「本当に、姫ではないのだな?」

「はい。私には、奴隷紋がございます故……」


 そう言うと、彼女は服を捲り上げる。そこには確かに、奴隷紋があった。


「そうか……すまなかった。そなたを責めているわけではない」

「はい。寛大なるご慈悲、ありがとうございます」


 彼女は影武者だ。

 国王や王子がそう命じたわけではなく、姫が遊びに抜け出す時の替え玉として使っていたものだが、それでも影武者である。

 影武者が、主人が死んだのにのうのうと生きている――

 そんなことがあれば、即、首が飛ぶだろう。

 彼女自身も、それを覚悟していた。これが奴隷でなければ逃走する選択肢もあっただろうが、奴隷である以上不可能である。


「我が娘リリルティアナの影たる奴隷の娘よ。名は何と申す」

「アリアと申します」

「ふむ……よい名だ。ではアリアよ。今から言う事をよく聞くがよい」

「……はい」

「本来ならば、主を護れなかった影は死を持って償うが道理、しかしそなたは、戦場で侍る影ではないという話。ならば役目を全うできなかった無能、と責める理由はない」

「……はい」

「よって、その命をもって罪を贖う必要はない。ただし、その身を以て王国に忠誠を尽くすべし」


「……え?」


 予想外の言葉だったのか、戸惑う様子を見せるアリア。


「これは命令である。異議は認めない」

「いえ、ですが私は」

「安心するには早いぞ、奴隷よ」


 アリアの言葉を宰相が遮る。


「ただ国王陛下の慈悲や、戦争の勝利による恩赦などと思うでない。

 貴様には重要な任務が課せられる事になる」

「そうじゃ。星々の国より天の軍勢を率いており立たし勇者。彼に嫁ぐのだ。リリルティアナの代わりとしてな、影よ」

「ゆ、勇者様に……?」

「うむ。ただし、我々から勇者にその話をすることはない。

 あくまでも勇者から、そなたに……姫に婚姻を申し込む形に持っていくのだ」

「その通りだ。姫になりきるのだ」


 国王と宰相の言葉に、アリアはうろたえる。


「で、ですが……」

「心配するな。勇者とて男だ。姫の姿であれば、必ずや欲情するだろう」

「お、おそれながら……私、そのような経験は……」


 赤面しながら俯くアリア。


「生娘か。ならば価値ももっと上がるでしょうな」


 宰相が言う。


「ふむ、宰相なら「それはいかん、私めが教育を施しましょうブヒヒ」と言うかと思ったが」

「はははははさのお言葉そっくりそのまま陛下にお返ししますぞ」

「何をいうか。余はこれでも妻一筋だぞ!」

「嘘つけ! 側室いたじゃないですか!」


 また始まった二人の口論を聞き流しながら、アリアは考える。


(ど、どうしよう……こんなの想定外だよ……!)


 だが――もはや逃れられぬ運命なのは明らかだった。


 こうして、彼女の戦いは幕を開けたのだった。



◇◇



 惑星リゼルロディアのエデルガルド王国、王城エデルヴァイス。


 その上空を、空を飛ぶ艦隊が埋め尽くしていた。

 だが、これは侵略ではない。襲撃でもない。セレモニーの一環だった。


 ビーム花火の祝砲が鳴り響き、エデルヴァイス城の周囲に降りる白亜の宇宙戦艦【ファルトルリング】号。

そこから降りてきた一団を、エデルガルド王国の貴族達が出迎える。


「ようこそおいでくださいました、勇者殿」


 王国の、いやリゼルロディアのものとは違う鎧を身にまとった、リゼルロディアの人々が【天の軍勢】と呼ぶ軍団。

 銀河帝国が誇る宇宙トルーパーたちだ。


 そのトルーパーの隊列がふたつに割れ、一人の青年が歩み出る。青みがかった黒髪を持つ、端正な顔立ちをした青年だ。年の頃は十八歳前後といったところだろうか。


 フィーグリッド・アローラム少尉。


 普段のトルーパーの装甲服を脱ぎ棄て、新しく用意された礼服を着用している。 

「お招きいただき感謝する、皆様」


 そう言って、優雅にお辞儀をする。


「どうぞ、こちらへ」


 案内役の兵士が彼を先導し、王宮へと招き入れる。


「勇者殿、お待ちしておりました」


 謁見の間に入るなり、玉座に座る王が声をかける。


「お久しぶりです、陛下」

「勇者殿も壮健そうで何よりです」

「ははは、おかげさまで」

「ところで、後ろの二人は?」

「ああ、紹介が遅れましたね。私のパーティーの仲間です。挨拶しろ」

「重戦士グレガー・マイルズです」

「治癒術師エルマ・エルスにごさいます」


 控えていた二人が挨拶する。


 無論肩書はでたらめである。伍長だのなんだのはこの惑星では通じないので、適当に言っている。

 まあ、エルマは実際に治癒の魔術は衛生兵レベルには使えるし、グレガーも普段から重武装で戦っているので、嘘は言っていない。

 エルマはかなり猫を被っているが。

 普段を知っているものが見れば、あまりの豹変ぶりに笑い出すであろうことは想像に難くない。事実、リハーサルでフィーグは大笑いして殴られた。


「拝謁に預かり光栄に存じます。よろしくお願いいたします、国王陛下」


 にっこりと微笑むエルマ。


(誰だよお前)


