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6.婚約者にお飾りの妻を望まれる

読んでいただければ嬉しいです。

よろしくお願いします。

今日は昔を思い出すような出来事もあり、アディリアにとってそこそこ大変な一日ではあった。


(まぁ、ルカ様とアーロンの現場にうっかり踏み込んだ時や、アーロンとの諍いを思えば大したことじゃない。可愛い子犬がキャンキャン吠えているようなものよね。なんだか私も図太くなったなぁ。喜ぶべきだろうか?)


 エルシーナとの出来事を無かったことにしたいアディリアにしてみれば、夕食後の勉強に集中したい時間にメインイベントが待っているとは予想外だった。


 兄の部屋で集中して問題集を解いているアディリアに、「ルカーシュ様がいらっしゃいました。サロンにお通ししております」と家令が告げた。

 ペンを握ったまま青い顔を見せたアディリアは、「……今、行くわ」と空気を吐き出すように力なく答えた。

 ルカーシュと会うには、まだ心の準備ができていない。いや、心だけではなく身体も準備ができていない。その証拠に、動悸は速いのに血の気は引いていく。立ち上がらなくちゃと思うのに、身体が重くて動かないのだ。


 その様子を見ていたエリオットは苦い顔で「私も同席しよう」と言って、アディリアの頭にポンと手をのせた。

 それはとてもありがたい申し出で、温かいエリオットの手に縋り付きたい。だが、アディリアは疲れ果てた表情で首を横に振った。

 エリオットとルカーシュは、いずれフォワダム家とロレドスタ家の当主となる。手を取り合っていく必要がある二人に、自分のせいで溝を作りたくなかった。


 もちろんエリオットはアディリアの気持ちには気づいている。だからこそ一人で向かわせる気はない。

「何も言わない。ただリアの隣に座っているだけだ」

 アディリアを安心させるために笑顔を見せたエリオットだったが、内心はこんなにも妹を落ち込ませるルカーシュに怒りが収まらない。




 アディリアの母は可愛らしいものが好きだ。色もシックよりパステルを好む。しかし、ここは由緒正しき侯爵家。人が集まるサロンがピンクまみれという訳にはいかない。

 白い家具を基調にしながらも、茶色の革張りのソファや、紺に銀糸の刺繍が施されたカーテン等で引き締められている。


 サロンでは仕事帰りで少しくたびれたルカーシュがソファに座り、そわそわした様子で待っていた。

 アディリアがサロンに入ると、ソファから立ち上がり駆け寄ってくる。しかし、二人の間にエリオットが入り込み、ピリリとした空気がサロンを覆う。


 いつもと異なるエリオットの行動に、ルカーシュは眉を上げ不満げに睨んだ。

 そんな視線は瞬き一つで払い落としたエリオットは、アディリアを背中に隠したまま淡々とした声で「座ろう」と言ってソファに向かう。アディリアもエリオットに続いたので、ルカーシュも渋々ソファに座った。


 ルカーシュはアディリアと向かい合って座るも、絨毯に視線を落としているアディリアと全く目を合わせることができない。いつもだったら満面の笑みで自分を迎えてくれるアディリアの表情が暗く硬い。明らかに歓迎されていないと分かる態度に、思い当たることがあり過ぎるルカーシュの気持ちが焦る。


 そんな中、エリオットに「何しに来たんだ?」と突き放されるように聞かれ、ルカーシュは視線を合わせてくれないアディリアを見る。

「サイラス公爵令嬢がリアに暴言を吐いたと聞いて、居ても立ってもいられず確認しにきたんだ」

 アディリアからは報告を受けていないエリオットは不機嫌な低い声で「暴言?」と呟くと、確認するようにアディリアを見る。


 今回のことは無かったことにしたいアディリアは、エルシーナの件を家族に報告する気は全くなかった。噂だけなら適当に誤魔化そうと思っていたのに、まさかルカーシュが聞きつけてくるとは……。想定外だ。

 二人からの圧を感じ、アディリアは困った。エルシーナのためにも、騒ぎ立てたくないのだ。

 アディリアは二人の圧を受け流し、「友人同士の些細な諍いです」と言って微笑んだ。


「いや、サイラス公爵令嬢はリアを散々侮辱した挙句、私との婚約を解消しろと言ってきたと聞いた。これは些細な諍いではないよね? リア。辛かっただろう? 我慢しなくていいんだ」

「我慢なんてしていません!」

 珍しく尖った声を出したアディリアに、ルカーシュもエリオットも驚いている。


 エルシーナのしたことなど、ルカーシュがアディリアにしている仕打ちからすれば些細なことだ。

「エルシーナ様は、わたくしがルカーシュ様に相応しくないことを指摘して下さったのです。実際にわたくしはロレドスタ侯爵夫人になるには力不足ですので、当たり前の意見を頂戴しただけです」

「そんなことはない。リアは良くやってくれている。私の可愛いリアを傷つけるなんて許せることではない。サイラス公爵家には我が家から厳重に抗議するから、リアは安心していいよ」


