9.サイラス家のお茶会①
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初めて訪れたサイラス公爵家は、お屋敷というよりお城だ。フォワダム家より広く高く大きくそびえ立っていて、見上げ過ぎて、見回し過ぎて、首が痛くなるほどだ。その上、格式高いお屋敷は歴史と威厳を主張していて、入る者を選ぶ命でも宿っていそうだ。
こんなにも未熟な自分では屋敷に拒まれそうだと不安だったアディリアは、お茶会の場所が庭園であることに感謝した。
だからこそ、そんな威厳のある屋敷の主である、公爵夫妻が自らアディリアを出迎えてくれたのは驚いた。
「初めまして、ベルナルド・サイラスです。この度は無理を言って我が家に出向いてもらい、感謝します。また、娘の非礼を許していただいただけでなく、アーロン殿下を取り成していただいて、本当に感謝の言葉しかありません」
公爵家の当主が格下の小娘相手にする挨拶ではない。サイラス公爵の手厚すぎる態度に尻込みしてしまったアディリアは、マナーを叩きこんでくれたフェリーナに心の底から感謝した。
「こちらこそ本日は、お招きいただきありがとうございます。フォワダム家次女のアディリアでございます。取り成したなど、そのような大層なことはしておりません。わたくしは友人として、エルシーナ様の人となりを殿下にお伝えしただけです。本日が実りある日であることを願っております」
アディリアは淑女として、心にもないことを笑顔で言い切った。
何をしているのか? アディリアはサイラス家のお茶会に来ていた。
お茶会といえど、集まるのは四人。規模で言えば小規模だが、全く小規模ではない人達が招かれている。
サフォーク国の第二王子と第四王子だ。
お見合いと言ってしまうと角が立つため、お茶会に姿を変えている。
公式なお見合いではないから王城ではなく公爵家で行われているが、サイラス家の気合の入れようは王城の園遊会以上だろう。
そんな場にアディリアがいるのは、エルシーナとアーロンに脅し? いやいや、懇願されたからだ。
「アディリア様、お願いがあります。我が家で執り行う、お茶会に来ていただきたいのです。これは招待状です。今、ここで出席のお返事をいただきたいのです。招待客は、アディリア様と第四王子殿下と第二王子殿下です……。驚きますよね? わたくしも驚きました。ですが、わたくしをサフォーク国に嫁がせたい父が、色々画策したようです。しかしご存じの通り、わたくしはアディリア様へ暴言を吐く姿を第四王子殿下に見られております。一人では、とても、前に立つ勇気がないのです。お願いです、アディリア様。ここで失敗したら、わたくしは父によって修道院へ入れられてしまいます! 頼れるのは、アディリア様だけなのです!」
公爵令嬢としてのプライドを捨てて泣いて縋り付いてくるエルシーナに、アディリアは圧倒されてしまった。
「サイラス家のお茶会に、絶対に来いよ! もう誘われてるのか? ははは、リアを友人だとアピールして、あの暴言を無かったことにするつもりか。本当にやるとは、エルシーナ嬢は根性が悪い上に、強かだな。笑える。そういう女は嫌いじゃないから、リアが来なかったら婚約しちゃうかもしれないなぁ」
エルシーナの未来を思えば何としても第二王子とくっつける必要があるアディリアは、ここでもやっぱりアーロンの言う通りにするしかなかった。
二人の顔合わせには元々行くつもりだったのに、二人に脅されると気持ち的には微妙だ。だが、エルシーナの幸せのために、アディリアは一肌脱ぐと決めている。
サイラス家の庭は本当に美しく、噴水どころか小川が流れ、薔薇園もフォワダム家の倍以上ある。何でも陛下がお忍びで見に来ることもあるくらい、ちょっと有名な薔薇園なのだとエルシーナは胸を張った。
色とりどりの薔薇に囲まれるように置かれたテーブルの前に座るエルシーナは、緊張で顔が青白い。
晴れ渡った青空と、緑豊かな庭園に彩り鮮やかな薔薇を始めとした花が咲き乱れる中では、この青白さは不健康そのもので目立つ。
「エルシーナ様、緊張するなとは言いませんが、顔色が悪すぎますよ? ちょっと、私のことでも怒ってみます? 顔に赤みが戻るかも」
「それは、今一番やったらいけないことでしょ! 致命傷になる……」
「あっ、ちょっと顔色よくなった」
アディリアが緊張をほぐそうとしているのに気付いたエルシーナは、ため息をついてテーブルに突っ伏した。ハーフアップにした美しいブロンドがさらりと背中に広がる。
「これだけ綺麗な薔薇が咲き乱れているのですから、その素敵な青いドレスに合わせて薔薇の花でも髪に飾りませんか?」
「それは考えたんだけど、青い薔薇は存在しないから、却下したの」
「あ、お……」
アーロンの目の色は青だ。青い薔薇以外は髪に飾りたくないということか……。
エルシーナは青いドレスを始めとした全て、アーロンのために今日の自分を仕上げてきたのだ。二人の婚約阻止を目論むアディリアは、申し訳なくてため息しか出ない。
でも何としても諦めてもらわないと! それがエルシーナの幸せに繋がる。
アディリアは気合を入れるため、テーブルの下で強く拳を握った。
「ここだけの話、第二王子のロスリー様は大変優秀だそうですよ。フラフラしていて恋の噂も多い(知らないけど)アーロン様より、サフォーク国で重要な立場にいるロスリー様の方がエルシーナ様には相応しいと思います!」
「確かにロスリー様はアーロン様ほどの華やかさはないけど、落ち着いた魅力のある方ですよね。優秀な政治家だとも聞いています。ですが、あの方はずっと想いを寄せた方がいらっしゃるそうですよ。だから、未だに婚約者が決まらないと聞いています」
「!」
(あんの野郎……。ふざけんな! 私を馬鹿にするのも大概にして欲しい!