 フィーグは内心そう突っ込んだ。


「こちらこそよろしく。勇者殿は美しいお仲間を連れていて、実にお羨ましい」

「いえいえ」


 何か下手な事を言うと後で蹴られるので、フィーグは当たり障りなく答えておいた。


「それでは勇者様方。式典会場へとどうぞ」


 宰相が言い、音楽隊が演奏を始める。

 フィーグ達は王と共に入場し、壇上に立つ。


『皆のもの』


 王の声が拡声の魔法を通じて響く。


『ここに集いし勇敢なる戦士たち諸君! 今日この日を迎えられたことを喜ばしく思う!』


 王の演説が始まる。それを聞きつつ、フィーグは周囲を見回した。


(なるほど……)


 流石は大国の王だけあって、集まる人の数も凄まじいものだ。


 そして、この王もなかなかの人物らしい。立ち並ぶ貴族の誰もが、王に対して敬意を払っているのが見て取れる。

 だが、それだけではない。

 その後ろに控える兵士達もまた精鋭揃いだ。恐らく全員、名の知れた強者なのだろう。


 そけを見ているフィーグの頭に、グレガーの声が響く。念話だ。

 魔法が仕えなくとも、耳に付けたデバイスで通話は出来るのである。


『屈強な兵士、騎士を用意したのは、示威というか見栄ですかね』

『でしょうな。帝国軍……天の軍勢に負けてはいないぞ、と見せておかねばならんのでしょう』

『大変ですよねー、国とかって』


 念話を交わすする三人。

その時、ふとフィーグの視線が、ある人物で止まった。


(あれは……)


 そこにいたのは、豪華なドレスに身を包んだ、金髪の少女だった。

 年齢は十代半ばくらいだろう。どことなく気品を感じさせる佇まいをしている。

『データと一致しますね』

『そうか、うのあの娘かー……』

『少尉、ロリコンだったんですね』

『黙れマイルズ伍長。俺の意思じゃなくて命令だ、アホな命令』

『はいはいそうですねー』

『くそ、いつか絶対泣かせるからなお前ら』

『あ~怖いこわいっと』


 軽口を叩き合う二人をよそに、少女の方をじっと見ていたフィーグだったが――不意に少女がこちらを向いた。


(!?)


 思わず動揺するフィーグ。少女はじっとこちらを見つめている――ような気がする。

 何故? いや気のせいだろう――そう思おうとするのだが――何故か目が離せない。

 まるで吸い寄せられるように見つめてしまう。

 そんな自分の様子に気づいたのか、少女がふわりと微笑んだ。

 ドキッとするフィーグ。何だ今の感覚は? まさか一目惚れでもしたのか自分は?


 いや違う。自分の周囲にいた女性はゴリラみたいなのだったり、性格キツかったり、トカゲ型エイリアンだったりそんなのばかりだから、まともっぽい女の子にどきっとしただけである。