 手回しがいいことに、既に今日の出来事を事細かに調べ上げているのだろう。ルカーシュはアディリアを安心させるために、見惚れるほどの美しい笑顔を向けた。

 しかし、アディリアは黙って首を横に振った。

 いつもだったら大喜びで自分の胸に飛び込んでくるアディリアの表情は暗い。そんな態度を取られると思っていなかったルカーシュの眉は下がっていく。


「わたくしは抗議を望みません。エルシーナ様の言ったことは、正しいのです。今後はこの様なことがないよう、ロレドスタ侯爵夫人として相応しい力を身に付ける努力をしますので、どうぞお許しください」

 そう言って頭を下げたアディリアを、ルカーシュは信じられない思いで見つめた。


「……どうしたんだ、リア? 侯爵夫人に相応しい? リアはそんなことしなくていいんだよ。今のままで十分だよ。俺は今のままのリアが、大好きなんだ」

「……。ルカーシュ様のいたわりの気持ちは大変ありがたいのですが、わたくしは、甘ったれで何もできない今の自分が、大嫌いです」

「!……」


 今までアディリアとルカーシュがいる場所は、どこであっても春の陽だまりのようで笑顔が絶えなかった。仲の良い二人が愛おしそうに見つめ合い微笑み合う世界は、真冬であってもうっかり可愛らしい花が咲き誇ってしまうと思えるほど温かく優しい。

 しかし、サロンは今、凍てついた大地そのものだ。


 この殺伐とした空気の象徴であるアディリアを落ち着かせたくて、手を握ろうとルカーシュは立ち上がった。

 きっと暴言を吐かれたせいで心を痛めて動揺しているのだと思ったのだ。傷ついたアディリアを慰めたいと思った。しかし、それを察したアディリアは、無意識の内に両手を背中に隠してしまった。


「リア……?」

 ルカーシュの青い瞳が、信じられないものでも見たように震える。

「どうしたの? リア? 俺がずっと会いに来られなかったから怒ってる? 俺だって今まで通り毎朝リアの顔を見たいけど、仕事が忙しすぎて王城から帰れないんだ。帰れてもアーロン殿下のこともあるし……。リアには辛い思いをさせて、本当に申し訳ないと思っている。お願いだから、機嫌を直して」


 辛いからなのか、悔しいからなのか、悲しいからなのか、分からないけど震える両手を隠すアディリアは、グッと奥歯を噛みしめ感情を自分の中に押し込めた。


 二人の様子を静観していたエリオットが、アディリアの限界を感じ、頃合いだと口を開く。

「……ルカーシュ、リアは、今までお前にされてきた仕打ちに気づいたんだよ」

 エリオットの怒りを抑えた言葉に、ルカーシュの青い瞳が見開かれ「嘘だろ……」と声が漏れた。

 全身から力が抜けて崩れ落ちたルカーシュは、動揺から目だけが忙しなく動いている。その酷く焦った青い瞳が、下から縋るようにアディリアを見上げてくる。


「お願いだ、リア、俺を軽蔑しないで。俺を嫌いにならないで。確かに自分勝手な行動だったと思う。俺のせいでリアが周りからどう見られるかなんて考えず、自分の幸せしか考えていなかった。でも、それでも、これから先もずっと、俺の隣にはリアがいてくれないと困るんだ! お願いだよ、リア、今まで通り側にいて!」


 アディリアとルカーシュの距離は手を伸ばせば届くほど近いのに、二人の心は永遠に届かない。自分達は遠く離れてしまったことをアディリアは思い知った。


(軽蔑したいよ、嫌いになりたいよ。でも、できない……。ルカ様にとって私がお飾りの妻でも、私にとってのルカ様は大事な大事な旦那様なんだよ。大好きな旦那様の幸せを望まない妻はいないよね?

それなのに、ルカ様は本当に自分勝手だよ。アーロンとの幸せしか見えてないから、私のことは忘れてたって言っているのと変わらないよ? そんな酷いこと言っておいて、お飾りの妻になれと私に頼むの? 残酷だよ……)


「今まで通りは、無理です。わたくしはルカーシュ様の仕打ちを……、許すことはできません」

 アディリアの言葉を聞いたルカーシュが息をのみ、「……リ、ア?」と呟き、澄んだ瞳が絶望に染まる。


「ですが、ルカーシュ様の……、その人を愛する気持ちが本物だということは、良く存じ上げております。これからは、二人の愛を守れるよう、わたくしもその一翼を担えるよう努力いたします……」

「ありがとう! ありがとう、リア! リアにそう言ってもらえるなんて、幸せだよ。もっと早くに私の過ちを告白すれば良かった。これからも、ずっと一緒だ」

 曇り一つない満面の笑みを浮かべたルカーシュは、喜びのあまりアディリアを抱きしめていた。自分の腕の中に閉じ込めたアディリアが、悲しそうに顔を歪めているとは思いもしないで。


(過ち? その言い方はアーロンに失礼だろ! いや優しいルカ様のことだ。私や兄様の前で気を遣ったんだ。いくらお飾りの妻相手でも、『真実の愛を告白すれば良かった』とはさすがに気が咎めて言えないよね。

これで良かったのか分からないけど、ルカ様は幸せそうだ。私にばれたことで色々吹っ切れたのかも。アーロンの言う罪悪感なんて微塵も感じられない。ルカ様が望んでくれたのだ。私はこの笑顔を守らなくてはいけない)


 隣でエリックが「いいのか?」と心配そうな視線を向けてくるが、アディリアは力なく微笑んだ。


読んでいただきありがとうございました。

まだ続きますので、続きも読んでいただければ嬉しいです。

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