私は、『自分以外に好きな人がいる人が好き』的な性癖は持ち合わせていない! たまたま、ルカ様がそうだっただけだ。何を好んで、好きな人がいる第二王子を紹介されないといけないんだよ! 好きな人と気持ちが通じ合わない者同士だから、上手くいくとか思ってんのか? 悲しい共通点があったって、所詮は傷のなめ合い。上手くいくはずがない!)
「あっ、アディリア様、お二人が到着されましたよ」
声が裏返ったエルシーナが立ち上がったので、アディリアも隣に並んで二人を出迎える。
遠くにサイラス公爵と共に、背の高い二人が歩いてくるのが見えた。
エルシーナの緊張が増していくのと比例して、二人の王子はどんどん近づいてくる。
にこやかに登場したアーロンは、しっかり王子様の仮面を被っていいた。隣にいる面食い(確定)のエルシーナがポーっと舞い上がっているのが見なくても分かる。
ロスリーは兄弟だけあって、アーロンとよく似ている。髪の色はアーロンと同じで光に溶ける金色だが、ロスリーの方が長くオールバックできちんと整えられている。アーロンの青さより灰色がかった切れ長の瞳は、深い知性を感じさせる。とても整った容姿で聡明な印象を与える人だ。歩き方や挨拶の仕方も無駄がなく、生真面目さを感じるので『華がない』と言われるのだろうとアディリアは分析した。
四人がテーブルに着くと、公爵は「ごゆっくり、楽しんでください」と挨拶をして去って行った。
ついにお見合い開始だと、アディリアは気合を入れる。
仕方がないことだが、アーロンとエルシーナが向かい合って座っている。
アディリアはアーロンに『第二王子と席を交換しろ』という視線と念を送ったが、アーロンにはゴミ同然に払われた。
「エルシーナ嬢とは教室が一緒なのに、まともにお話しするのは今日が初めてですね」
「はい! 第四王子殿下に話しかけるなど、恐れ多くて……。本日このような機会に恵まれて、夢のようです」
アーロンの光輝く外面王子スマイルに射抜かれたエルシーナは、頬を赤らめ恋する乙女状態だ。
「ははは、そんな風に言って頂けるなんて恐れ多いけど、嬉しいな。私に話しかけてくる人は、そういう神経が欠落した人が多いので」
そう言ったアーロンがチラリとアディリアを見た。
紅茶どころか熱湯をぶっかけたいアディリアは、笑顔というより顔を引きつらせながら紅茶を飲んで気持ちを落ち着かせる。
しかし、ティーカップを置いても、アディリアの怒りは収まらない。再度『席を変われ』と訴えるために顔を上げると、無表情のロスリーと目が合ってしまった。
「エルシーナ嬢はアディリア嬢とも同じクラスなのですよね? 仲が良いのですか?」
ロスリーもエルシーナのやらかしたことは、聞いているはずだ。一言目で確認してくるとは、さすが無駄がない。
さっきまで夢心地だったエルシーナの薔薇色の頬が、一気に青ざめる。そして、不安そうにアディリアに縋る視線を送ってくる。
(面倒だが、仕方がない。エルシーナの好感度を上げて、第二王子に気に入ってもらう必要があるもんね。
この際、第二王子に好きな人がいても構わない。だって、エルシーナは美しい上に優秀だ。それに可愛い。恋敵が女性であれば(重要)、第二王子の心は動くはずだ!)