 きっとそうだ。そうに違いない。 そんな事を考えつつも視線を逸らせない自分に気づくフィーグ。

 そんな様子を見て、エルマはニヤにと笑った。


『どうしました? 勇者様?』


『何でもない。任務に集中しろ、伍長』


 ふてくされたように答えるフィーグ。


『勇者様はああいう女性が好みですか?』

『ちげえよ』

『あら、照れなくてもいいんですよ?』

『うるせえ』

『少尉、伍長、二人とも仕事しましょう』


 そんなやり取りをしているうちにも、式典は進んでいった。


◇◇


「勇者様、晩餐会の準備が出来ております」


 用意された部屋に、使用人が呼びに来た。


「わかりました。すぐに向かいます」


 グレガーが使用人に返答する。


「少尉……じゃなかった、勇者様。いよいよですね」

「……ああ」


 フィーグはげんなりしながら答える。


 これからだ。

 これから晩餐会と舞踏会が始まる。そこでリリルティアナ王女と正式に出会う事になる。

 そこから……彼女に惚れさせ、彼女から婚約を申し込ませなければならない。


「うーん、こういう惑星の料理って美味しいの多いからな―楽しみだわ」

「エルス伍長……治癒術師殿は気楽ですね」

「そりゃそうよ。私が頑張らなきゃいけない理由なんてないもの」

「そうですか……一応我々は勇者殿の護衛なんですが」

「こんな所で勇者様をぶっ殺そうとする馬鹿なんていないでしょ」


 だんがグレガーは言う。


「いるから馬鹿なんですよ。馬鹿を甘く見てはいけません」


 グレガーの言葉には重さと説得力があった。


「……何があったのよ」

「大変だったんだな」

「ええ」


 グレガーは死んだ魚の目のような目をして言った。


「まあそれはいいんです。大変なのは少尉のこれからです」

「わかってるよ」


 ため息をついて、フィーグは腰を上げる。


「さて、行こうか」


 三人は連れ立って部屋を後にした。


◇◇


「はあ……」


 リリルティアナ王女こと、奴隷のアリアはため息をついた。


 もうすぐだ。


 もうすぐ、与えられた王命を果たさなければいけない。


 この国。いやこの世界のため、天より降り立ちし勇者と会い――惚れさせる。


 それが彼女に課せられた使命だった。

彼女は今、自室――王女の部屋にいる。この時点でもう落ち着かない。

 勇者が来る前に、心の準備をしておきたかったのだが――


「どうしよう……」


 アリアは思う。自分が上手くやれる自信などなかった。

 そもそも、人とコミュニケーションを取るのが苦手なのだ。

 リリルティアナ王女の元に来る前も、その性格が災いして買い手がつかなかった。

 姫の元に来てからは、身代わりとして適当にニコニコすればそれでよかったので問題なかったが……

 まさかこんなことになるとは。


「無理。無理です。私にはとてもできません……!」


 頭を抱え、ベッドの上でごろごろ転がるアリア。

その時、ドアがノックされる音がした。


「誰?」


 恐る恐る声をかける。


「私ですよ」


 入ってきたのは、彼女の世話係兼護衛役のメイドだった。

 年の頃なら二十歳前後。栗色の髪をした美しい女性だ。


「トリア様……」

「様はいりませんよ。貴女は奴隷ではなく、姫様なのですから」

「は、はい。あ、いえ。ええ、そうねトリア。何の用ですか」

「そろそろ時間です。晩餐会に出席しないといけません」

「あ、あわわわわわわ」


 慌てだすアリア。トリアはため息をつく。


「はい、姫様はそういう事言ってませんでしたよ」

「うう……ごめんなさい」

「ふふ、いいですよ。少し緊張なさっているようですね」

「だって……初めて会う人だし」

「大丈夫ですよ、姫様」

「でも、失敗できないし」

「大丈夫です。いつも通りやれば」


 今までなんとか姫の代役をこなしてきたことを、トリアは知っている。


「そ、そうかな……?」

「そうですよ」

「う、うん……わかった」

「では参りましょう」

「うん!」


 なんとか繕った笑顔で頷くアリア。それを見て、トリアも微笑む。


「それでは、ご案内します」

「お願いね」


 二人は部屋を出て、晩餐会の会場へと向かう。


(ふう……大丈夫。大丈夫ですよね)


 自分に言い聞かせるアリアであった。


◇◇


 豪華絢爛な、巨大すぎるシャンデリアに照らされた大広間。そこに着飾った人々が集っていた。


 楽団による優雅な演奏が奏でられ、人々は談笑に興じている。


 自身の戦争での武勇伝。

 天の軍勢の強さを褒め称える声。

 戦争で跡継ぎを失った貴族へと身内を養子として売り込もうとする者。

 様々な思惑が交錯する中、やがて――その時は訪れた。


 扉が開き、広間にいた全員が視線を向ける。

そこには、二人の人物がいた。


 一人は、黒髪の青年。精悍で整った顔立ちをしており、その眼差しには強い意志が感じられる。


 もう一人は、金髪の少女。優雅で上品な雰囲気を醸し出している。その所作は洗練されており、育ちの良さを感じさせる。


 勇者フィーグリッド・アローラムと、王女リリルティアナ・ラ・エデルガルドだ。


「勇者様。こちらが我が国の王女、リリルティアナ姫にございます」


「初めまして、勇者様。

 お会いできて光栄ですわ」


 そう言って頭を下げるリリルティアナ。


「こちらこそ、王女殿下にお目に掛かれて光栄です」


 フィーグもまた会釈を返す。

 お互いに笑顔を交わす。

 視線が交錯する。


(さあ……)


(ここからが……)



◇◇


「戦いだ」


 エデルヴァイス城の上空に浮かぶ、帝国艦隊旗艦ファルトルリング。

 そのブリッジで、ロバート・ハンス・ ケルヴィン少佐はモニターを見る。

 そこには城の晩餐会が映し出されていた。この映像は今、彼の手元にある端末でリアルタイムに見ることができる。

 これは、グレガー・マイルズ゜伍長からのものだ。


『第一段階は成功、といったところかな』


 伍長に念話で話しかける。


『はっ、現在城内の警備状況は把握済みであります』


「さて……」


 ケルヴィンはフィーグへと通信を送る。


「聞こえるかアローラム少尉、まずは、そうだな……彼女の容姿を褒めろ」


 だが、そこに背後に控えていた副官が待ったをかける。


「少佐。いきなりストレートを放ってもかわされるのがオチでは。彼女は一国の姫、宮廷での恋愛の駆け引きには慣れているかと」

「ふむ、確かにその通りだな」


 ケルヴィン少佐は頷く。


「だが、だからこそだ。いわばこれはジャブにすぎん。何事も先手必勝なのだ」

「……なるほど。たしかに一理ありますね」


 副官は納得す

る。

「いいか少尉。そのドレスを褒めるのだ。敵は今回の戦いに、武装を固めて挑んできているはずだ。それを褒める事で第一の突破口とする」


 ケルヴィン少佐は真剣に命令を下す。




『わかりました、少佐』


 フィーグは頷いた。


『よし、行け少尉。帝国の未来は貴様の双肩にかかっている』

『了解』


 そして、フィーグは口を開いた。


「き、綺麗なドレスですね」

「ありがとうございます」

「とてもよくお似合いですよ」

「ありがとうございます」


 そうしていると、ケルヴィンからさらなる指示が届く。


『ドレスだけでは手ぬるいぞ! アクセサリーもだ!!』

「そちらのネックレスもよく似合ってますよ」

「ありがとうございます」


 リリルティアナはにっこりと笑う。


(さっきからありがとうございますしか言わないな……)


 フィーグは内心困惑する。何か反応が欲しいところだが、会話をミスったのだろうか。


『まだだ、もっと褒めるんだ!』

『……わかりました』


「その冠も実にお似合いです」

「ありがとうございます」


『次は髪だ!! 髪に注目するのだ!!!』

『……あの、髪がどうとかって、髪型っすか、それとも色とかつやとか?』

『気にするな、なんでもいいいいから褒めておけ!! 次は目、鼻、唇、とにかく褒めて褒めて褒めてとにかく褒めて、褒めぇーっ!!』


 なんだか知らないがヒートアップするケルヴィン少佐。


 ぶつん。ざー。


 一瞬ノイズが走り、そして副官と念話が繋がった。


『少尉。少佐殿は気分がすぐれないようです。ここで一旦通信を切ります。ご武運を、オーバー』

『えっ、ちょっと!?』


 次の瞬間、プツンと音がして通話が切れた。


「…………」


(役にたたねええええええええ!!!!!!)


 フィーグは内心絶叫した。


 そしてそんな勇者と相対する王女は……




(なんか無茶苦茶グイグイ褒めてくるんですけど!!)


 心の中で悲鳴を上げていた。


『ええい、怯むな娘よ!』


 突如、アリアの頭に声が響く。

 こちらも念話だ。


『国王陛下……』

『お父様、あるいはパパと呼べ! いやそれはいい』


 国王は、エデルヴァイス城の地下にある隠された部屋から、その戦いを監視していた。


 映像は宮廷魔術師によって中継されている。

 念話も宮廷魔術師によるものだ。


 勇者と姫をくっつけるのはこの世界を守ることに繋がる。ただ黙って見ているわけにはいかないのだ。


『臆するな! そなたならばできる。勇者殿を射止める事ができるはずだ』


 根拠のないその言葉に励まされ、アリアは気力を取り戻す。そうだ、自分はそのためにここにいるのだ。


「どうしました?リリルティアナ姫」

「い、いえ、何でもありませんわ」


 平静を装って答えるアリア。

 しかし内心では混乱していた。


(ど、どうすればいいのでしょう!?)


『よし、ここはパパが指令を出す!』


 国王の声が響く。それはアリアにとって願ってもないことだった。

 奴隷として生きてきたのだ。ただ言う事を聞き従うだけならば、慣れている。


『姫は今こそ反撃の時だ! こう言ってやれ!』

『はい!』


 意を決し、告げる。


「とても素敵なお召し物ですわね」

「そうですか?」

「ええ、とっても素敵ですわよ」

「そうですか」


(え、それだけ?)


 拍子抜けしてしまうアリア。

 眼前の勇者は、柔らかい笑顔を浮かべたままだ。


(そうか……勇者様ですもの、やはり賛辞にはなれているのですね)


 これはやり方を間違えたか。


 だが……



(うわああああああ女の子に正面から褒められた!)


 フィーグはフィーグで慌てていた。


 何しろ軍人としてずっと生きてきたのだ。服装など軍服とジャージやTシャツ、そしてトルーパーの装甲服ばかりである。


 女性から外見を褒められたことなどほとんどない。

 エルマからは、「隊長って冴えないですよね」ぐらいしか言われたことが無い。よくて「まあ無難ですね」程度だ。

 そんな彼にとって、目の前の少女はとても眩しい存在に見えたのだった。


(何なんだこの子は……すごく可愛いじゃないか……! 誰だ姫様とかめんどくせえ罰ゲームだと言ったやつは!)


 フイーグリッド・アローラムその人である。


 フィーグはちょろかった。


 だが、フィーグの任務はあくまでも相手に惚れさせ、優位に事を進める事だ。自分が惚れてはいけない。


(軍の訓練を思い出せ。トルーパーは、敵に捕まっても洗脳されたり自白したりしないよう、鉄の意思が大事だ!!)


そう、彼は耐え続けた。ひたすらに耐え続ける。


「あ、あの……」

「あ、すみません。つい見惚れてしまいました」


「っ!?」

「いや、本当に綺麗ですよ」

「……あ、ありがとう、ございます」


 アリアの顔がみるみる紅潮していく。どうやら効果があったようだ。


『なあにが見惚れていましたじゃこんクソ餓鬼ゃあああああ!!! 言ってやれ、あなとは住む世界が違いますからと!!』

「あなたとは住む世界が違いますから……はぇ?」


 アリアは自分の言わされた言葉に驚く。

 脳内で宰相の声が響いた。


『何言いだしてんですか陛下はぁ!? 相手は勇者ですよ!!』

『だってあいつワシの娘……いや娘の影武者だけど、コナかけてきやがったぞ!?』

『それが目的だろうがこのボケぇええ!』


 とのあえずアリアは脳内で響く二人の喧嘩を無視することにした。


「そ、そうです勇者様、私とあなたは違う世界の……文字通り違う世界に住んでいましたので、その……隣の芝生は青いというか、きっとそういうふうに眩しく見えてしまわれるのでしょう」


 アリアは脳をフル回転させて必死に言い訳をして誤魔化す。こんな事で嫌われては任務を達成できない。とりあえずこの話題を続けたくないのだが……その時だった。


 ――ぐうううう~


 大きな音が鳴った。腹の虫が鳴る音だ。


「…………」

「…………」


 気まずい沈黙が流れる。


(しまったぁああああああ!!!)