アディリアは満面の笑みを顔に貼り付けて答える。
「とても仲良くさせて頂いております。エルシーナ様の率直な助言に、わたくしはいつも助けられております」
「わたくしも、アディリア様には全幅の信頼を寄せております!」
目に薄っすらと涙を溜めたエルシーナの視線を痛々しく感じていると、ロスリーが次の質問を重ねてくる。
「アディリア嬢は、アーロンとも仲良くしてもらっているようですね?」
(この質問は何の意図があるのだろうか? 私がアーロンと仲良くする訳ないじゃないか!
あぁ! 正妻と 愛人との仲を確認したいのかな? 怒り狂った私が、アーロンとルカ様の関係を暴露したら困るもんね? そんなつもりはないと、どう言ったら分かってもらえるんだろう?)
「……アーロン殿下とは、たまたま好きな物が同じという共通点がありまして……。その話題でお話しする機会はあるかと……」
仲が良いとは言いたくないアディリアの言葉は、どうにも歯切れが悪い。しかし、アーロンにメロメロのエルシーナは、全く気にすることなく食いついてきた。
「えっ? そうなのですか? その好きな物とは何なのかしら? わたくしも一緒に話ができれば嬉しいのですが」
エルシーナが期待を込めた目をアディリアに向けてくるが、当然アーロンが会話を遮る。
「大したものではないのですよ。普通の令嬢が好むような種類のものではありません。ご存じの通り、アディリア嬢はとても変っていますから」
「わたくしもアーロン様と共通の話題があればと思ったのですが……。確かに、アディリア様は変わっていますからね」
失礼な二人に貶められたアディリアは、仕方なく愛想笑いを浮かべた。それを許しを得たと勘違いした二人は『いかにアディリアが変わっているか』という共通の話題で盛り上がる。
(何これ? 公開処刑? いたたまれない……)
「少し、庭を歩きましょうか?」
ロスリーの気遣いは、精神的に痛めつけられているアディリアにとって救いの手だ。手を取らないはずがない。
薔薇園を見たロスリーが、感嘆の声を漏らす。
「素晴らしい薔薇園だ、サフォークの王城でもここまでの規模はない……」
「グレシアの国王陛下がお忍びで散策に来るそうですよ。先程エルシーナ様が仰っていました」
「陛下の気持ちが分かるな。書類仕事ばかりしていると、毎日見る色は黒と白しかないんだ。息抜きに鮮やかな色を見たくなる」
薔薇効果なのかさっきまでと打って変わって、口調もくだけたロスリーが笑顔を見せる。ロスリーの飾らない態度に、アディリアもホッとして緊張が緩む。
「一見華やかに見える王城も大変なんですね」
「少なくとも、私の周りには華やかさはないな。むさ苦しい男達と顔を突き合わせて、書類の山と紙とインクと格闘しているよ」
「なら尚更、疲れて帰ったお屋敷では、鮮やかな美人に迎えて欲しいですね!」
アディリアの攻めの言葉に一瞬目を丸くしたロスリーだが、すぐに照れたように微笑んで「そんな奇跡が起きたら、何としてでも屋敷に帰ろうとするな」とアディリアを見つめる。
「エルシーナ様はお美しい方です! はっきりものを言いますが、その分自分にも厳しい方ですので非常に優秀です! わたくしと違って完璧な淑女ですが、実はとても素直で可愛らしいのです!」
アディリアはここぞとばかりにエルシーナをアピールしたが、ロスリーは「えっ?」という口のまま固まってしまった。
しかし、アディリアにはロスリーの態度を気にしている余裕はない。エルシーナの婚約者をロスリーに変えることしか考えらえないのだ。
「今日はアーロン殿下とエルシーナ様の顔合せだということは、わたくしも分かっております。ですが、ロスリー殿下もご存じの通り、アーロン殿下はエルシーナ様を不幸にします! エルシーナ様にわたくしと同じ辛さを背負わせたくないのです! それに、ロスリー殿下とは初対面ですが、とても誠実な方だとお見受けいたしました。ロスリー殿下はお相手の女性(重要)を大切にして下さる方だと思うのです。国同士の繋がりを強化する婚姻ならば、相手がアーロン殿下である必要はないですよね? わたくしがこんなことを申し上げるのは、不敬だとは承知しております。でもロスリー殿下はアーロン殿下が愛する相手をご存じですから、わたくしの話に耳を傾けて頂けると思いました。どうか検討していただけないでしょうか? お願い申し上げます」
アディリアおでこが膝につくほど頭を下げた。エルシーナの未来がかかっているのだから、それはもう必死だ。自分と同じ思いはさせたくない!
暫く頭を下げていると、ロスリーの手がアディリアの肩にそっと触れ身体を起こされる。アディリアが見上げた先にいるロスリーは、困惑しているが怒ってはいない。
「……情報量が多すぎて、整理させて欲しい。向こうのガゼボで座って話そう。ちょっと、落ち着きたい」
ロスリーの視線の先にある、白いパーゴラに緑の蔦が絡むガゼボに二人は向かった。
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