 思わず頭を抱えそうになるアリアだったが、なんとか堪える。

 今はそれどころではないのだ。


(どうする……?どうしたらいいの私ぃいい!!)


 フィーグもまた焦っていた。


(なんでこの人お腹鳴らすんだよおおおお!! こんな時イケてる勇者ならど゛うするのが正解なんだ、教えて少佐!!)


 しかしブリッジとの通信は途絶えたままだ。


(なら……こんな時のために!! エルマお前なら……)

 エルマのいる場所に視線を送る。


 頼れる隊員は、晩餐会の肉料理に夢中になっていた。


(使えねえええええええええ!!!!)


 絶望感に襲われるフィーグであった。


 そして絶望したのは、アリアも同じだ。リリルティアナ王女は衆目の前で腹の虫など鳴らさない。


(もうダメだぁ、おしまいです……)


 絶望と焦燥の中、彼女は……


「ど、ドラゴンです」


 そんなことを言ってしまった。


「ドラゴン……ですか?」


 フィーグは思わず聞き返す。急に何を言い出すのだろう。


 だが彼女は至って真剣な表情をしている。


「はい、私の国には伝説があるのです」

「ほう……?」


 彼女は語りだした。彼女の祖国に伝わる神話を。その内容はこうだ。


 はるか昔、神々の戦いの時代より遥か以前の出来事だという。

 この地に一匹の竜が現れたという。その名は邪竜王アジ・ダハーカといった。その身からあふれ出る魔力によって瞬く間に国は崩壊していったのだという。

 そこへ現れた七人の神器使い達により封印された。その封印の上に、この城が建てられたのだ。


「そして、竜は完全に滅んでいなくて……時折、竜の怨念が唸り声となって響くのです」


 その説明を聞いて、フィーグは思った。


(なるほど。そうやって誤魔化すわけか)


 苦しい言い訳だ。だが、ここは乗っておこう。どうせ自分はこの惑星の人間ではないのだから、騙されても不思議はない。


「そのような事があったのですか」

「はい」


 そう言って、アリアは笑った。


(よし、なんとか乗り越えました!)



 一方その頃。

 城の地下では国王と宰相の喧嘩は続いていた。


「そもそもお前があんな事を言ったせいでこうなったんだろうが!」

「言い出したのは大臣ですー、わしじゃないですー!」

「あっ責任転嫁かよみみっちいな!」

「だいたいあの娘は姫様本人じゃなくて替え玉でしょうが! それをなんでみみっちい嫉妬してんすか! 器ちっちゃい!」

「逆じゃー、博愛主義者なんじゃワシは!」


 国王と宰相。身分には絶対の差がある。だが、今の二人はどう見ても同レベル……それも低レベルな争いをしていた。取っ組み合ってすらいた。

 それを眺める兵士たちは、頭を抱える、ため息をつく、苦笑する……様々な反応だった。


 平和である。


 そう、平和だ。戦いは終わったのだから。


 だが――


「なんじゃとこらあ!!」


 国王が宰相を突き飛ばす。

 突き飛ばされた宰相が壁に手をつくと……その部分が、がこんと音を立てて沈んだ。


 そして同時に、地の底から響くような低い音が響いた。


「な、なんじゃあ!?」


 それは、城の地下深くに設置された、巨大な機械装置からのものだった。


◇◇


「なに?どうしたの?」


 フィーグは周囲を見渡す。

 王宮が揺れている。地震だろうか。いや違う、これは……地下からだ。

 この地の底には、伝説の邪竜王とやらがいるという。いや、それは腹の虫を誤魔化すためのでっちあげだ。

 そう思った時だった。轟音とともに天井が崩れてきた。


「くっ……!」


 とっさに回避するフィーグ。崩れてくる瓦礫を避けながら後退する。

 崩落はすぐに収まったが、今度は地面が大きく揺れ始めた。まるで山自体が動いているかのような衝撃を感じる。


「何が起きているんだ……」


 すると、足元の床が開き、そこから何かがせり上がってきた。

 それは円柱状の金属の塊だった。高さ十メートルほどもある。表面には幾何学的な模様が描かれている。

 そしてその円柱が回転し、そして展開していく。


「強力な魔力反応!

「これは……」


 その姿は。


 そう、ドラゴンであった。


 全長二十メートルはあるであろう漆黒の巨体。鋭利な牙が並ぶ口、鋭い爪の生えた四肢、太い尻尾、爬虫類を思わせる瞳のない目、背中には大きな翼が生えていた。全身を覆う鱗は漆黒に輝いている。

 その姿に、フィーグはかつて戦った巨大生物を思い出した。


(あれはたしか……ワイバーンだったか?)


 だが目の前のドラゴンはそれよりも一回り大きいように感じた。


「ていうか、マジ話だったのかよ!」


 そのフィーグのぼやきに、


「そんな……本当に……」


 アリアが言う。


「えっ」

「えっ」

「……」

「い、いえ、伝説は本当だったんだなって」


 嘘である。


 アリアの語った話は一から十まで出まかせであった。アドリブである。


 で゛はこのドラゴンは何か。

 フィーグもアリアも、国王たちも知らないが、この竜は外敵迎撃用の古代兵器である。

 そして、フィーグたちはまさにこの竜……ドラグガードナーにとっては外敵であった。

 それも当然だ、フィーグたちはこの星の人間ではないのだから。

 そんな者たちが、守護すべき聖なる王城に足を踏み入れていた。

 そして国王たちの手によって、偶然にも、迎撃用の承認装置が作動したのだ。


 まさに嘘から出た誠であった。


『目標確認』


 突然声が響き渡ったかと思うと、その口が開いた。喉の奥に赤い光が見える。


『排除。攻撃開始!』


 次の瞬間、熱線が放たれた。一直線にフィーグに向かって放たれる。


「うおっ!?」

「きゃっ!?」


 アリアを抱え、慌てて避けるフィーグ。熱戦はフィーグの居た床で爆発する。


「あぶねええ!?」


『次弾発射準備完了』


 再び口を開けるドラグガードナー。その様子を見て慌てるフィーグ。

 このままではまずい、何とかしなければ。


(そうだ、リリルティアナ姫だけでも助けないと……!)


 抱えた少女を見る。

 だが彼女は真っ青な顔で震えていた。無理もない、レレルティアナはともかく、アリアはただの奴隷だ。

 しかも、彼女が奴隷になったのは、魔王軍によって祖国が滅ぼされた時だ。かろうじて生き残った彼女は、奴隷商人に捕まり――いや、『保護』された、

 その時の恐怖はいまだに消えていない。


「いや……いやああああああ!!!」

「落ち着いてください」

「やだ、助けて……」

「大丈夫です、俺を信じてくれ」

「え……」

「俺が守るから」


 その言葉に、アリアの動きが止まった。


 フィーグは彼女を守ると言った。その言葉はアリアにとってとても嬉しい言葉だった。

 今まで、自分を守ろうとしてくれる人などいなかったのだから。


 でも、それは……自分がリリルティアナ王女だからだ。アリアだから守めのではないだろう。

 勇者は姫を守るもの。奴隷を守るなど……


「エルマ! グレガー!」


 フィーグは叫ぶ。その声にアリアは我に返る。


「俺が敵を引きつける。皆を避難させろ! 誰一人として、死なせないぞ!」

「了解!!」


 そのまっすぐな言葉。前を見据える瞳。その姿にアリアは確信する。


 自分が姫だから、じゃない。


 目の前に、救える命が、守れる命があるならば全力で守る――決して取捨選択などしない、そんな、戦士の貌だ。


「姫様、こちらに」


 エルマがアリアをフィーグから引き離す。アリアは黙って従う。ただ一言、


「勇者様――いえ、フィーグ様。ご武運を」


 そう伝えた。

 フィーグは振り向かず、ただ頷く。


「うおおおおおお!!」


 フィーグは走り出す。迫りくる熱線を掻い潜り、ドラグガードナーへ肉薄する。


「おらあああ!」


 剣を叩きつける。だが、堅い装甲に覆われた体に刃が通らない。


『対象の脅威度上昇』


 ドラグガードナーはその尾を振るう。鞭のようにしなりながら繰り出される一撃を、フィーグは大きく跳んで躱す。


「ちいっ」


 フィーグは舌打ちする。


(やはり固いな)


 フィーグは再び剣を構える。


(トルーパーの武装があればいいんだが……!)


 式典ということで置いて来たのが失策だった。

 そして、ドラグガードナーがジャミングしているのか、外とも通信が取れない。

 だがまあ、旗艦と連絡が取れたとしても、艦隊からの援護は期待できない。

 一斉砲撃などされたら、城ごと倒壊してしまう。 だが、それでも……


(やるしかない、か)


 フィーグは覚悟を決めた。


◇◇


 その時、アリアは他の貴族や兵士たちと一緒に避難していた。


(怖い、逃げたい、もう嫌、なんで私がこんな目に、帰りたい、お家に帰りたい)


 心の中では弱音があふれていた。だが、それと同時に彼女は考えていた。


(私は……あの人を信じる)


 自分を守ってくれると言ってくれた、あの青年を。自分の言葉を、信じようとしてくれた彼を。

 彼女は思う。彼の強さは本物だ。

 だからこそ、彼ならきっと勝てると。だが、今のままじゃダメだ。

 彼は一人で戦っている。それでは勝てないだろう。

 ――戦わなければ、勝てないのだ。

 そして、リリルティアナ・ラ・エデルガルドは、エデルガルドの戦乙女と呼ばれた戦士なのだ。自分はその影だ。

 だったら、役目は果たさないといけない。


(私も戦う!)


 アリアは立ち上がる。彼女は震える足を前に出す。彼女の心はもう決まっていた。


◇◇


 フィーグは駆ける。

 迫る熱線を紙一重で避けながら接近を試みる。しかし近づけば近づくほど、その大きさと堅牢さが分かる。


「くそ、やっぱりダメなのか……?」

「隊長!」

「少尉!」


 そこに、エルマたちが駆けつける。


「姫様は?」

「大丈夫です、他の連中もまとめて避難させた」

「良かった……」

「それより、こいつを倒す方法は無いんですかかね?」

「現状では厳しいかと」

「じゃあどうする?」

「それは――」


 三人は相談する。その間にもドラグガードナーの熱線は飛んでくる、壁に隠れてやりすごすが、止まる気配はない。


「せめて通信妨害だけでもなんとかできれば……」

「それなら可能です」


 そう言ったのはグレガーだった。その手には小型の端末が握られている。


「その手のジャミングには慣れてますので。時間をいただければ……」

「さすがマイルズ伍長、図体に似合わず繊細ね」

「褒められてる気がしないんですけど」

「褒めてるのよ」


 そう言ってエルマは微笑む。こんな時でもいつも通りな彼女に少し救われる気がした。


「……よし、じゃあ頼む」

「はい」


 グレガーが作業に取り掛かる。そしてフィーグたちき時間を稼ぐため、飛び出した。



◇◇


 その戦いを、舞踏会に参加していた貴族や兵士たちは見ていた。ある者は怯え、またある者は感嘆の声を上げていた。


 全員に共通するのは――動けない、動こうとしない事だった。


 当たり前だ。敵はドラゴン、それも鋼の竜。

そして、魔王を倒した勇者が戦っているのだ。動けるわけがない。


「おい、勇者様……押されてないか」

「確かに……」

「まずいんじゃないか、このままじゃ」


 不安がよぎる。だが、彼らもまた動けなかった。


 その時――


「戦いましょう」


 そう声が上がる。

 皆が声の主を見る。


「姫様……」


 それは誰であろう、エデルガルドの戦乙女。戦姫リリルティアナ。その人だった。


「姫様……しかし我々は武器を持っていませんし……」


 剣や槍はある。魔法を使えるものもいる。だが通じるとは思えない。


「……いいえ、まだあります」


 そう言うとリリルティアナは歩き出す。そして向かう先にあるのは――王城が誇る巨大なシャンデリアだ。


(まさか……)


 誰もが思っただろう。だが誰もそれを口にはしなかった。


「確かに通じないでしょう。ですが、あれを使えば一瞬でも動きを止められるかもしれません」


「でも、かも……でしょう」

「そんなことをして、我々に竜の牙が向いたら……」


 口々に言う貴族たちに、リリルティアナは言う。


「このまま黙って見ていろと言うのですか? かつての魔王に続き、あの竜すらね、勇者様に倒してもらう、と?」


 リリルティアナは、息を吸い、言う。


「――恥を知りなさい!! それでも、リゼルロディア最後の王国、エデルガルドの騎士、貴族、兵士たちか!!!」


 その言葉に、全員が息を飲む。


「勇者様が、天の軍勢が現れるまで、貴方たちは何をしてきた。

 ただ諦めて天に祈っていた?

 ――否。戦っていました。召喚した勇者が倒れ、私が傷つき戦線を離脱してもなお――多くの屍山血河を踏み越えて戦った。踏みとどまった。絶望と恐怖の中でそれでも――戦いました。

 だから、勇者様は天の軍勢を率いて現れた。そして魔王を打ち倒したのです。

 確かに魔王を倒したのは彼らです。彼です。

 ですが――」


 リリルティアナは皆を見る。


「それを支えたのは、貴方たちです。我々なのです。

 勇者様は、今また、私たちの助けを待っている。共に戦う時が、また来たのです。

 思い出して、勇気を。誇りを。矜持を。魂を。そしてなにより――愛を。

 愛する者たちを守るために戦う時が来たのです! さあ、行きましょう! 私たちの力で、この国を救う時です!」


 その演説に、皆の心に火が付いた。そうだ、自分たちは戦えるのだ、いや、戦うべきなのだ。なぜならそれが――この大地に生きてきた、人間の誇りなのだから。


 彼らは走り出す。自分たちの武器を握り締めて。


◇◇


 フィーグは走る。ドラグガードナーの攻撃を避けながら接近する。

 攻撃は苛烈さを増していく。だが止まらない。ここで止まれば負けるからだ。


『脅威度上昇』


 ドラグガードナーが熱線を放つ。フィーグはそれを避ける。その隙に肉薄する。


「おおっ!」

『排除』


 ドラグガードナーは尾を振るう。

 フィーグは跳躍する――が、その脚が掴まれた。ドラグガードナーの尻尾だ。そのまま振り回され、壁に叩きつけられる。


「がっ……!」


 衝撃に一瞬意識が飛びかけるがなんとか耐える。

だが休む間もなく再び振るわれる尾を避けることは出来ず直撃する。

 今度は床にたたきつけられる。

 あまりの衝撃に床が崩れる。さらに崩れた破片がフィーグを襲う。とっさに腕でガードするが、傷ついた体では遅すぎた。


「くっ……」


 せめて装甲服を着ていれば。

だが……


「!?」


 フィーグの前に、兵士たちが盾を持って立ち、破片を防いだ。


「大丈夫ですか、勇者様!」


 兵士の一人が叫ぶ。見れば彼らの体は傷だらけだ。それでも、その瞳には決意があった。


(そうか)


 もう、とっくに心は決まっていたのだ。そして彼らはここに来たのだ。


(彼らも――兵だ)


 ならば後はもう簡単だ。やることをやるだけだ。ただ、それだけなのだ。

 フィーグは立ち上がる。そしてドラグガードナーを睨む。


『対象の脅威度増大』


 ドラグガードナーはフィーグに向かって突進してくる。

 フィーグは跳ぶ。そして空中で剣を構える。

 ドラグガードナーとすれ違いざまに、剣を突き刺す。

 だが、装甲を貫くことは出来ない。


(やはり、生半可な攻撃じゃ無理だ。動きも速い、せめて隙が出来れば――)


 ならばどうするか。

 その時、姫の声が響いた。


「全員、撃てえええ!!」


 その声に応えるように、周囲から一斉に魔法や矢、槍が放たれる。それらの半数はドラグガードナーに命中し、そして残りは――


「!」


 フィーグは天井を見る。

 巨大なシャンデリアに攻撃が当たり、そして落ちる。

 ドラグガードナーに向かって。その重量を支えていた支柱を失い、落下していくシャンデリアは、轟音と共にドラグガードナーを押しつぶした。


「いまだ!」


 フィーグは跳躍し、シャンデリアの下敷きになっているドラグガードナーの上に立ち、


「であああああああっ!!」


 剣を突き立てる。

 鋼の装甲だ、剣は刺さらない。だが、装甲の隙間になら突き立てることは出来る。


『損傷確認。修復開始』


「させるかよ!!」


 フィーグは剣を引き抜き、その穿った穴に向かい、光線銃を撃つ。


『ダメージ甚大。緊急回避モードへ移行』


 ドラグガードナーは動き出す。その巨体を動かし、シャンデリアの下から抜け出そうとする。

しかし、その動きは鈍い。


 そして――


「少尉! ジャミング解除できました!」


 グレガーが叫ぶ。


「退避してください!」

「! わかった!」


 グレガーの言葉に、フィーグはドラグガードナーの背から飛び降りる。


 そして、そのタイミングで、王城の窓を割って無人戦闘兵器ドローンが飛んできた。


『脅威、多数出現。迎撃行動に移行』


「てぇぇぇえ!!」


 グレガーの声を合図に、数十機のドローンが一斉に襲いかかる。


 その光線銃一斉掃射によって、ドラグガードナーは蜂の巣になる。


『被害、甚大。修復。修復。修復――――不能』


 そして、ついに――その機能を停止した。


◇◇


 それからすぐに、城の外から宇宙トルーパーたちが突入してきた。

 ドラグガードナーの亡骸――いや残骸を取り囲み、ドラグガードナーの出てきた穴にも降下して厳重に調査している。


「ふう……」


 フィーグは膝をつく。かなり消耗してしまったようだ。体が重い。息が切れる。心臓の音がうるさいほどに聞こえる。だけど――


「勝ったのか……」


 その事実に安堵する。


「はい。勇者様のおかげです」


 見ると、リリルティアナが立っていた。だが――


「大丈夫か?」


 フィーグは立ち上がり、リリルティアナ姫を支える。彼女は震えていた。

 無理もない。リリルティアナではないアリアは、ただの少女なのだ。


「はい……ご無事で、よかったです。フィーグ様」


 そう言って微笑む彼女はとても美しかった。

 まるで女神のようだとフィーグは思った。


「ああ……うん」


 なんだか照れくさい気持ちになって頬を掻くフィーグを見て、アリアは微笑む。'


(ああ、だめだ。これ、お役目果たせない、失敗かもです。ごめんなさい国王陛下、姫様)


 アリアは――この時理解した。


 自分は、この男を好きになってしまった。

 自分は奴隷であり、心などとっくに死んでいると思ったのに。


(こんな気持ちになるなんて、思わなかった)


 胸が熱くなる。心臓が高鳴る。顔が赤くなるのが分かる。

 そんな自分に戸惑いながらも、アリアの心は幸せに満ち溢れていたのだった。



 一方、フィーグも……


(やばい。あーこりゃやばい、任務失敗かもしれん)


 目の前のお姫様が可愛すぎた。

 前情報として、勇敢に戦い、戦士たちを導く戦姫だということは知ってた。

 だが、実際に会ったのはごく普通の戦いを知らぬ少女のように見えた。

 事実、ドラグガードナーが現れた時は明らかに恐怖していた。


 だが、兵士や騎士貴族たちを率い、鼓舞して戦いに参加してきた。


 恐怖に、必死に耐えながら。

 その姿を尊いとフィーグは感じた。


 そして、そんな彼女を守りたいとも思ったのだ。


 彼女の笑顔を見たとき、どうしようもなく心が震えたのだ。


(まずいなぁ……これは)


 心の中で苦笑する。

 任務は彼女に惚れさせる事だ。だがこれではあべこべだ。



(だけど)

(そう、だけど)


 二人は思う。


 まだ、まだだ。まだ負けていない。


 好きになったら負けではない。

 自分から告白したら負けなのだ。

 相手を好きになった。だから自分を好きにさせる――


 そう、戦いのスタートラインに立っただけなのだ。

 障害は多い。

 自分が勇者などではないただの兵士だと知られてはいけない。

 自分が王女などではなくただの奴隷だと知られてはいけない。

 そのうえで、相手に自分を惚れさせて、婚約を申し込ませねばならない。それが二人に与えられた任務である。


(戦いは――)


(これからです!)



 偽物勇者と偽物王女の、宇宙を股にかけた婚約戦争。

 それは始まったばかりだった。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